人参捕獲作戦
銀色にきらめく人参が襲いかかってきてもメルタは慌てなかった。
危険であることは間違い無いのだけれど、そこまでの脅威だと感じ取れなかったのだ。
間違いなくアイヒルフェンの保護している魔物たちのお世話で感覚が麻痺っている。あの獰猛な肉食獣たちに比べればちょっと硬い人参なんて……と思っていたのだ。
それゆえにメルタは慌てず、魔法を発動させた。
「『アイアンメイク』」
メルタは鉄製の小型の盾を作り出した。そしてそのまま盾に制御魔法を重ねがけして、動作の補助と人参の吸収を阻止する。
あえなく弾かれてしまった人参は、ジイっと盾を見つめている(?)ような感じである。
「ギヤギヤ!」
それ欲しい!!と言わんばかりに跳ねる人参。
「だめだよ。これは僕の」
「ギィヤァァァァ!」
「欲しかったらこっちにおいで?」
「ギヤギヤ!」
人参と会話している風のメルタをみてフロイデがボソッと言った。
「やり口がヘルーテさまと一緒ですわ……」
「毒されてる……」
まあでもメルタ一人で対応できそうだと判断した二人は、メルタを気にかけつつ作業に戻った。
メルタは魔法ごと吸収した人参をみてあることを閃いていた。
魔法を吸収できるということは魔法に対する耐性があるということ。それはつまり、もしかしたら魔草を新しい魔道具の素材として使えるかもしれないということだ。
実験してみたいところではあるが、街中で、しかも奉仕作業中にやっていいことじゃない。というかそれよりも先にこの人参をさっさと片付けてしまわねば。
魔草に理性や意識はない。音や魔力に反応して襲いかかるのである。
「おいでおいでー」
身体強化魔法で視力と腕力を強化し、ダダダッと突進してくる人参をなんとか捌く。
「ほぉら、こっちこっち」
「ますますヘルーテさまみたいというかなんというか……」
「どういう教育してるのよあの子」
やや呆れた様子でメルタの見守る二人。だが、作業の手は止めないプロである。
「隙あり!」
メルタは盾の角で思いっきり人参をぶん殴った。
しかしそれでやられる人参ではない。メルタの作り出した良質な金属によって防御力が上がっているのだ。
むむむ。
メルタが悩む間にも、人参は体をきらめかせながら突進を繰り返す。
メルタはしばし悩んで、ある思いつきを試すことにした。
「火魔法『ファイア』」
メルタの手のひらからボッと火の玉が出現した。それから火の玉に魔力を込めていく。
火の勢いは控えめに、けれど魔力の密度は濃く。じっくりと魔力を込めていく。
火の玉がメルタの顔ほどの大きさになったところで止めると、人参が火の玉に向かって突進してきた。
メルタは盾で防御しつつ、火の玉を差し出した。
人参は迷うことなく火の玉に飛び込んだ。
魔草とはいえ植物。飛び込んでしまえば燃えるのは必至。普段なら危険な火の中に飛び込んでしまっても直ぐに逃げ出すだろう。
だが、この人参は鉄を纏っている。しかもそんじょそこらのものよりも断然上等な。
鉄はもちろん燃えない。だから人参は飛び出さず、魔法をぐんぐんと吸収し始めるのだった。
魔力の密度が濃い魔法を吸収して強化されていく人参。しかし、だんだんと衰弱していく。
人参は自分の表面を覆うように鉄を纏っているだけで、中身はただの植物である。火の玉で鉄が溶けたり変形することはなくとも、熱はよく通すのだ。中身が無事であるはずがない。しかも魔力の密度が普通の魔法の倍以上で、吸収しても吸収しても赤々と燃え盛っているのだ。
火の玉を吸収するよりも速く、熱によって水分が奪われていく。
攻防は三分ほどで決着が着いた。
ついぞ吸収しきれなかった火の中で人参は力尽き、ぱったりと倒れてしまった。
「よかったぁ……」
メルタは胸に手を当て安堵の息を漏らした。そして水魔法で未だ燃えている火を消し、地に臥した人参に改めて採取魔法をかけた。
「フロイデさん、ハルさん、人参倒れました!」
「わぁ……なんかいい匂いしますわねぇ」
「包み焼き状態……?一応バケツに入れておいてくれる?」
「はーい」
メルタは他の人参がひしめくバケツの中に銀色の人参を突っ込んだ。
ジュアアア!
わあ、そりゃそうだよね、でもちょっとびっくり。
少し大袈裟に跳ねる心臓を宥めながら、問題ないことを確認し、それから二人の作業を手伝おうと近寄る。
「あれ、人参は……」
「そんなのとっくに終わったわよ」
「え」
あっけらかんと言ってしまうハルツィナにポカンと口を開けるメルタ。
「魔術師だもの。あのくらいの作業は秒殺よ」
どやっ。薄桃色の唇が自慢げに弧を描く。
あのくらいのって……あの魔法って難易度高いはずなんだけれどな……てか僕ほとんど作業してないし……一本しか収穫出来てないし……
次元の違いを見せつけられたようでメルタはしょげてしまった。
「まあまあそう落ち込まないでくださいまし。ここまで魔法をオールマイティに使いこなせる方はハルさまとヘルーテさまぐらいですから」
「そう、なんですか」
「ええ、わたくしは基礎の低級魔法くらいしか使えませんわ!人参もほぼ全部ハルさまが収穫なさったんですの」
「威張ることではないのよ、フロイデ……」
苦笑いしながら突っ込みを入れるハルツィナ。メルタはそのやり取りがちょっと面白くって笑いを溢す。
「ああ、でもメルタはヘルーテに魔法を習ったのよね?」
「え?あ、はい」
今更何の確認?
「じゃあ魔法も得意よね」
「苦手ではないですね……」
なんか雲行き怪しいぞ?
「なら、魔法で花植え、一人でできるわね!」
「えっ」
「そうねえ、三十分もあれば十分かしら」
それからハルツィナは有無を言わせない笑顔で堂々と言った。
「任せたわよ、メルタ」




