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ヘルーテさんの魔術授業


 メルタの師匠、ヘルーテはいつも本を読んでいる。本人曰く、本もとい物語を読み、知ることは至上の喜びだそうだ。


「だからって……だからって!働かない理由にはならないと思うんですよ!」

「え、急に何」

「何、じゃないですよ!お願いですから仕事してください!飢え死にします!」

「案外人間って食べ物なくても生きていけるらしいよ?」

「それでも食べなきゃ死んじゃいます!第一にヘルーテさん、国の仕事をする条件で食料とか生活必需品とかを貰ってるんでしょう?ただでさえ、追放されている身の上なのに仕事しなきゃ本当に貰えなくなりますよ?!」

「その時はその時。むしろ、私が死んで困るのは多分あっちだし……」

「そんなわけないでしょう」

「うっわ、ひっどーい」

「だって、世界最悪の大罪人がいなくなって困るわけないじゃないですか」

「それと同時に私が魔術師だってこと忘れないでよね。魔術師、しかも私にしか出来ない仕事だってあるのだよ」

「嘘を吐かないでください。クズなヘルーテさんより、優秀な魔術師さんはいるはずです」

「メルタくん、私だって怒るんだからね?」

 メルタの忌憚のなさすぎる意見に、むっとした表情を見せるヘルーテ。

「私って実は凄いんだからね!」

「そうなんですね」


「もー!絶対信じてないじゃん!大罪人の前は王宮付きの魔術師団でエリートだったのだよ?!」

「世も末ですね」

「それはそうだけど…………」

「そんなエリートの魔術師団がクズを入れるわけありません」

「それは入った時私も思ったけどね。って、だからそろそろ怒るよ?あんまり人をクズ扱いしないで?自分で言うのはいいけど、人に言われるのは腹立つ」

 そういうところでしょう、クズと言われる所以は、とは言わず、代わりにため息を吐いて書類の山をヘルーテの前に作り上げる。


「バランス感覚いいね、メルタくん」

「えへへ」

 褒められ慣れていないメルタはそこに悪意があるだろうがないだろうが、顔を綻ばせ無邪気に喜ぶ。

「ギャップ……なのかなぁ」

「何か言いましたか?」

「ううん、気しないで」

 師匠を罵倒する少年が褒められて喜ぶのは果たしてギャップなのか、少しだけ頭をひねった。




 そんなどうでもいい事を考えているより、仕事を片付けた方が良いのはその通りだが、うず高く積まれているそれを見るだけで嫌気が差してくる。


「あ、そうだメルタくん。魔術の特訓をしようよ」

 エプロン姿の主夫っぷりがすっかり板についている掃除中のメルタにそう提案した。


「食べ物に困らなくなったらします」

「えー?それは大丈夫だよ。それより魔術を使えるようになったらお掃除なんて一瞬だよ?」

「じゃあヘルーテさんがやってくださいよ」

「いや、私は魔力ほとんど剥奪されてるから。宙に浮いたり、物に命を与えるくらいしか出来ないから」

「物に命を与えられるならお掃除くらいの魔法使えそうですけどね」

「『アニマメイク』は特殊なんだもん」

「もん、じゃないですよ。可愛く言ってもダメです。そもそもヘルーテさんの大丈夫は説得力がないです」

「ちぇっ」

 ぶすーとむくれてようやく仕事に取り掛かり始めたのだった。






「はあぁぁぁっ、ようやく終わったぁぁぁぁぁ」

 日の高いうちからやり始めたが、それがとっくの昔に落ちてから、膨大な量の明後日までの締め切りの仕事が終わったのだった。


「絶対量多過ぎるって……いじめだ、いじめ。みんな寄ってたかっていじめてるんだ」

「それは……仕方ないんじゃないんですか?」

「ああっ、君までそんなこと言うんだね?!ちょっと国を何個か滅ぼしただけじゃない!わーん!!!」

「それはちょっとじゃないですからね?!」

 あと、国は滅ぼしたらダメですから!と立て続けに突っ込んだ。


「もう……そりゃ、魔力剥奪ものだよね……ていうか僕を魔術師にしたくらいじゃ紅茶貰えないでしょ…………」

 ボソボソとぼやきながらヘルーテが仕事で突散らかした物を片付ける。

