弟
校庭ではいくつもの部活が活動をしていた。
異界から伝えられたと呼ばれるいくつもの球技をしている生徒達の姿が目に映った。
サッカーと呼ばれる球蹴りをしていたり、ベースボールと呼ばれる球打ちをしていたり、あちこちで歓声や元気なかけ声が聞こえてくる。
ローゼアの姿は遠くからでもよく見えた。
彼はトラックと呼ばれる円周型の運動場で、へばりながらも足を止めることなく走り続けている。
その隣には新入生のことを助けるためか、上級生の人間が一人併走しながらローゼアのことを元気づけていた。
――大方の期待を裏切るようなこともなく、ローゼアは無事にリンドナー王立魔法学院への入学試験に合格した。
そして一年生として入学し、勉学の日々を過ごしている。
本人に適性があるのは座学の方で、魔法の成績は良いものの剣術などの成績はあまり芳しくない。
どうやら本人的には色々と思うところがあるらしく、現在では陸上部に入り熱心に運動をしていた。
とにかく体力をつけておいて損はない。
下手に伸びるかもわからない剣術ではなく将来的に見て確実に役に立つ体力作りを先にやっておこうというのが、いかにも堅実な考え方をするローゼアらしい。
どうやら目標としていた外周を終わったらしく、小休止に入った。
水魔法を使い自分で作った水を飲んで休憩しているようだ。
「ふうぅ…………あ、兄上!」
「ローゼア、頑張っているようだな」
「どうもローゼア君、お久しぶりです」
ヘルベルトはなるべく学院内で、一日一度はローゼアとコミュニケーションを取るようにしている。
鍛錬をしていて帰るのが遅くなったり、色々と予定が立て込んでいるせいで家に帰れないようなことも少なくない。
そのため比較的時間がゆっくりと流れている学院内で、なるべく一度は会うようにしているのだ。
「いえ、そんなっ……大したことではっ……」
完全に息が整っていない様子のローゼアが、頭に被っているタオルを動かして顔を隠す。
どうやら見られていたと気付き、恥ずかしさを感じているらしい
「ああ、いいんだ。今はゆっくり休憩を取っておいてくれ」
クールダウンの邪魔をしても悪いので、二三言話をしてからその場を後にする。
内容は今日の晩ご飯だの、クラスで何があっただなどといった、たわいない出来事だ。
ネルの方は相づちを打ちながら、それとなく微笑を浮かべている。
それを見た陸上部の部員達が頬を赤くしているのが、少し離れたところからでもよく見える。
やっぱり何度見ても(以下略)。
再び校舎に戻り生徒会室に向かう傍ら、ヘルベルトはずっと思っていた疑問を口にすることにした。
「なぁ、ネル、一つ聞いてもいいか?」
「なんですか? 私が答えられる範囲で良ければ、お答えします」
「ネルはローゼアと会って、気まずくなったりしないのか?」
かつてヘルベルトとネルの間の婚約関係が破談すれすれまで行っていた時。
ネルの父であるフェルディナント侯爵はネルの新たな婚約者を探すべく動き出しており、その中には当然ながらローゼアの姿もあった。
マキシムも乗り気だったという話だったから、実際問題最有力候補の一人だっただろう。
なのでヘルベルトとしてはマキシムとネルの関係がこじれないか、実は結構気を遣っていた。
けれど以外というか、ネルの方はそんなことが始めからなかったかのようにけろりとしている。
ヘルベルトが不思議に思うのも、決しておかしくはないだろう。
「別に、いち後輩としてかわいいと思いますよ」
「かわいい……だと……? それなら俺のことはどんな風に思ってる?」
「そ、それは、かっこい……って、何言わせようとしてるんですか! 本題とズレてます! 黙秘権を行使させてもらいますから!」
どうやらネルからすると、既に全てのことには決着がついていて。
ヘルベルトがあれこれ考えていたのは、全て杞憂でしかないようだった。
(女の子は強いという話は聞いたことがあるが……)
ヘルベルトが知っている限り、ネルはこれほど強い女性ではなかったように思う。
出会ったばかりの頃の彼女は引っ込み思案で、信頼できる人の隣でしか本当の笑みを浮かべることができなくて。
けれど人は成長する。
父のマキシムが言っていたように、変わらないものなどというのはきっと、この世界には何一つ存在しないのだ。
ネルが強くなったのにはきっと、自分が働いてきた不義理も多分に影響を及ぼしていることだろう。
であればヘルベルトは今まで苦労させた分、ネルには幸せになってもらわなければならない。
(とりあえず生徒会の業務が終わったら、デートにでも誘ってみるか……)
なんだかんだで学院生活を楽しんでいる、ヘルベルトなのであった――。
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