第32話
第32話です。
「ねぇーえ、何でこっち見てくれないんだよぉ?寂しいじゃないかい後輩くん!」
「知りません」
「君が知らないわけがないでしょうが」
グチグチとそんな会話をしながら俺達は歩いた。
定期的に先輩はキャップをクイっと持ち上げながら、俺の顔を覗き込もうとしてくる。そろそろ顔を逸らすのも疲れてきた。
「先輩」
「ん?何だい何だい!?そろそろ私の方を見てくれる気になったかい?って、ふむっ……!?」
右手で先輩の両頬をムニッと掴んだ。自然と先輩のくちびるはツンと前に出る。
「な、何をしゅるんだい、こうひゃいくん!」
所々滑舌が悪くなりながらも先輩はそう言ってきた。
「ふっ」と笑うと俺はゆっくりと先輩の頬から手を離す。離された頬をさすりと触りながら先輩は少し涙目でこちらを睨んできた。
「こら!女の子にこんな事しちゃダメでしょ!」
ぷくりと頬を膨らませながら先輩はそう叱ってくる。
「仕方ないですよ。先輩が俺の顔を見ようとしてくるんですから」
「別にいいじゃない!減るもんじゃあるまいし」
「それなら先輩のほっぺたも減りません」
ツンっとつつきながら俺がそう言うと先輩は「ふにゃっ!?」と言って飛び退いた。頬は赤く染っている。
「こ、後輩くん!ほ、本当に女の子に対してそういう事は……やめたまえ。……私じゃなくても、勘違いしちゃうから……」
「何を勘違いするんですか?」
「な、何だっていいでしょ!後輩くんのばーか!」
先輩はそれだけ言い残すとキャップを深くかぶり直しすたたっと駆け出す。黒い髪はバサバサと揺れ、ほのかにシャンプーのいい香りが漂った。
「待ってくださいよ」
そう言いながら俺も先輩の後ろを着いていく。
***
空はだいぶ暗くなり、外を出歩く人の年齢層は少し上がった気がする。
「ホテルまであと何分かな〜」
先輩はスマホを触りながらそう言った。
「あと何分ですか?」
「ちょっと待ってねん」
「了解です」
ぺちぺちとスマホをタップする先輩の横を歩きながら、俺は木を彩るイルミネーションを見ていた。暖色系の色で明るく輝くそれは冬の寒さを忘れさせてくれる。
「あ、分かったよ」
「何分でした?」
「えーとね、0分だって」
「ん?」
「つまりね、もう着いたってこと」
そう言いながら先輩は俺のさらに横を見た。そこには英語の看板が掲げられたホテルが建っている。
「あ、ここなんですか」
「みたいだね。という事で入ろー」
俺の腕を引きながら先輩はずんずんとホテルの方に進んで行く。少し気恥しい気持ちになりながらも、その感情は表に出さないようにした。
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