第6話
第6話です。
晴れた空の下に響く弦の音。それは暖かみのあるジャズ調のもので、聴いていて何だかウトウトしてきた。
空には雀が二羽飛んでいる。その二羽は仲睦まじげにくるくると旋回しながらどこかへと飛んでいくと、ちょうど先輩のギターの音も止まった。
「ふぅ、結構弾いたねぇ」
「ですね。俺が来た時から引いてましたから、軽く30分以上は弾いてましたね」
「うん。それに加えて、後輩くんがここに来るよりも前から弾いてたからねぇ。先輩は少し疲れちゃいました」
「あはは」と笑いながら先輩は屈託ない笑顔を浮かべた。手に持っていたギターを、ケースに直している様子を見ながら俺は先程から聞こうと思っていた事を口にする。
「いまさらですけど、先輩ってギター弾けるんですね」
「うん、本当にいまさらだねぇ。ま、見ての通り弾けるけどさ」
「習ってたんですか?」
楽器なんてものは独学で一朝一夕に弾けるものだとは、「天才」か相当な「努力家」でない限り出来るとは到底思えない。だから、先輩も習っていたものだと思ったのだが、先輩は首を横に振って俺の言葉を否定した。
「んーん。全部独学の趣味だよ」
「これで独学なんですか」
「ザッツオールライト!」
先輩はアホっぽくカタカナ英語で肯定する。
(本当に先輩だよな?喋ってる英語の程度めっちゃ低いけどちゃんと俺より一学年上の先輩だよな!?)
内心どうでもいい事を考えながら俺はベンチに横になった。
プラスチック製のベンチは少し冷たく、ひんやりとした感覚がカッターシャツ越しに伝わってくる。ネクタイを少し弛めて楽になると、俺は少し目を開けた。視界に入る黒い髪の毛と人影。あとは二重で少し切れ長な瞳。その瞳とバッチリ目が合うと俺は思わず目を逸らした。黒くて深い底の無いような深黒で、見つめ続けたら引き込まれそうになりそうだ。
「ねぇ、何で目逸らしたの?」
「いや、合わせ続ける理由も無いでしょ」
「そうだけどさ、なんだか寂しいじゃん」
「知りませんし」
今度は目が合わないように初めから目を閉じた状態で、一切開けずに元の姿勢に戻った。
「むぅ」
上からは不満気な声が聞こえてくるが気にしてはならない。気にして目を開けたら死ぬ。そう心に言い聞かせることで俺は自我を保った。
しばらくしているとグラウンドから運動部の掛け声が聞こえ、校舎内からは吹奏楽の音色が聞こえてきた。代わりに先輩に関する音は、ほとんどかき消されてしまっている。
唯一部活関連でなさそうな音といえば、カンカンという金属の棒に何か硬い、それこそローファーの様な靴が当たった時の様な音が辺りに響いているだけ。
そして金属の棒の音の後に、ギシッというベンチの軋む音が聞こえると、さすがに何かおかしいと思い始めた。
頭上辺りから感じる妙な圧迫感。何かが当っているわけではないのだが、目をつぶっていても感覚的に分かる。
「ほいっ」
急に先輩の声が聞こえてきたかと思えば、俺の頭は一気に持ち上げられた。かと思えば頭はすぐに落とされ、柔らかて暖かいクッションに包まれる。
さすがに何事かと思って目を開けると、非常に満足気な笑みを浮かべた先輩の顔がすぐ視界に入った。
真正面。言葉のそのままの意味で真正面だ。距離にして約30センチと言ったところか。端的に言えばそうだな、
「近くないですか?」
「かなぁ」
「いや、近いですって。そもそもなんで膝枕!?」
本来一番初めに聞くべき事を口にすると先輩は「後輩くんが寝やすいかなぁって思ってね」と言いながらニヒルと笑う。
「後輩くんもそう思わないかい?」
「いや、確かに寝やすいかもですけど、寝にくいですよ」
「ほう、その心は?」
「柔らかいし暖かいしで、枕としては万能かもしれませんが、純真な男子高校生の俺には少し刺激が強いです」
「万能云々は置いといて、後輩くんって純真かなぁ」
「いや、純真そのものでしょ」
そう言うと先輩は少し呆れた様な表情を浮かべながら「絶対に純真じゃないねぇ」と言って笑った。
「いや、そんな事言うなら俺よりも先輩の方が純真じゃないですよ」
「何で?」
「だっていきなり後輩に膝枕なんかしてるじゃないですか」
「でも、君も割とそれを受け入れちゃってるよね〜」
「うぐっ・・・そ、それはですね、別というか何というか」
「はーい、つまり後輩くんは私と同等なのでーす」
先輩にそう言われて俺は頭を上げた。
「あれ、もういいの?」
「いいんです」
「本当に?」
「いいんです!」
そう返して俺は屋上の隅に寄った。多分今の俺の顔は、拗ねた子供のようになっているのだと思う。先輩は先輩で優しい笑顔を浮かべながら、スマホのカメラをこちらに向けていた。
「何してるんですか?」
「思い出になるかと思って写真撮ってるんだよ」
「何のですか」
「後輩くんが初めて拗ねた思い出かなぁ」
クツクツと笑いながらパシャリと写真を撮った。
俺はそんな先輩の様子を見ながら、視線をグラウンドの方に逸らす。「ふっ」と息を吐きながら、俺も制服のズボンのポケットからスマホを取りだし、カメラモードをオンにした。そして、それを先輩に向けると「仕返しです」と言って一枚写真を撮った。
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