メルタの修行
メルタが初めて使った魔法陣から生み出されたものはヘルーテと同じくシャンプーハットで落胆したのは言うまでもない。そしてメルタの魔術師になるための厳しい魔術の特訓が幕を開けたのであった。
「へーい、メルタくん!この魔法陣を書いて全て成功させてみよう!」
「え?二百冊って……桁間違ってませんか?」
「安心して!間違ってないよ!」
どさっと高く積まれた本を眺めてうんざりしながら、一番上の本を手に取った。
昨日初めて使った魔法陣を二百冊分、一冊あたり百種類らしいので、およそ二万種類もの魔法陣を書くことになる。
「終わる気しない…………」
軽く絶望しながら、渡されていた紙とペンを持った。
三週間後
「魔法陣なしで魔法を使おう!じゃあ基礎の浮遊から!」
「魔法の教科書に基礎は制御魔法って書いてますよ?!」
「ちっ、バレたか」
「バレたか?!」
二百冊の魔法陣の本はまだ一割も終わってないに等しいかったが早々に次のステップへ行くことになったらしい。
しかも意味なく嘘を吐いたがメルタも慣れたもので、ツッコミを入れて訂正して、魔法陣なしの魔法に取り組み始めた。
三ヶ月後
「さあ、ついに別な職業魔法適性を使う時がやってきたようだよ!とりま十種類ね!」
「どこをどう見てついになんですか!まだ魔法陣なしの魔法もままならないんですけど!」
「君なら出来る!断じて失敗したら面白いのになんて思ってないよ」
「思ってたら二度とご飯は作りません」
「ごめんなさい」
師弟関係であろうとも、胃袋を掴んでいる者が強かった。
メルタは基礎的な浮遊や制御、物を生み出す魔法は成功していたが、それらの発展系の攻撃魔法や防御魔法はまだ不得手であった。
ていうかこんな次々と進んでいいものなの?と思わなくもなかったが、逆らうとどうでもいい嫌がらせをしてくるのでそっと胸の内に留めておいた。
十ヶ月後
「魔術師だけが持つ特別な魔法を作ってみよう!」
「ふぁっ?!そんなの誰が作れるんですか?!ていうかペースが速すぎるんですよ……このスパルタ魔術師!」
「お褒めの言葉、非常に嬉しいよ!メルタくん!」
「褒めてないです!」
「本当にこの一年ちょっとはとっても面白かったよ!でもついに最後の授業さ」
「話を聞いてますか」
メルタがヘルーテから魔術を学び始めてから一年と約三ヶ月が経っていた。
普通ならば幼い頃から教育を受けて成人する頃に一人前の魔術師になるところを、ヘルーテのスパルタ教育で一年という驚異の短期間で育て上げた。
無論、それだけにかなりの負担だったし、魔法の精度もさほど高いとは言えない。が、新米の魔術師だというのであれば通じるくらいの実力は身に付いた。
残る問題はあと一つ、魔術師特有の特別な魔法の偽造である。
「そんな特別な魔法を偽造できてたまりますか!」
「できてたまるよー。君が一番得意な魔法を昇華させるだけさ」
「すっごく簡単に言いますけれど、具体的にはどのくらい昇華できれば偽造できるんですか?」
「魔道具を一瞬で生成するとか」
「は?!そ、そんなことできるんですか?!」
「できるできないじゃないの。やるのさ」
いつにない真剣な眼差しでメルタに言い聞かせ、魔法を昇華させる上で役立つであろう資料を押し付けた。
「基本的なことはもう既に教えたよ。あとは君の頑張り次第。自分の部屋で頑張ってくれたまえ」
ヘルーテは尊大に言い放ってぐいぐいとメルタの部屋へと押し込んだ。
すっかり仲良しになった家具たちに歓迎されながらテーブルくんの前に座る。
最近の家具たちは紅一点の掛け布団ちゃんに好かれようと、日々アピールしているようだ。今一番優勢なのは掛け布団ちゃんと常に一緒のベッドくんだ。
と、そんなことはともかく。
「もう、ヘルーテさんはいっつも強引なんだよなぁ」
そう愚痴を呟くと、テーブルくんがぴと、とくっついて突進してくる?と伝えてくる。
「突進はいいよ。今日の夕飯をヘルーテさんの嫌いなもの尽くしにするから」
さらっと嫌がらせの献立を考えながら、押し付けられた資料を広げてみる。
「ううーん。どうしたものかなぁ」
開いたページは《魔法の基本》というもの。
魔法の基本。
魔法とは存在しないものを魔力を材料として生み出すものである。
例外的に未来を見る魔法や動物と心を通わせる魔法があるが、それらは魔術師が持っているものである。
作れるわけなくない?そんなすごい魔法と並ぶくらいの魔法ってことでしょう?作れるわけがなくないか?
