第204話
第204話です。
「えと……ひ、一目惚れ?」
その場にいた全員がそれを聞いた時に、思わず目を丸くして佐野原さんの事を二度見する。本来ならば失礼な行為だが、今回に関してばかりは仕方がないと俺も思った。
「その……今日が初対面じゃ」
俺の認識では佐野原さんと出会ったのは今日が初だ。にも関わらず一目惚れというのは些かおかしい気がする。もしそうだとした場合はかなり稀な人だと思うのだ。
そう思って尋ねてみるのだが、佐野原さんは首を横に振った。そしてアスナさんも隣で小さく首を横に震る。
「京弥、別に今日が初対面ってわけじゃないぞ」
「え?」
「文化祭の時に中庭の茶屋で休憩したろ?その時の私達の担当をしたのが佐野原だったらしい」
「え、という事は……」
「そ、そのっ……その時に一目惚れの方をしました」
佐野原さんは恥ずかしそうにモジモジとしながらそう告白する。
俺はあの日ただの客としてでしか行っていなかったが、まさか一目惚れされているとは予想だにもしなかった。思わぬ話の展開に少しだけ思考が送れつつも、俺は何とか頭を冷静にする。
ここで焦っても何かあるわけじゃない。今はとにかく落ち着いた状況把握と、丁重に断ることを意識するだけだ。
俺には先輩という絶対的存在がいるので、残念ながらそれ以外の人にはなかなか立入る隙がないと思う。それだけ俺の中での先輩は大きいものなのだ。
「えーっと、その佐野原さん?」
「は、はいっ」
「会いたいと言ってくれたのは素直に嬉しいけど……その、付き合ったりは無理かな。ごめん」
できるだけ相手を刺激しすぎずに落ち着いた声のトーンでそう伝える。しかし、返ってきた言葉は俺の予想とはまた随分と違ったものだった。
「いえ、元々付き合うつもりもなかったですし、私は一目惚れをしたという事実を伝えれただけで大大大満足です!」
そう、笑顔で言われたのだ。
それはもう、とびきりの満点スマイル。難癖を付ける所がないほどに綺麗な笑顔だったので、思わずこちらがたじろいでしまうほどだ。
「そ、そう?ならよかったんだけど」
「あ、でも最後に握手だけ、してくれると嬉しいかもです!」
「握手?その程度の事でいいなら」
こくりと頷いて右手を差し出す。佐野原さんは小さな両手で俺の手を包むようにして握るとゆっくりと上下に揺らした。
「ふふっ、もう会えないと思ってたから、私は会えただけで満足です」
その言葉がやけに耳に残るのを感じながら俺達はスタジオを去る佐野原さんを見届ける。
そして今晩はまたアスナさん宅にて泊まらせてもらうことになった。おそらく朝まで今日はゲーム尽くしだろう。
寝不足上等の覚悟をしながら俺は先輩達のレベルの上がった練習風景を隣からただ眺めるのであった。
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