「ヘルーテさんも片付け手伝ってくださ……は?!」

「何かな?」

「何かな?じゃないですよ!!何優雅に本を読みあそばせてるんですか!片付け!大人としての基本!片付けしてから読んでください!」

「はいはい」

「はいは一回!さあ、ペンはペン立てに!出した資料は棚に入れてください!物に命を与えるんですから物は丁寧に扱ってください」

「……はーい」

 少しだけ嬉し気にはにかむと、本を読む手を止めてマイペースに片付け始めた。




 次の日

「今日こそ魔術の特訓をしようじゃないか。メルタくん」

「はい」

 お互いに向き合うように座っている。ヘルーテは棚から本と紙とペンを出してきた。


「三分で出来る!ヘルーテさんの魔術授業〜いえー」

「三分?!」

「良いリアクションしてくれるねえ、メルタくん。はい、じゃあ本の百五十七ページ開いてー」

 おっかなびっくりそれらを受け取って言われたページを開く。


「魔法陣で魔法を使おうと思います」

「魔法陣ってなんですか?」

「魔法陣とはー言うなれば魔法のレシピなのだよー」

「魔法のレシピ?」

「うん。普通魔法を使う時には魔法陣なんて使わないのだけれど、魔法の仕組みを知る上で一番分かりやすいのが魔法陣だからね」

 ふふん、と得意げに話すヘルーテ。


「魔法とは、ないものを魔力を材料として生み出すものである!」

「あ、なんか聞いたことあります」

「つまり職業魔法適性とは、何を生み出すことに特化しているかによって決まるのさ!」

「なるほど!」

 メルタはぽんと手を打ち、キラキラした笑みをヘルーテに向けた。

「本当、いいリアクションしてくれるなぁ」

 しみじみと呟き、再び元気良く授業を再開した。



「昔は魔法陣で魔法を使うのが主流だったんだ。書いておいて必要な時に魔力を込める。だけど、魔法陣を書くのがめっちゃ手間。しかもちょっと大きめのものを作ろうと思ったらそれなりに大きい紙とか結構な量のインクを使わなきゃいけない。

 まあ、色々と面倒臭いからそれを呪文にした。

 元々、職業魔法適性はあったんだけれど呪文になってからより顕著になったんだ。儘ならないものだよねー

 はいじゃあ、開いてあるページ見てー。それが魔法陣。それを書き写して貰いまーす。インクはこれね。これは魔力を通す特殊なインクなのでこれしか使わないように。それと魔力を込めるのは絶対に全てを書き終えたあとだよ。そうしないと爆発するからね」

「爆っ……?!」

 一息に説明されて何が何やら分からず、頭の中を?マークが乱舞しているが、とにかく取り扱いに注意しないといけないことはわかった。


「それじゃあ元気に書いてみよー」

「…………はい」

「なんだい?今の間」

 流石にメルタも学習して、あなたの能天気な様子に危機感を持っているだけです、とは言わなかった。

 ちなみにメルタは辛辣なのではなくただただ素直なだけである。



 メルタは細かな文様を何一つ書き残さずに書き写す、という繊細な作業が苦手な者ならば地獄のような作業に取り組み始めた。

 幸いなことに黙々系の作業を得意とするメルタにとっては大して苦にならなかった。


「初めてにしては上出来じゃないか。爆発したら面白かったのに」

 唇を尖らせ面白くなさそうに言う。

「ひどい!」

「早速魔力を込めてみようか。お手本を見せるよ?」

 メルタが怒ってもヘルーテはどこ吹く風やらと気にしない様子だ。

 ヘルーテがメルタと並行して書いていた複雑だが均等に整っている文様が書かれている紙を摘み上げた。


 するとヘルーテの体と持っている紙が光を帯びた。

 メルタはごくりと生唾を飲んで見守っているとすぐのことだった。


 光が全て紙に収束すると何かが浮かび上がってきた。

 ワクワクと見守るが、それは無駄に終わった。


「シャンプーハットって……くだらない」

「あははは!」

 爆笑するヘルーテにやっぱりダメだこの人は……と思ったのだった。




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