第276話.bitterbitter
第276話です。
後輩くんの作ってくれたチャーハンを口に運びながら私はふと尋ねる。
「私ってどんな歌を歌うべき?」
「どんな歌を歌うべき、ですか」
少し困り顔の後輩くん。それもそうか。既にある程度のスタイルが確立されているように思えていた人間から、そんなことを尋ねられたら困惑するに決まってる。
「俺は先輩の歌いたい曲を歌うべきだと思いますけど……何かあったんですか?」
「ううん。ちょっと曲作りに行き詰まってるだけ」
「あぁ。……俺に何か出来るわけじゃないですけど、コーヒーくらいなら入れれるんで。欲しかったら言ってください」
「うん、ありがと」
後輩くんの優しい気遣いに感謝しつつ、私はパラパラとしたクオリティの高いチャーハンをまた一口食べるのだった。
◆◇◆◇
スタジオにてギターの個人練習をする。あとからメグさんやアスナちゃんも来るけれど、それはしばらくあとの話なので今は私1人。
「うーん、もうちょっとここ滑らかにコード移行したいよねー」
同じところを何度も何度も弾いてみながら、納得のいく指の動きができるまでひたすら繰り返す。結局何事も反復練習あるのみなのだ。私はメグさんみたく天才じゃないし、アスナちゃんみたく特別努力が得意な訳でも無い。けど、きっと分析をして改善しようとするのは2人よりも得意だと思う。だから私は私の武器を使って上達していくのみなのだ。
しばらくしてからアスナちゃん達がスタジオに訪れた。そして開口一番にアスナちゃんが「曲、どうですか?」と尋ねてくる。
「うーん、正直かなり行き詰ってる。全然思いつかない」
「カオリさんが思いつかないのって結構珍しいですね」
「そうかな?」
「そうだと思いますよ。割と短スパンで今まで曲作ってましたから」
と、アスナちゃんはそう言ってくれるが、真実は多分違う。短スパンで作れていたのはたしかに事実だ。けれど、それは私がよし作ろう!と一念発起した上である程度イメージが頭の中にあったからすぐに作れただけの話なのだ。今回の場合はドラマとのタイアップかつ、完全書き下ろしの曲だ。人から依頼されているが故に、自分にかかってくる精神的プレッシャーというものが大きい。だから、今回は全然思いつかないのだ。
「あー……どうしよう」
情けのない弱音を吐きながら私はスタジオの隅にある椅子に座った。
2人はそんな私を見た後の、少し放っておこうという思考に至ったのか、それぞれ別の曲を弾き始めた。頭にはヘッドフォンをしているのでお互いの音は聞こえていない。けれど、今の私にはその二つの音が同時に聞こえている。
違う曲が故に重なるとただの不協和音となる。リズムもちぐはぐでベースの音も意味がわからないタイミングで主張してくる。お互いが相手の事を考えずに自分が主役を張ってるみたい。
この聞こえてくる音を味で例えるとしたら、きっと、
「苦い」
そんなイメージがする。
混じり切れずにお互いがお互いを拒絶するようなそんな曲。
「苦い苦い……ビタービター」
その瞬間にふと後輩くんの入れてくれたコーヒーが頭をよぎる。
ほんのりと苦味のあるコーヒー。微かに甘みもあって癖になる、どこか恋してるみたいなそんな味。
「これかもしれない……」
私は紙とペンを出して曲名のところに殴り書きでこう書いた。
『bitterbitter』
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