第36話
第36話です。
「おはようございます先輩」
朝の8時に俺は先輩とエントランスで待ち合わせた。普段学校に行く時間よりも遅いためか比較的俺は楽だったが、先輩の顔を見ている限りそうではないらしい。
「あー、その目のくまについて触れた方がいいですか?」
「触れてくれるならぜひ触れて……。女の子のくまは可愛くないから、せめて話のネタにしないと……」
一体なんのプロ意識なのかは分からないが、ネタにするという執念だけは感じられる。
「えっと、何があったんですか?寝れなかった感じですか?」
「おっほん、それはだね寝れなかったと言うよりも東京という異郷の地で、かつ私のお気に入り枕ではない就寝環境だったからね、寝ようにも寝られなくて、だから思いきって夜更かしをしていたのさ!」
慎ましやかな双丘を「むんっ!」と逸らしながら自信満々でそう言う先輩の事を、俺は少し哀れみの目で見つめながら今日の予定を軽く確認する。
確か今日は先輩が場所を昨日決めてくれたはずだが、果たしてどうなのだろうか。
「先輩今日の予定って決まってますか?」
「イエス!もちろん決まってるよん!!」
ビシッとサムズアップを決めると先輩はバチコーンと両目ウインクを決めてみせる。
つまりウインクは失敗しているのだ。何をしているのやら。
「で、どこに行く感じですか?」
「お、気になるかい?」
「そりゃまぁ」
「ふっふっふっー、今回の場所はね個人的に私も行ってみたかった所だからすごく楽しみなんだよ!」
「はぁ、それで場所は……」
「何たってあの場所だよ?あそこは人生で一度はこの目で見ておきたい。実際はどんな人が歩いているのかをこの目で!」
「だから場所は……」
「それにだね!あそこは……」
「ちょっと!?場所を教えてもらってないのにそんな1人で盛り上がられても困るんですけど!?」
思わず語尾を強めながらそうツッコミを入れると、先輩は頭をコツンと叩いて「てへっ」と舌を出した。
可愛から許したくなるが、さすがにそこまで俺も甘くはない。甘くても完熟のバナナくらいだ。……甘々だなそれ。
「それで場所は……」
もう一度念を押す意味でそう聞くと、先輩は手を出して俺の言葉を制止する。
「まぁ、焦らないでおくれ後輩くん。人生急いでもいいことなんてない。急がば回れなんて諺があるくらいなんだからね」
「いや、でも教えてもらわないとルートが分からないですし」
「安心したまえ。そこら辺は既に私が昨日の夜調べておきました!脳内シュミレーションも52回やったから大丈夫!」
あれ、先輩の寝不足って夜更かしじゃなくてこれのせいなんじゃ……。
そう思った事は決して口にはせず、ただ胸中で先輩に感謝を述べるだけにした。
(先輩ありがとうございます)
「だから、後輩くんは着いてからのお楽しみにという事で、少しの間電車の旅を楽しもうじゃない!」
「ニッ」と綺麗な笑顔を浮かべながら先輩言い放った。
そこまで言われてしまったらそれに従うしかない。俺はゆっくりと首を下げると「分かりました」と言って先輩に同意する。
その後、チェックアウトを済ませると俺達はホテルを出た。そして向かう本日の目的地。
そこが一体どこなのかはまだ知らされていないが、先輩の事だ。さすがに危ないところには行かないだろう。
先輩を信じて俺はただ歩みを進めることにした。
(怖いな……)
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