第2話
第2話です。
「それで何で先輩はここにいるんですか……」
古ぼけた青いベンチに腰をかけながら、貯水タンクの近くに座る先輩にそう聞いた。
頭上からは、足をプラプラとさせた反動でローファー同士が当たった時の硬質な音が聞こえてくる。
「それは後輩くんにも言える事の様な気がするんだけど」
「そうかもしれませんけど、でも先輩は俺よりも先にいたじゃないですか。授業受けてますか?」
「失礼な、私だってちゃんと授業くらい受けてます!」
「ちゃんと受けてるんなら何でここにいるんですか」
そう聞くと「それは〜、嫌いな先生の授業だったからかな♪」と悪びれもせずに言われる。
「えぇ……」
軽めに引いていると上から「後輩くんだって理由があってここにいるわけでしょ?」と聞かれた。
確かに理由らしき理由はあるけど、言えるほどのものではない。
「あれ?理由無いの?」
しばらくの間口を閉ざしたままでいると、またそう聞かれた。
「理由は……しょうもないんで言わないって選択肢でいいですか?」
「ん?ダメだよ?」
「そこをなんとか」
「ダメで〜す。先輩命令なのですよ!」
顔は見えないが多分すごい笑顔で喋っているんだと思う。そう思うくらいには声が楽しそうだから。
「それにしょうもなくても、理由には変わらないんだから私はいいと思うよ。私だってそこそこしょうもない理由だしね」
カラカラと笑いながら、先輩は俺に理由を話すように促してくる。
(話すしかないのか)
少し憂鬱な気分になりながら、俺は重い口を開いた。
「何か、最近色々面倒くさくなったんですよ」
「と言いますと?」
「慣れない学校生活とか、友人関係とか、親との関係とか、勉強とか。全部全部……面倒くさくなったんです」
「なるほどね〜」
先輩はそう言ってから特に続く言葉を発さない。
少し訝しんで上を向いてみると先輩は丁度「ふあぁ〜」と大きくあくびをしたところだった。
「え?」
「ふあぁ……ん?あぁ、ごめんね。少し寝不足だったものでねぇ」
「あぁ、そうですか……じゃなくてっ!え?反応それだけですか?理由話したのに?」
あまりにもあっさりというか淡白というか、適当な反応に思わず驚きを隠せずにはいられなかった。
「あれ、後輩くんは何か反応が欲しかったの?」
「いや、そういう事じゃないんですけど、だいたいこういう時ってもう少し、「そっか」とか「大変だね」とかって先輩が言うものなんじゃないんですか?言わなかったとしてももう少し興味くらいは持ってもらわないと、俺ただの言い損ですよ」
「そう?んー、興味はあるよ?あるにはあるけど、ただしょうもない理由って言ってた割には、随分と重いのが来たな〜って思っただけで」
包み隠さず感じた事をズバズバと言われ、思った以上に心にダメージが入りつつも何とか耐えた。
「重いとかって普通、もう少しオブラートに包みませんか?」
「そう?私は後輩くんの事を思って、敢えてストレートに伝えたつもりだったんだけど」
「なら尚更オブラートに包んでください」
そう頼むと「えー、私は後輩くんのためにと思ったんだけどなぁ。でも、後輩くんが嫌なら仕方がない」と言って、これからはオブラートを使ってくれる事が決まった。
普通高校生なら、それくらいの気遣い出来て当然だと思うんだけどな。
そうは思いながらも、俺のためというのはどうやら本心ではあるようなので、そこはあまり責めすぎないようにする。
◆◇◆◇
時間にして約40分間ほど屋上で先輩と話していただろうか。授業の終わりを伝えるチャイムの音が学校中に響いた。
「チャイム鳴りましたね」
「だねぇ」
先輩は相変わらず呑気な声のトーンで喋るので、少し調子が狂ってしまう。
「先輩は戻るんですか?」
「いいや、戻らないよ」
当然戻ると言われると思っていた身としては、少し驚かずにはいられない。
「何で戻らないんですか?2時間サボりはさすがにまずくないですか」
と、そう聞いてみると先輩はまたカラカラと笑いながら、ある事を教えてくれた。
「後輩くんにいいこと教えたげる」
「何ですか?」
唇に人差し指を近づけて「内緒にしといてよね?」と前置きをすると、そのぷるんと柔らかそうな唇を開いた。
「実は私今日は欠席扱いなのです!」
「………は?」
少し思考が追いつかない。今先輩はなんと言った?欠席?もしそうだとしたらなぜ制服姿で学校にいるのだ?
矛盾だらけの言動と事実で頭をグルグルと混乱させられていると、先輩は面白そうに笑う。
「後輩くんってば、分かりやすいんだぁ♪」
「いや、誰でもそんな訳の分からないカミングアウトされたらこうなりますって」
「そうかな?」
「いや、事実そうなってる人間がここに1人いますし」
「それもそうだね」
「もう、この人がよく分からない」
少し呆れ気味にそう言いながらふとある事に気がついた。数十分前に聞いた、先輩がここにいた理由。確か先輩は、嫌いな先生の授業があるから、というのを理由にここに来たと説明していなかっただろうか。つまり、ここにもまた矛盾が生じるわけで、
「あれ、じゃあ先輩さっき嘘ついてたってことですか?」
俺はもしかしたらと思い、そう聞いてみた。すると、「お!」と何か面白いものを見つけた子供のように無邪気な笑顔になった先輩に見つめられる。
じっと見つめられるのは何だか居心地が悪い。
「あの、結局の所どうなんですか?」
視線に次第に耐えられなくなって、俺はそう言った。
「んふふ〜、後輩くんの予想通りかな?」
「そうですか。でも何で嘘なんか?」
「ん〜、それはね、まだ後輩くんの事を信用しきれてなかったからかな?」
「はぁ」
「つまりはね、初めから真実を伝えていたらもしかしたら後輩くん、先生に報告しちゃうかもしれないでしょ?」
「いや、でもサボってたって事も報告出来ると思うんでs……」
と、そこまで言うと先輩は「それは無理かな?」と言って俺の言葉を遮った。
「何でですか?」
「何でって、理由は簡単だよ。後輩くんもサボってここにいるんだから、報告したら私と一緒に叱られる運命だよ?」
「後輩くんだって怒られたくはないでしょ?」と先輩は言いながら、ググーっと大きく伸びをした。
「その前提を理解した上で、後輩くんの性格とかを色々見てみたら、あ、この子は多分言わないなって判断しただけだよ。だから本当の事を教えて上げただけ」
「なるほど。でも俺に教えて何かメリットがある訳でもないですよね?だから俺が言わないって分かっても、教える理由は無いと思うんですけど」
人というのは基本メリットが発生するから行動出来る生き物だ。逆に言えば大したメリットが無ければ、何かをする必要性は無いわけで、だからこそ俺に言う理由などは無いはずなのだ。
しかし、先輩はニッと笑いながら俺の言葉を否定した。
「メリットはあるよ」
「例えば?」
「秘密の共有者ができた、とかね♪」
子供のように楽しそうに笑いながら先輩はそう言うと、スタッと上から降りた。
「後輩くんはこの後もサボる?」
「どうでしょう。そろそろ戻らないと怒られそうなんですけど」
「それならもういっそのこと早退届けでも出して、もう一度おいで。先輩の私は優しく迎え入れるよ」
「考えときます」
そうとだけ言うと重い重い金属製の扉を開いて「じゃあ、また」と言って屋上を出た。
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