恐るべき人参
メルタは湧いていた不安を押し殺すように一心不乱に作業していた。今、不安になったところでどうしようもないのだと、自分に言い聞かせて。
取り敢えず今のところは作業は順調そのもの。このままいけばお昼過ぎには終わるんじゃなかろうか。
そう考えていた矢先、ふとハルツィナが手を止めてフロイデを呼んだ。
「この辺結構混ざっちゃってるわね」
「本当ですわ。気をつけないと」
整美している花壇の一角を、険しい顔で見つめるハルツィナとフロイデ。
「えっと、何が混ざってるんですか?」
恐る恐る尋ねるメルタに、ハルツィナは意外そうな顔をした。
「あら。メルタ、これ見たことない?」
これと言ってハルツィナが指差したのは、なんの変哲もない葉っぱ。
「あ、これって人参の葉っぱですか?」
八百屋さんでお馴染みの人参と同じ形の葉である。
でも、なぜ花壇に人参?
まさか街の花壇に人参を植える人なんていないだろう。
……もしかして非常食用なのかな?
「食用じゃないわよ?」
「食べれないんですか??」
メルタの心を読んだかのようにハルツィナが言った。
メルタの質問に呆れたような顔をしながらハルツィナは答えた。
「これただの人参じゃないの。魔草って知ってる?」
「……はい」
知っているどころかメルタには馴染みあるものだった。
魔草といえば、メルタの実家でよくよく使われていたのだから。
薬剤師は魔法で魔草などの素材を調合する。生まれ持った適性は勿論、魔法のセンスが重要な職種である。
薬剤師の家系であるメルタの家にもたくさんの魔草があったものだ。まあ、触ることなんて許されなかったし、魔草について何か教えてもらったことなんてないが。魔草に限らず、何かを教えてもらったことなんてないが。
むしろ、それらの基本的な知識はヘルーテ仕込みである。
ヘルーテ曰く。
『魔草っていうのは、水・日光・酸素の他に魔力を必要とする植物の総称。砂漠地域や高山地域でよく生まれるね。この二つの地域では植物が育ちにくいから、空気や土の中の魔力、魔物の魔力を吸収して自ら栄養のある場所へと行くようになったんだ。大型魔物の死体に集まって森みたいなのを形成することもあるし、普通に人間襲うよ』
いや怖っ。なんて思った記憶がある。
人間を襲うほど危険なものがあるならば、魔術師二人が出向くというのもわかる気がする。
あれ?出向いたということはもしかしてこの危険物を取り除いたりするんだろうか。
ちょっとドキドキしながら先輩二人を見やるととてもいい笑顔を浮かべていた。
「人参収穫祭よ!」
「と、その前魔草の見分け方教えるわ」
まるでヘルーテがメルタに授業するときのように、ハルツィナがぴょこんと人差し指を立てた。
「魔力を指先に込めて、魔草に近づけると……」
「ウワッ」
緑の葉がショッキングピンクに変化していく。あまりにも不自然すぎる色合いに引き攣った声が出た。
「魔草は一定以上の魔力が近づくと葉の色が変わる特徴があるのよ」
淡々と説明を続けるハルツィナ。
「あと葉の裏を見てみて」
言われるままにメルタが葉をめくる。
「ウワ゛ッ!!」
葉の裏は毒々しいピンクと紫の斑点模様が広がっていた。
即座に葉から手を離すメルタに笑い声を上げるハルツィナとフロイデ。
愉快愉快。
長らく新人がいなかったものだから、こういう反応が久しぶりで面白かった。
「危険はないから安心なさい。じゃあ次は採取の仕方を教えるわね」
そう言うとハルツィナは花壇のそばにしゃがみ込んだ。
「採取魔法、『コレクト』」
土を叩きながら呪文を唱えた。すると、徐々に徐々に光を纏った人参が土からスルスルと抜けていく。
「ただ普通に抜いちゃうと走って逃げて人を襲うから気をつけるのよ」
完全に抜けた人参は、とても立派な二股人参だった。二股でさえなければ、八百屋さんで売れそうなくらい美味しそうである。
二股人参は魔法特有の青白い光を纏ったまま、用意してあった桶に突っ込まれた。
「人参がちゃんと抜けたら、桶に入ってる油につけて窒息させるのよ。油につける前に魔法が解けたら脱走するからね」
脱走したら勿論、周りの人間に襲いかかってしまうだろう。責任重大な仕事にメルタの身体中から冷や汗が噴き出た。
