影
三限目は魔法の実習科目。そして狙い澄ましたかのように、その内容は魔法を使った模擬戦であった。
模擬戦で戦う相手は自分で決めてもいい。
ただし、あまりに実力が離れすぎている場合は教師による調整が入るようになっていた。
運動用の軍靴に履き替えているアリスが、ザッザッと固い足音を鳴らしながら歩き出す。
彼女が歩みを止めたの――ネルの前だった。
「ネルさん、もしよければ私と勝負しませんか?」
「……いいでしょう、受けて立ちます」
アリスの申し出を、なぜかネルが受ける。
それを見てハラハラするのはヘルベルトの方だ。
ネルはたしかに魔法の発動までの時間は短いし座学も優秀だが、実戦を経験したことがないため模擬戦ではどのような結果になるかが想像がつかない。
止めに行くべきかと迷い、腕を組みながらうんうんと唸っていると、ぽんぽんと肩を叩かれる。
振り返ってみればそこには、真面目な顔をしたイザベラの姿があった。
「安心しろヘルベルト。お前達には及ばないかもしれないがな、ネルだってこの一年……何もしてこなかったわけじゃないんだぞ?」
そう言ってウィンクをするイザベラに頷きを返し、ヘルベルトは二人の戦いの行く末を見守ることにするのだった。
(……ん? あれは……)
ヘルベルトが闘技場の奥の方に見たのは、学院内に物資を運んでくれている馴染みのツナギを着た運送業者の人間だった。
けれどその動きに、違和感がある。
なんというか……隙がなさ過ぎるのだ。
まるで武人のような体捌きに思わず目が行くヘルベルトだったが……
「始まるぞ」
「……ああ」
この試合を見届けたら一度調査の必要がありそうだなと思いながらも、しっかりと意識を二人へと集中させるのだった――。
ネルは怒っていた。
自分という婚約者がいながら勝手にお見合いのセッティングをしたお互いの両親達に。
そして何より、アリスに強く言い出せないでいるヘルベルトに。
もちろんネルとて王国貴族として禄を食んでいる身、事情はある程度は飲み込める。
けれど理性と感情というのはまったくの別ものだ。
あんな女なんて蹴散らしてやる……と気合いを入れ直す。
「それでは用意……はじめっ!」
審判の合図の音と共に、ネルは即座に魔力を練って魔法を発動させる。
「ウィンドショット!」
初級風魔法、ウィンドショット。
風を圧縮して不可視の球に変えて打ち出す魔法だ。
とにかく視認のしづらいため、見てから避けるのが難しい魔法の一つでもある。だ。
当然ながらこの模擬戦では、あまり殺傷性の高い魔法の使用は許されていない。
なので使う魔法はある程度限られる。
「エアバレット!」
対しアリスも、初級風魔法であるエアバレットでそれに対抗した。
ウィンドショットと比べると威力で劣るが、その分数を多く放つことのできる魔法だ。
当然ながら勢いで勝るウィンドショットがアリス目掛けて飛んでいくが――彼女はそれを、ひらりと避けてみせる。
アリスは魔法を、不可視の魔法の弾道を見つけるために使ったのだ。
なかなかに実戦慣れしているのが、その動作を見れば一目でわかる。
(でもだからって……負けません! ヘルベルトの正妻の座は――私のものです!)
