第91話
第91話です。
ベンチに腰掛けたままカバンの中を俺はがさごそと漁る。
「ん?後輩くん何してるの?」
「ん、あぁ、朝ごはんを食べようかと思って」
先輩に呼び出されたのが早かったので家でおにぎりを作って走ってきたのだった。
「もしかして私のせいで朝ごはん食べれなかった感じ?」
「まぁ、先輩のせいではないですけど、言ってしまえばそれに近いです」
「んん……ごめんね?早くに呼び出しちゃって」
「いや、別にいいですよ。先輩のためならたとえ火の中水の中。もし夏休みラストの課題が全部残ってる状態でも駆けつけます」
そう誇張なしに言うとさすがの先輩も苦笑を浮かべながら「そ、それは課題に集中して欲しいかなー?なんて」と言った。
「まぁ、とにかく俺は先輩のためなら何でもしますよって事です。あ、おにぎり食べるんでスマホで動画でも見て暇つぶしててください」
「あ、うん」
手のひらサイズに作られたおにぎりのラップをペリペリと剥がすと、微妙に塩の香りがする。急ぎだったので完全な塩むすびだが、これはこれで美味しいから好きだ。
ハムりと一口食べると走ってきて失った塩分を補給できるようで気持ちがいい。
◆◇◆◇
「あれ?碧染くん今日は早いんだね」
教室の後ろの扉からそんな声が飛んできた。
「あ、利根里さん」
「何かあったっけ?日直?」
「いや、早起き出来たから?」
「なぜ疑問形……」
よく分からないといった雰囲気をまといながら隣の席に座ると、ずいっと体を近付けてきた。
「……ん?何だか碧染くんから碧染くん以外の人の香りがする」
「んんっ!?どういう事!?」
「それは私の方が聞きたいけど?」
「ちなみにその匂いってどんな?」
聞くと少し思考を逡巡させてから「あっ」と呟いた。
「甘くて爽やかな、柑橘的な感じ!」
「な、なるほど」
利根里さんのそれを聞いて俺は背中にヒヤリと冷や汗をかく。
確かこの前電話で話してる時に柑橘系のアロマを買ったとか話していた気がする。多分その部屋の香りが先輩に馴染んで、さらに俺にそれが付与された感じなのか。
何この超遠回りな香り付けの仕方!しかもそれに気付く利根里さんの鼻は犬ですか!?
内心でそう思いながら俺は適当に「た、多分母さんの香水が空中で少し舞ってたのを浴びたのかなー……なんて」と返した。
これで納得してくれるとは思わないし、納得してくれなくてもこの際この場だけやり過ごせればいい。とにかくその事だけを祈りながら俺は話をそらすための話題を必死に考えるのだった。
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