喧嘩
沈黙が支配する室内。フロイデは息を殺し二人の様子を見守っていたが、ルリィは憮然としたまま、メルタはしょぼんとしたままである。
「あっ、そうですわ!この間頂いた珍しい茶葉がありますの。淹れますから、お二人ともお召し上がりになって?」
どうにか空気を変えようと声を上げたものの、全然微動だにしない。
それでもめげずに、紅茶を淹れて二人に差し出す。
「マフィンもクッキーもまだありますからいっぱい召し上がってくださいませ!ヘルーテさまも糖分の補給は大事とおっしゃっていましたから」
「……ヘルーテさんも」
尊敬する師の名前にルリィが反応を示した。
「それにこれはヘルーテさんのおすすめの茶葉ですの!是非是非お召し上がりくださいませ!」
無言でルリィはカップを手に取った。
「いただきます」
やった釣れた!とルリィにバレないようにガッツポーズを取った。
「メルタさんもどうぞ!」
「あっ……はい、いただきます」
二人が紅茶を口にするのをフロイデは満足気に眺めると、自分の分の紅茶に口をつけた。
「差し入れしに来たぞーって何騒いでんだよ?」
「ヘルザさまああ!」
おやつの時間が終わったその一時間後。ヘルザが昼食にと食堂からテイクアウトしてきたサンドウィッチを持ってきた。
「メルタさんとルリィさんが喧嘩してしまいましたの!わたくしどうしたら良いか分からなくって、とりあえずみんなで紅茶を飲んでマフィン食べたのに仲直りできませんでしたの!」
「あ?なんで喧嘩になったんだ?」
ぎゃあぎゃあ言い争っているメルタとルリィを一旦無視して、フロイデに事情を聞くことにした。
「最近話題のストレートティーを淹れたらこうなってしまいましたの」
「ん?ストレートティーって何もいれない紅茶のことだろ?」
「そのストレートティーではなくて、正直茶のことですわ!特別な茶葉を魔力を込めながら淹れると正直茶になるのですわ。何でも正直に喋りたくなってしまうパーティーグッズなのですわ!」
「ああ。なるほどな。つかなんでそんなの飲ませたんだよ」
原因それじゃねーか、と付け足す。
「正直になったらごめんなさいできるかと思ったんですの」
「あいつらそこまでガキじゃねー……と思うぞ」
歯切れが悪くなってしまったのは、つい先日の王宮抜け出し事件を思い出してしまったからである。
「だあもう!メルタさんは全然分かってないのですね?!ヘルーテさんの凄さを!!」
「十分理解しているつもりです。でも、性格とかまで全肯定できるほど良い人だとは思えないんです!だって……」
メルタは一旦言葉を切り、息を深く吸った。
「だって、家事全然できないしイタズラはするし嘘つくんですよ?!ルリィさん、家の廊下歩いてて落とし穴に落ちたことあります?!ドア開けて急にたらいが落ちてきたことあります?!焦げた黒い謎の物体を食べさせられたことあります?!」
メルタの悲痛な叫びを聞いて、ヘルザはかつてのヘルーテの所業を思い出し、それからメルタの今までの苦労を思い、天を仰いだ。
「は?ヘルーテさんはそんな子供みたいなことをするわけないでしょう。ヘルーテさんはカーテミアル王国きっての天才魔術師なのです。容姿端麗、頭脳明晰!常に笑顔絶やさず、物腰が丁寧かつ柔らかで、優しく思いやりの心を持った人格者でもあるのですよ??」
「誰ですかそれ」
確かにヘルーテは常ににこやかに笑っているものの、胡散臭さが拭えないし、物腰も丁寧かもしれないが、やはり油断ならない怪しさを感じる。
優しく思いやりのあるところは見たことないし、大体にして人格者は世界を滅ぼそうとしないし、国を潰したりしない。