戦っているせいで脳内が少しだけハイになっているネルだったが、それでも彼女の思考はクールそのもの。
今回は魔法戦の模擬戦である以上、以前ヘルベルトがしていたような模擬戦とは異なり一定以上の距離に近付くとそこで失格となる。
故に二人はおよそ二十歩分ほどの距離を離しながら、互いに魔法を打ち合っていく。
土の槍が炎の壁によって防がれ、風の刃は土のドームによって霧散する。
戦いがヒートアップするにつれて使う魔法の威力もどんどんと上がっていくが、未だ両者ともに無傷のままであった。
「驚いたな……」
ネルとアリスが大量の魔法を息切れすることもなく使い続けている様子を、少し離れたところから見学しているヘルベルトが目を見開きながら見つめている。
魔法学院では学年四位の成績とはいえ、どちらかと言えばネルは実技よりも座学の方が成績が良かったはずだ。
けれど今のよどみない魔力の引き出し方と、流れるような魔法発動までのつなげ方。
そして俗に息継ぎなどとも呼ばれる、魔法と魔法のつなぎ目を上手く消す技術。
ネルの魔法を使った戦闘能力は、以前ヘルベルトが見た時と比べると格段に向上していた。
それ故に、相手をしているアリスの実力の高さもうかがい知ることができる。
既に試合が始まってから数分が経過しているはずだが、どちらも魔力切れを起こすどころか、ほとんど息を乱してすらいない。
これだけの実力があるのなら、有事の際にもしっかりと戦力として数えることができる。
固定砲台として運用できれば、かなりの数の敵を討ち果たすことができるだろう。
「私達魔法学院生の魔法の成績は、例年と比べるとずいぶんと優れているようだ。なんでも開校以来、もっとも優れた水準で推移しているらしい」
「そうなのですか」
「お前達がいるおかげだよ」
「俺達の……?」
ヘルベルトとマーロンという、同年代では頭一つ抜きん出た存在が、それでも現状に満足せずに研鑽を積み続けている。
二人に触発され、放課後の居残り練習や闘技場の申請、練兵場の貸し出しといったことが明らかに増えているのだという。
「ネルの熱の入りようなんかすごかったぞ。何せお前のことを最も近くで見続けてきた子だ、入れ込みようもひとしおだった」
「……知らなかったです」
「人に見えるように努力をするのは、あまり格好がつかないからな。頑張ってますと声高に主張するやつほど、案外そもそもの努力量が足りていないものだ」
ネルとアリスの戦いは激しさを増していた。
その激しさは審判を務めている教師が、完全に止めるのを忘れて見入ってしまうほどだ。
殺傷力の低い魔法をという最初のルールはどこへやら、今ではしっかりと集中してから互いに上級魔法まで放ち合っている。
幸運だったのは、二人の実力が非常に近しいものだったことだろうか。
お互いが全力で魔法を放てば必然的に同じ威力になることで、どちらかが大きな怪我を追うようなこともなく戦いが続いている。
「しかしネルとまともにやり合えるアリスの実力もなかなかのものだ……帝国の方が魔法技術に優れているという噂も、事実なのかもしれないな」
魔法技術は長い年月をかけて連綿と受け継がれていく。
故に建国してからの期間が長い帝国の方が、王国より優れた魔法技術を持っているという。
しかしヘルベルトの見立てでは、若干効率がいいくらいで、両国の魔法自体にそこまで大きな差異はないように見えていた。
アリスにしっかりと食らいつくことができているネルの姿を、しっかりと網膜に焼き付けておく。
ヘルベルトは後でネルの頭をよしよししてあげることにしようと心に決めた。
恐らくその前にお小言が入るだろうが、その事実は努めて無視することにする。
「はあっ、はあっ……やりますね」
「ネルさんこそ……まさか同年代に、私とやり合える人がいるとは……」
結果、模擬戦は引き分けに終わった。
両者の魔力が尽きるよりも先に、制限時間として設定されていた十分間が終わる方が早かったのだ。
戦いの後に、二人は握手を交わす。
二人とも額に汗を掻きながら、お互いの健闘をたたえ見つめ合っている。
一枚の絵画に収めたくなるように、絵になる光景だった。
どうやら一度全力で戦ってわだかまりがとけたようで、二人はそのまま仲良く他の生徒達の観戦に移り始める。
ヘルベルトは自身も適当に模擬戦をこなしてから、同じく試合を終えたマーロンの方に近付いていく。
「――気付いたか?」
「ああ、出入り業者だろ? なんだか少し荒事の匂いがしたな……追うか?」
マーロンはこう見えて野性的な勘に優れているところがある。
ヘルベルトと同じく、中へ入ってきた運送業者に違和感を覚えたようだ。
「単身で後を追う。マーロンはここで敵の迎撃を頼む。ついでに皆に話を通して、対処をしておいてくれ、ここなら最悪籠城もできるはずだ」
「……なるほど、たしかに学院に入ってくる敵の狙いは、ここにいる誰かの可能性が高いか」
「ああ、今王国として一番マズいのは、イザベラとアリスの身に何かが起こることだ。そして俺として一番マズいのは、ネルの身に何かあることだ」
「わかった、こっちは任せておいてくれ」
彼らがなんのためにやってきたのかはわからない。
しかし暴力の気配を漂わせた出入り業者がいるとなると、その目的は恐らく碌なものではないだろう。
マーロンがいれば、誰か怪我を負うことがあっても彼の光魔法でどうとでもなるだろう。
ヘルベルトはあの運送業者達を追うために、急ぎ練習場を後にするのだった――。
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