第19話
第19話
「ふにゅ……」
隣から独特な寝言を聞くと俺は思わず隣を見た。「ふにゅ」という音がどういう原理で寝言で出るのかは全く分からないが、ただ確実なのは、可愛い子がそんな事を言えば可愛さと愛らしさが増すという事だ。
つまりは無敵。
(何それズルくない?俺がそんな寝言言ったら絶対に引くよね?ね!?)
少し心を乱しつつ俺はまた前を向き直る。隣に意識を向けすぎると、駅に着く頃にはメンタルやわやわ状態になっていそうだ。
(可愛いは正義だが、可愛すぎは人によっては悪ともなる。ちなみに今は小悪魔状態)
「無心、無心。南無阿弥陀仏を唱えればきっと極楽浄土に行ける」
段々と真の目的からズレてきた気がするものの、そこはもういっその事気にしないでおく。
「にゃんっ……ダメだ、よ……そこは……」
「……」
「もうっ……碧染くんってば……エッチなんだから」
「……」
(利根里さんの見てる夢の中の俺何してるの!?エッチて何さ!いけないことでもしてるのかなぁ!?)
先程からずっと聞こえてくる寝言に悶々とさせられながら、俺はもう一度南無阿弥陀仏を唱え始めた。煩悩があるからこういう内容も聞こえてしまうのだ。
「あっ……」
(もう知らん)
◆◇◆◇
「ん〜……っはぁ!よく寝たぁ」
「……」
「あれ?碧染くんどうしたの?そんな仏みたいな顔して」
「私は仏になったのです」
「……私が寝てる間に何があったのさ」
本気で心配されながら俺は目の前で合掌を続ける。
悟りを開いたのだから、それを閉じるわけにはいかないだろう。
「ほーら、帰るよ!」
俺の腕を掴みながら利根里さんはタッタカターと歩き始めた。
「明日も学校だぁ」
「悟りを開けば学校は素晴らしいところに感じますよ」
「……碧染くんのこのキャラ嫌だな」
割とマジな顔でそう言われて俺は普通に怯んでしまう。
「悟りはやめます。だから嫌いにならないで」
「ならないよ」
ケラケラと笑いながら利根里さんはそう言った。
「ふー、でも今日は楽しかったよ。碧染くんありがとうね」
「うん。こっちも楽しかった」
そう返すと利根里さんはこちらを見て目を大きく見開く。そしてその後顔は綻んで嬉しそうに笑った。
「やっと、楽しかったって言ってくれたね!」
「あ、本当だ」
「えへへ、心に素直になる事こそが私的悟りの開き方だと思うなぁ〜」
ピースサインをこちらに向け、利根里さんは手を振る。
「それじゃ私こっちだから、また明日ね!」
「え、あ、うん。また、明日」
「ばいばーい!」
ローファーをカツカツと音を鳴らしながら、利根里さんは街頭の光る歩道をかけていく。その姿を後ろから俺は見送った。
心に素直に……か。
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