もしかして別な人の話をしていらっしゃるのかな?ルリィさんは。とかなり本気で、そして真顔でメルタが思い始めるとヘルザが吹き出した。
「あ、悪い悪い。ちょっと面白かっただけ、だから……」
笑いを堪えながら弁明する上司にルリィは冷たい視線を浴びせた。
「いやだってさ、ぜってーメルタ別の人の話だって思ってるって!」
「思ってるも何も別の人の話ですよね?同姓同名の別の人の話ですよね?」
「この国にはヘルーテさんと同姓同名の方はいません!ヘルーテさんは唯一無二にして至高の存在!伝説に語られる全知の魔術師の如きお方で、あれほど魔法を愛し愛されてる方はいらっしゃらないのです!!!」
「え?」
ヘルーテさんって魔法好きだっけ?可もなく不可もなくって感じだったような。あ、でもすっごい面倒くさがりだから重宝はしてるのかも。
「なんなのです?すごく不思議そうな顔してますけど」
「ヘルーテさんって魔法、お好きなんですか?」
「はああ?」
「ひぅっ?!」
剣呑な目つきで射抜かれたメルタは蛇に睨まれたカエルよろしく固まってしまった。
「なんでそう思ったのか聞いていいのです?なんであんなにも魔法を究めている御方にそんな疑問を持つのか聞いていいのです?」
低く唸るように尋ねてくるルリィの剣幕に最早逃げ出したくなってもくるが、それは許されなさそうだったので、メルタは渋々口を開いた。
「ヘルーテさんは魔法はあれば便利くらいに思ってるんだと思います。例えば湯浴みしなくても体が綺麗になる魔法とか、本読みながら手を汚さないようにお菓子を食べる魔法とか、髪や爪が伸びないようにする魔法とか、そんなのばっかり考えてて、究めようっていう気はない気がします」
ヘルザは二人の話を聞けば聞くほど、愉快な気持ちになった。とてもじゃないが同一人物の話をしているとは思えない。
ヘルーテが大罪人となる前はこの国きっての天才魔術師と囃し立てられていたのはよく覚えている。ヘルーテには概ねルリィが賛辞したような言葉ばかり贈られていて、自分の認識と世間とのギャップにかなり驚かされたものだ。
だからヘルーテを賞賛する者を前に普通に自らの師匠を貶すメルタを見ていると、とても共感し、安心し、何よりも愉快だった。
けれどこのままではいつまで経っても会話は平行線である。別に無理に仲良くしろとは言わないが、いい加減アホみたいな言い争いをやめてほしい。
「ぶん殴るか」
「ヘルザさま?!暴力反対ですわ?!」
「聞かん坊どもには拳骨って決まってんだよ。アベルさんとアイヒルフェンさんはそう言うぜ」
「ヘルザさまとヘルーテさまの場合は力づくでもないと止まらなかったからだと思われますわー!」
「こいつらも力づくじゃねーと黙りそうになくね」
「人間話せばわかりますわ!平和的な解決を目指しましょう!ヘルザさま!」
言外にヘルーテと俺は人間じゃないと言っているようなもんじゃねえか? なんてヘルザは思ったものの、心を広く持つことにした。
「あ、てか昼休憩終わっちまうじゃねえかよ」
ふと目に入った時計を見るともう休憩時間の残りは十分しかない。
「よくもまあ、飽きずに言い合いし続けられるもんだよな。こいつら」
「それをヘルザさまが仰いますの……?」
「あん?」
本気でよく分からないといった様子で首を傾げるヘルザにフロイデは少し頬を引き攣らせながら、なんでもありませんわ、と言った。
「ルリィ、メルタ、喧嘩なんざその辺にしておけ。殴るぞ」
「お二人とも仲直りしてしてくださいませ!ヘルザさまは本気でしてよ!ルリィさん、運が悪ければ一週間は自室に逆戻りでしてよ!」
「「わたし/僕たち仲良しです」」
ピッタリと息と真っ青な顔色を揃えて、そう叫んだのだった。