僕が一番得意な魔法は金属製の物を作る魔法だよ?無理くない?ヘルーテさんは魔道具を一瞬で生成するとか言ってたけど、普通に無理だから!
だって魔道具って作った道具に魔法を付与するんだよ?不可能だって!
と心の中で文句をぶち撒けそのまま突っ伏した。
うだうだしながら何かいい考えはないかと頭をひねる。
するとヘルーテの言っていたことを思い出した。
魔法陣とは魔法のレシピだよ
「魔法陣は魔法のレシピ。なら特別な魔法に匹敵する魔法陣を作る!」
するべきことが決まってしまえば後はそれに向かって頑張るだけ。ヘルーテはこのことを予測していたのか、魔法陣の作り方が事細かに書いてある資料も用意されている。
「頑張るぞー!」
自らを鼓舞するように声を張るとテーブルくんが突進してきて、メルタはなんかデジャブだなぁと思った。
それから来る日も来る日もひたすらに試行錯誤を続けた。
作っている魔法陣はもちろん、魔道具を一瞬で製成する魔法、その名も『ウェイポンメイク』だ。そのまますぎるネーミングセンスはどうか見逃してほしい。
何回も失敗して爆発させたり、変なものも製成した。夢中になりすぎて家具のみんなに心配させて無理矢理休まされたり、ヘルーテさんが気を遣って食事、もといダークマターを錬成していたりした。それから貴重な食料を無駄にしないためにも無理をしなくなったのは結果オーライだということにしておこう。
そんな風に助けられながら、一年の月日が過ぎついに完成した。
「じゃあ見せてくれる?メルタくん」
「は、はい……」
ヘルーテの作業場に呼び出され、いよいよ披露することとなった。
緊張して上手くいくか不安だが、この人ならそんな失敗は笑ってくれる。そう思うと緊張は解れた。
「『ウェポンメイク』!」
「おお」
ぽんと音を立てて現れたのは小さな鈴だった。
「これは?」
「嘘発見器です」
「うわぁ、嫌なの作ったね」
嘘を吐くのがライフワークなヘルーテは端正な顔を顰める。その表情を見て、メルタは満足気だ。
「他には?」
「ありますよ!『ウェポンメイク』」
次に現れたのは手のひらにすっぽりと収まる巾着袋。
「これはいろんな物がたくさん入る巾着袋です」
「へぇ!それはすごい!試しに入れてみても良いかい?」
「あんまりいっぱい入れると取り出しにくくなるのでほどほどにお願いします」
「わかった」
無造作に絶対入らないであろうサイズの本を入れるとすっぽりと収納された。
「すごーい!これがあれば旅行も楽ちんだねぇ」
すごいすごいと歓声を上げながら袋を検分する師匠の姿を見て、達成感に浸っていた。
「このくらいの実力があれば行けるね」
「どこにですか?」
「決まっているだろう。王宮さ。王宮付きの魔術師団に君の実力を見せに行こう」
達成感に浸って高揚した気持ちから一気に引き戻された。
遂に来たかと言うよりも本当に行く気なのか正気を疑わざるを得なかった。
だって大罪人だよ?!