実はメルタはこの魔法が苦手である。
メルタは魔力を物質に変化させる製成魔法は得意なのだが、採取魔法のように、魔力を使って物を動かす操作魔法は苦手だ。
そもそも採取魔法はちょっとレアな魔法なのだ。薬剤師の職業魔法なのだが、使える者は少ない。
魔法自体が難しいという話でもあるが、別に魔法がなくても採取できるのだ。まあ、手間はかかるが。
ゆえに採取魔法が使える者は、薬の調合よりも魔草や薬草を採取して生計を立てていることが多い。
そんな難しくレアな魔法をハルツィナは楽だからと言ってバンバン使っているのだった。
メルタは軽く深呼吸する。
確かに苦手な部類の魔法ではあるが、出来ないわけじゃない。落ち着いて、集中して、ゆっくりやれば成功するはずだ。
人参の近くにしゃがみこみ、両手を土の上に置いて魔力を込める。
ぽふぽふと土を叩きながら呪文を唱えた。
「採取魔法・コレクト」
魔力を人参に這わせるイメージで操作していく。
ゆっくりゆっくり慎重に。
魔力で人参を包めたら、今度は上に引っ張り上げていくように操作する。
もうそろそろ全部抜けそうというところで、人参の葉っぱが不自然に揺れた。
何だ?と思えばカエルだった。
なんだカエルかーと思っていたら、ぴょーんとメルタの顔面に向かって飛んできた。
なぜこっちに跳ぶ?!
カエルの思わぬ動きに驚き、集中が切れて魔法が解けた。
「ギィ、ギィ、ギィヤアアアアアアアア!!!」
「うぇ?!」
人参って叫ぶの??
人参の断末魔にびっくりして呆然としていると人参が結構な速さで駆けて行った。
「やっば!」
急いで人参を追いかける。
「メルタさん、もう一度採取魔法を!」
人参が逃げたことに気づいたらしいフロイデが、人参を追いかけるメルタに向かって叫ぶ。
ただ動いてるものに向かって魔法をかけるのは難しい。足止めが必要だ。
「鍛治魔法、金属製製『アイアンメイク』!」
ラーオルグの時と同じ作戦である。
メルタが一番使い馴染んでいる魔法。その魔法は自由自在。
今日作ったのは金網カゴである。これを被せて妨害する作戦である。
カゴを持って追いかけようとしたところだった。
え、人参がなんかめっちゃこっち見てる??
いや、人参だから目はないのだが、なんだか自分の手元に視線を感じる気がするのだ。
もしかして……これ?カゴ?ほしいの?え、植物なのに?金属なんて食べたらお腹壊すよ?あ、でも捕まえるチャンスかも?
メルタは待ってみることにした。
少し経って、人参が隙を窺いながら(多分)、メルタの方へジリジリと距離を詰めてきた。
メルタは動かず人参の動きをじっと見つめる。
刹那、人参が金属に飛びついた。
操作魔法が苦手なメルタでも金属を操るのであれば話は別である。
人参が金属に飛びついた瞬間、逆に金属で身動き取れぬように人参に巻き付けた。そして操作魔法を解き、囚われの人参を手に取った。
「やった!捕まえた!」
先輩二人に報告するべく振り向いて、人参を誇らしげに掲げた。
「ダメダメ!解いて!」
「危ないですわ!」
「え?」
なぜそんなに慌てているかはわからないが、とりあえず言われるがままに魔法を解こうとした。けれども一足遅かった。
「ギャッギャッ!」
喜びの声?を上げる人参。
根の部分から水分を吸い取るが如く、金属を吸収していた。
「なんで吸い取れるの?!お腹壊さない?!」
「メルタさん、植物にはお腹はありませんわ!」
「そこじゃないのよフロイデ!」
ハルツィナが天然二人組に突っ込む。
魔草は魔力が大好物。質は良ければ良いほど良い。
操作魔法のように魔力を使用者が完全にコントロールしているものから奪うのは難しいが、生成魔法のように魔力が具現化したものからならば魔力を奪うことができる。
たまに魔法ごと吸収する変異種がいるのだが、この人参がまさにそうだった。
魔法ごと吸収した人参は金属の特性をその表面に表していた。
生き残るためにより強くなるために。
どんどん吸収して強くなる。
人参はメルタの手を振り払い、地面に降りたった。
「ギィヤギィヤ!!」
そして雄叫びをあげてメルタに襲いかかった。




