第240話
第240話です。
映画を見終えた高揚感と、自身のこれからの生活の中心地となる新たな地に降り立った緊張感で俺はただひたすらに興奮していた。
東京には過去に受験を除いて一度訪れたことがある。しかしあの時は1日しか滞在していなかったのもあり、東京の全てを見た訳ではない。つまり、俺にとってはまだまだ未開の地ということに他ならないのだ。
都会特有の人の波にも目を回しそうになるが、俺はなんとかして前に進んでひとまず東京駅を出る。
「っ……眩し」
しばらく日陰となる場所にいたためだろう。突如として外に出たせいか、陽の光が今の俺にはかなり眩しく感じる。
手で目の上に日除けを作りながら前に進むと、見知った姿が見えてきた。向こうもこちらに気が付いているようで手を振ってくる。
「おーい、後輩くーん!」
「先輩」
大きく手を振るのは俺の大好きな先輩だ。小走りで近付くと先輩はパッと笑顔になる。
「ようこそ、東京へ!そして大学合格おめでとー!!」
「ありがとうございます」
「いやはや、意外とご近所さんになったみたいだよねぇ。思わず後輩くんよりも先に、マンションがどれくらいの距離感で建ってるのか見に行っちゃったもんねぇ」
「へぇ。どれくらい離れてたんですか?」
「えっとね、端的に言うと目と鼻の先だよ。例えるなら、ここからそこの木の距離感だよ」
先輩が指を差す先にある木。そこまでの距離は目視でざっと15mほど。
「これって道を挟んだ真向かいってことでいいですかね」
「そうだねぇ。本当に真ん前にあったよ。面白くてアスナちゃんと、メグさんも呼んで見に行っちゃったからねぇ。何かアスナちゃんは面倒くさそうな顔してたけどね!」
「そりゃそうでしょ。どうせ暮らしてたら嫌でも目に入るんですから、わざわざ見に行く必要が無いですって」
「そうかなぁ?」
「そうですよ」
ともかく今日は早く新居に向かって色々と準備せねばならない。ひとまず荷物は明日届くのだが、今日を乗切るための用意は家に着いてからしなければ。
「という事でここでの立ち話もなんですし、早速行きましょうか」
「そうだね。私は半分家に帰るだけだけど!」
「それは俺もですよ」
◆◇◆◇
新居の鍵を使ってオートロックの共有玄関を抜けた。マンションは綺麗に掃除されており、エレベーター付きで設備も悪くない。
エレベーターに乗り込んでから3階のボタンを押すと扉が閉じる。
「どんな部屋なのかな」
「壁の白い特に面白みも無い部屋ですよ」
「ロフトある?」
「ロフトはあるにはありますけど、あれは荷物置きにしかなりませんよ」
「あぁ、そっかぁ……」
やたらとしょんぼりとする先輩。そんなにロフトが好きなのかと思いながら、俺は尋ねてみる。
「ロフト、好きなんですか?」
「うん。何か楽しそうでしょ?私の今住んでる部屋には無くてさ、あったら秘密基地にしようと思ってたんだけどね」
「秘密基地って……。ん?というかもしかして先輩、俺の部屋のロフト秘密基地にしようとしてたんですか?」
「……えへ」
ペロッと舌を出しながら片目でウインクをしてくる。
この人、中々にとんでもない事をしようとしていた。人の家の一部を秘密基地に改造って……いや、でもそしたら先輩が合法的に俺の家に来れる口実に……いや、それでもおかしいだろ!?
ぐるぐると色んな事が頭を駆け巡りながら俺は一旦冷静になる。
今日はこんな秘密基地とかそういった事をしに来たわけじゃない。新生活をスタートさせるために来たのだ。秘密基地云々はまた後で。
到着したエレベーターから降りて、俺は自分の部屋番号の書かれた場所に向かう。ポーチに入り、鍵を使って玄関の扉を開けた。
「先輩も入ります?」
「いいの?」
「出迎えてくれましたし、何よりここまで来させといて入れないってのも酷いでしょ」
「確かにそうだね。じゃあ遠慮せず、おじゃましまーす」
俺達は靴を脱ぎながら中に入った。全体的に新品の香りがする部屋。一応家具の一部は初めから備え付けとなっていて、洗濯機や、レンジ、炊飯器、そして冷蔵庫は初めからある。そして何より、俺の今までの生活と違うのはガスを使わないというところだ。この部屋は完全オール電化で、IHが標準装備となっている。お陰で火傷のしやすさも格段に下がるし、ありがたい。
「後輩くんは今日どう過ごすの?」
「どう、とは?」
「ほら、荷物がまだ届いてないからさ、寝る時とかどうするのかなぁって」
「あぁ。床で寝るつもりですけど」
「床!?背中痛くない?」
「痛いでしょうけど、今日は仕方がないですよ。明日になれば新居用に買っておいた組立式のベッドも届きますし」
「……そうは言ってもねぇ」
そう言いながら先輩は腕を組んで何かを考える仕草を見せる。そしてはたと思いついたかのように目を大きくさせると、こちらを見た。
「そうだ!私の部屋に泊まればいいんだよ!」
「は?」
「友達用のお布団も貸してあげれるし、今日はおいでよ!」
「い、いやいや、いきなり先輩の部屋に上がるというのは……というかそもそも異性で泊まるのは如何なものかと」
「アスナちゃんのお家には2回も泊まったことあるのに?」
「……それを言われると何も言えませんけど」
ただ先輩とアスナさんでは明確に違うことがあるのだ。俺にとってアスナさんは良き友人で、先輩は尊敬もする俺の大好きな人!という点。大好きな!が重要ポイントだ。
普通の男子なら喜んで泊まりたくなるだろうが、かといってずけずけと行くわけにもいかないし……。どうしたらいいんだぁ!
「凄く悩むねぇ。私の事は気にせず泊まってくれていいんだよ?別に後輩くんの事を知らないわけじゃないし、いいと思うけど」
「……な、ならお言葉に甘えさせていただきます」
「うん!お言葉に甘えてくださいな!」
先輩のとびきりの笑顔を前にすると、俺の心の中にある邪な感情はサラサラと浄化させられていく。
あぁ、これなら綺麗な心で泊まれるよ。
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