第142話
第142話です。
アスナさんに強引に押し付けられたベースの弦をベインベインと適当に弾いてみる。一応これだけでも音は出るらしいので弾けてる感は出るのだが、あくまでもそれっぽいと言うだけだ。楽譜通りの音が出せるわけではないし、何より指が痛い。アスナさんはこんなものをあのハイテンポな曲に合わせて弾いていたのだと考えると、本当に頭が上がらない。
「アスナさんってすごいんだね」
「唐突になぜ褒める?」
「いや、ベースが想像以上に難しい上に、指も痛いからさ」
「あぁ」
なるほどと言ったように頷くと「そんなものは慣れだ慣れ」と軽く言ってしまう。
確かに慣れは大切だが、慣れるまでにも相当な時間を要するような気がするのは俺だけだろうか?先輩のギターだって1年間近く聞いてきたからこそ分かるが、最初期の方と比べると時間をかけて指に弦や重さなどを慣れさせた今の方が遥かに上手い。ただそれは1年というかなり長い時間を使っての話だ。
「アスナさんはベースを独学で学んだの?」
「うーん、半分は独学だなぁ」
「半分?じゃあもう半分は?」
「オーナーに教えてもらった」
「へぇ」
「ちなみに対価は身体で」
「……え?」
「嘘だよ」
笑えん。全くもって笑えん!
なんだそのエロ漫画にありそうな展開は。胸糞が悪すぎて全然楽しめそうにないぞ……。
とそんな事を考えているとアスナさんは俺にずいっと体を近付けてくる。
「そうだ、私が京弥にベースの弾き方、教えようか?」
「え?」
「もちろん対価は京弥の身体で」
そう言うアスナさんの目はマジなのかマジじゃないのか分からないもの。俺の方に出来ることと言えば、ジリジリと距離を離すことくらいだ。
「え、えーと……そ、その場合、支払うのは身体以外ってありますかねぇ?」
「……無いって言ったら?」
こてんと首を傾けながら俺の方にジリリと詰め寄る。そして俺もその分距離を取ろうとする。のだが、ソファの端はそこまで遠くはなかった。
すぐに俺の背は肘掛の部分に当たる。もうこれ以上下がることは叶わない。
俺は今からされてしまうのか、と内心バクバクになりながら冷や汗を垂らすとアスナさんは急に顔を破顔させて笑いだした。何事かと思って俺は思わずポカンとしてしまう。
「嘘に決まってるじゃん!ふふっ、本当に信じるから途中から笑いをこらえるのに大変だったけど、さすがに限界!」
ゲラゲラと笑いながらアスナさんはお腹を抑えて目尻には小さく涙も浮かべていた。
「嘘なんかい……」
「当たり前でしょ?オーナーのネタをそのまま使ったんだから、すぐに分かりそうなものなのに」
「……確かに」
これに関しては気付かなかった俺の方がどちらかと言えば悪いような気もする。そもそもアスナさんがそんな事をするような人だとは思えないし。
「はぁ……でもどっちにしろ焦ったぁ……」
「そんなに?」
「うん。だってアスナさんの目が結構マジっぽかったから冗談に見えなくて」
「ふーん?冗談っぽくなかったか」
腕を組みながらアスナさんはふむふむと頷くと、「まぁ、何でもいいや。ベースも飽きたしゲームしよ」と言ってテレビに繋いでいたゲーム機を作動させた。
飽きたのかと思いつつ俺はひとまず安心した。
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