第34話
第34話です。
『まぁ、まずは今日は着いてきてくれてありがとね』
開口一番に告げられた謝辞。妙にそれがくすぐったく感じながら「別にいいですよ」と返した。
『ふふっ、やはり後輩くんはいい子だね』
「そりゃどうも」
『今度私のバイト先に遊びに来た時は、少し服の値段オマケしてあげようかな?』
「いやいや、それはいかがなものかと思いますけど?」
『そう?』
「そうです」
バイトという立場を利用してとんでもない事をしようとする先輩を制しつつ、俺は明日の予定をどうするのかについて切り出した。
『そうだねぇ。わりと今日東京の街も見れたしね。電車がの本数とか駅が多いとか諸々の事とか。だから正直明日は帰るだけだし、今日よりもゆっくり観光をメインでいいかなぁって思ってるんだけど。いかが?』
「いや、まぁ、先輩の用事でこっちに来てる訳ですから別に反対も何もないですけど」
『そっか、ならよかった!』
スピーカーの向こうからは快活のいい声が響いてくる。
ゴソゴソと布のこすれる音が聞こえるところから、ソファかベッドの上から電話をしてきているのだろうか。
『ねぇ、後輩くん』
「はい、何でしょう」
『後輩くんはさ来年の進路ってもう決めたの?』
唐突に聞かれたその内容。
決めたも何ももう既に進路選択のプリントは提出したのだけどなと思いながら、俺は「決めましたよ」と返した。
『よければなんだけどさ、文系か理系のどっちを選んだか教えてくれない?』
「一応文系ですけど」
『文系かぁ〜。いいね、私とお揃い』
「お揃いって、今年の1年は大半が文系選択でしたけどね?」
『ぶー、そんな事言わなくたっていいじゃん!ちょっと運命かも!っていうのに浸りたかったのにさー』
はたしてそんな事で運命なんてものに浸れるのかは全く検討もつかないが、この先輩のことだ。そういう事には少し敏感なのだろう。知らないけど。
責任を少し放棄しつつ話を戻す。
「それで、文系か理系を聞いて何か今があったんですか?」
『んえ?興味があった、それ以外に理由がいるのかい?』
「何か無駄にかっこいいのやめてください」
『無駄となんだい!無駄とは!』
先輩の怒った声を聞き流しながら俺は「ふっ」と笑った。この先輩と話していて飽きることはない。だいたいこの人が興味の尽きない人間だから、ネタが日常会話から専門的なマニアックな部分まで湧いて出てくるのだ。だから、本当に面白い。
『何笑ってるの?』
「いや、先輩ってやっぱり面白いなって、思っただけです」
『それは、褒め言葉として受け取るけど、いいね?』
「いいですよ」
少し納得がいかなそうだったものの『褒め言葉なら仕方がない』と言って先輩は話題を切りかえた。
『話は少し戻して明日の事だけど。どこか行きたい場所ある?』
「いや、特には……」
『答えるの絶対ね?』
「えぇ……」
パワハラ紛いな事を言われながら、俺は必死に頭を動かした。
ほとんど来ることのない東京で行っておきたい場所……いざ考え出すとなかなか思いつかない。スカイツリーは行ったし、新宿、原宿などに行っても買い物に興味があるわけではないし。
電話越しに「うーむ」と悩みながらしばらく黙っていると先輩がさすがにしびれを切らしたのか、『ちょっと?』と言って俺の思考に介入してきた。
『そんなに行きたいところ思い浮かばないの?』
「特には無いですね。自分でもびっくりするくらい」
『うーん、そっかぁ。なら、何か欲しいものってある?』
「欲しいもの?」
『そう。何でもいいよ、服でも本でも、電化製品でも、園芸道具でも』
園芸道具を欲しくなるのは可能性があったとしても数年先だと思いながら、俺は思考を巡らせた。その中でふと一つだけ思い浮かんだものがあった。
先輩のサポートをする上であればいいなと思っていたもの。
「ノートパソコンが欲しいです」
『いいね』
電話越しでも分かる先輩のニヤリとした口調に思わず俺もニヤリとしてしまう。
『目的地は明日発表するね。だから、今日はしっかりと休みなさい!』
「分かりました」
先輩の言うことにしっかりと返事を返すと俺は「では、おやすみなさい」と言って電話を切った。数秒後には先輩とのチャット画面に先輩から『おやすみ♡』とわざとらしくハートのつけられたメッセージが送られてきていた。
当然既読スルーさせていただきます。
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