第119話
第119話です。
イヤホンに流れる洋楽に合わせながら鼻歌を歌う。
駅から学校までのアスファルトで舗装された道を闊歩しながら、私はふと電柱から電柱を飛び移った虫に目を奪われた。
黒い褐色に、体と同じくらいの大きさを誇る羽を持った昆虫。夏によく見るアイツだ。
「もう蝉の季節ですか」
イヤホンに流れる音楽の隙間から微妙に響くミンミンという蝉の声に苦笑いを浮かべながら、私は再度歩みを進めた。
バンドを組むことが決定してからもう幾日も経つ。
あれから毎日とはいかないものの、少なくとも2日に1回はオンラインで音を合わせていたりしているのだ。
今はまだコピーバンドでしかないのだが、早くオリジナルの曲を作れるように精進するのみと言ったところか。
いや、それよりも先に私のレベルをさらにあげなければならない。歌唱でも演奏でも。
何しろメグさんもアスナちゃんもどちらともかなりレベルが高いのだ。アスナちゃんはライブハウスでバイトするくらいなのだから相当な音楽好きでレベルも高いのだろうとは思っていたが、予想外だったのはメグさんだ。
Twitterで知った時も上手いとは思った。思ってはいたのだが、実際にメグさんの刻むビートに合わせて歌い演奏すると分かる。この人はおそらく天才なのだと。
あのオドオドとした性格とは裏腹に、スティックで叩く1音1音には自信しか含まれていないのだ。絶対的な「私が答えだ」と言わんばかりの自信が。
「うーん、期間的にも私が一番初心者だしなぁ。足は引っ張れない」
家に帰ったらまずはコピーしているバンドの曲を練習することとバイトの予定を立てながら、見えてきた校門を抜ける。
しかし、後輩くんと出会ってから私の生活は本当に変わった。平気でサボって過ごした去年と比べ、今の私は真面目に学校に遅刻もせずに通っているのだ。元々学校がつまらなくてサボり気味だったので、音楽という目標が出来て楽しく過ごせているというのもきっと理由の一つなのだろう。けれどそれも結局は後輩くんがいなかったら無かった話だ。
本当に感謝しかない。
あの偶然の出会いを、屋上でサボっている私の所に後輩くんを導いてくれた神様を。
◆◇◆◇
いわゆる熱帯夜と呼ばれる気温の中で俺は電話を繋いでいた。相手は先輩の組んだバンドのメンバーの1人。アスナさんだ。
『京弥は楽器しないのか?』
「俺はしないよ。聞くのは好きだけどそこまで器用じゃないし」
『……そうか』
「なんかごめんね?ガッカリさせちゃったみたいで」
『いや、別にいい』
スピーカー越しに聞こえる声が明らかに沈んでいるので、ものすごく申し訳のない気持ちに満たされながら俺は話題を変える。
「そ、そう言えばそっちの学校って文化祭はいつなの?」
『文化祭?半月後だけど』
「へ〜、俺は1ヶ月後なんだ」
『そうか』
話が終わってしまった。
おかしい、ここまで俺はコミュニケーションが下手くそだっただろうか。もう少しまともに話せた気がするのだが。
『どうした?もしかして来たいのか?』
「え?」
思わぬ事を聞かれ俺は咄嗟に聞き返してしまう。
『だから来たいのかって聞いてるの。本当は知り合いしか入れないけど京弥は他人じゃないし、来れないこともないと思うが』
「い、いや、でも俺が行ったら迷惑じゃない?アスナさんの友達にも迷惑かけるしさ」
『……私、基本学校では一匹狼。無論それは文化祭でも同じ』
「……何かごめん」
『別にいい。それに私は文化祭でどうせ1人なんだ。来てくれても迷惑するやつはいない』
「そうか……うーん」
迷惑する人がいないなら行ってもいいのかなと思ってしまう。だがよく考えてみろ。俺はあくまで先輩を通さなければ本来アスナさんとは知り合いにならなかったはずだ。にも関わらずその先輩よりもアスナさんと関わるのはどうなのかと思ってしまう。
その事に頭を悩ませながら俺は「考えとく」と曖昧に返した。
『ん、そうか……』
アスナさんは少し寂しげな声音でそう返事する。
「ま、まぁ行けたら連絡するから!その時はよろしく」
『ん、京弥ならいつでも歓迎だ』
出来れば俺以外の2人を歓迎して欲しいところだが、ここで野暮なことはもう言うまい。
「もう夜遅いし、俺寝るな?」
『ん、そうだな。私も少しベースの練習をしたら寝る』
「そっか」
『うん。だから、そうだな。おやすみ』
「うん、おやすみ」
寝る前の挨拶をすると俺は電話を切る。
そして部屋には扇風機の羽の音だけが静かに響いていた。
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