ルリィとメルタ
朝から元気な小鳥の喋り声で目を覚ましたルリィはぐっと背を伸ばした。
寝ぼけ眼を擦りながら寝台を降りて鏡台の前に座る。
紺色の艶やかな髪を櫛で丹念に梳かしながら一つにまとめる。高めのポニーテールをなかなか上手く結べたので気分は上々だ。
今日は待ちに待った謹慎解除の日である。自室でひたすら反省文を書く苦行から解放されるのだ。まあ、その反省文をアベルへと提出しに行くのが少し、いやかなり憂鬱であるけれど、我慢しよう。自業自得なのだから。
意気揚々と部屋を出て食堂へと向かった。
髪型はばっちり決まって、お気に入りの朝食メニューもしっかり食べて、一日の始まりとしては最高だ。
るんるんと自分の工房へと向かう途中で見つけたのは亡霊のようにゆらゆらと歩く赤髪の青年。
「メ、メルタさん、なんか数日見ないうちにやつれたのです?」
青白い顔にボサボサの髪。生気のない目は隈で縁取られている。
「あ、ちょ、ちょっと立て込んでて……」
「メルター」
「メルタさーん!」
二人の先輩の声にメルタの肩がびぐっと反応した。
振り向けばフロイデとアイヒルフェンの姿が目に入り、ルリィは全てを理解した。
「昨日の続き頼むぜ」
ニヤニヤと笑うアイヒルフェンにメルタは無抵抗で捕まった。
ルリィは哀れなメルタに向かって手を合わせた。
合掌。
「あん?お前も連れてくぞ?ルリィ」
「へ?」
「ルリィさん確保、ですわ〜!」
「いやあああああああああっ!」
こうしてルリィの最高な朝は終わりを迎えた。
「ちょっと人手が足りなくてよー。ルリィが復活してくれてて助かったぜ」
「わたしはちっとも助かってないのですよう……愛しの魔道具たちがわたしを待ってるのですよう……」
「ルリィさん、どうかお願いいたしますわ。お手伝いしていただけたら、とっておきのお菓子をご用意いたしますので!」
「おかし…………」
確かにフロイデのお菓子作りの腕は王宮専属パティシエとためを張る。正直にいえばとても食べたい。が、今はお手伝いをしている訳にはいかないのだ。
「今ならなんとわたくし特製ブレンドティーもつきますわ!」
「うぬぬぬ……」
「そして今だけ特別!ヘルーテさんの極秘情報をお教えしますわ!」
「少しなら手伝うのですよ!!」
「ル、ルリィさん??」
「おっしゃいくぞー」
ずるずると二人が引き摺られて行った先は、物置部屋だった。とは言え王宮内にある部屋なので、掃除は行き届いており、物も整理整頓されている。
「きゃあ!こ、これは……!」
げんなりとしているメルタをよそに、興奮状態になるルリィ。それもそのはず、この物置部屋に集められているのは多種多様な魔道具である。
「ここにある魔道具の整備と修理頼んだぜ」
「任せてください!どれを直すのです?」
「これ。全部、ですわ!」
「………………はい?」
ルリィは周りを見渡した。
どこを見渡しても魔道具の山、山、山。ルリィにとって夢のような空間であることは間違いなかった。
「あ、ちょっと聞き間違えたのかも知れないのです。どれを直すのです?」
「ぜ・ん・ぶ!ですわ、ルリィさん」
「いやいやいやいやいや!何をおっしゃられているのかわからないのですよ?!全部?!これ全部なのです?!」
「だから全部だって言ってんだろ」
「そんな……メ、メルタさん……」
「頑張りましょう、ルリィさん」
「うわーん。一体わたしが何をしたっていうのですー!意地悪なのですー!!」
「あーん?団長からの課題の邪魔しようと思って。あと、お前は王宮勝手に出てったのがむかついたから」
「わ、横暴ここに極まれりなのです!」
当然かのように宣うアイヒルフェンに抗議するがどこ吹く風を聞き流されてしまう。
「じゃあ頑張れよー、監視役としてフロイデ置いてくからな」
魔道具だらけの夢のような空間は、悪夢となってメルタとルリィに襲いかかった。
動作確認、修理箇所の確認、魔法陣の引き剥がし、道具の修理、魔法陣の作成、魔法陣の付与。
概ねこのような順番で作業は進行していた。
「これは整備だけ、こっちは修理、これは…………」
「ああもう!量が多すぎなのですー!!」
「まあまあ、ルリィさん。お紅茶お淹れしましたわ。召し上がってくださいませ」
ふわっと良い香りが漂って来る方を見ればのほほんと笑っているフロイデがいる。
「あ、頂いても良いですか?」
「もちろんですわ、メルタさん。ルリィさんはどうなさいます?あ、コーヒーの方がよろしかったかしら?」
のほほん二人組を見ているとイライラしている自分がなんだか馬鹿らしくなってくる。
「コーヒーでしたらこちらのクッキーの方が良いかしら?あ、でも今日はマドレーヌとマフィンがあったのでしたわ!」
ルリィはパタパタとお茶の準備を進めるフロイデを眺める。手伝おうとすれば全力で遠慮されるため、手は出さないことにしている。きっと、音楽同様にこだわりがあるのだろう。
「お二人はお仕事に集中してくださいませ!その間わたくしとっておきのお菓子を用意してまいりますので!」
フロイデの言葉に甘えて二人は目の前の魔道具の整備に戻った。
作業に戻ってからしばらくするとフロイデの声が上がった。
「ルリィさん、メルタさん、準備ができましてよ。一休みにして召し上がって?」
準備を終え、ふふん、と満足気に胸を張るフロイデの前には豪華なティーセットができていた。
先ほどまでなかったはずのテーブルの上には色とりどりのお菓子が並んでいる。
「って、このテーブルどうやって運んできたのです?」
「どう見ても扉の幅よりも大きいですけど……」
「ルリィさんもメルタさんもすごく集中されてましたからお気づきになられなかったですわね」
そういう話じゃなくて……とルリィとメルタの心の声が一つになった。
「実はこのテーブルを横にして転がして持ってきたのですわ」
「ああ、なるほど!天板丸いから転がせますし、扉の幅も通れるようになりますもんね!じゃなくて危ないしテーブル傷ついちゃうからやめてくださいね?!」
「ヘルザさまとアベルさまにも言われましたわ!」
メルタはこの二日でノリツッコミができる程度にまでフロイデとの仲を深めていた。
ルリィはフロイデとメルタの漫才を聞き流しながら、手をハンカチで清めると湯気のたつコーヒーに手を伸ばした。
それに倣ってメルタとフロイデも紅茶に手を伸ばし、おやつの時間が始まった。
「フロイデさん、ヘルーテさんの極秘情報をまだ聞いてないのです。教えて欲しいのです!」
「これが全部終わったらをお教えしますわ」
「こう考えてみて欲しいのです。今、私に飴を与えることで作業効率をぐぐぐんとあげることができると!」
「飴ならこちらにありましてよ」
懐から常備している飴を差し出すフロイデ。
「そういうことじゃなくって!メルタさん!」
「ふぁい?」
メルタは頬にたくさんのマフィンを詰め込んで幸せそうだった。あまりのほわほわ具合に脱力しそうになるのをコーヒーを一気に煽ることで回避した。
この天然二人組め…………。
コーヒーをおかわりし、気を取り直したところでメルタに向き直った。
「メルタさんも気にならないのです?!ヘルーテさんの極秘情報!!」
「いや僕は別に……」
「メルタさんはヘルーテさんのことよくご存知ですものね」
びがーん、とルリィは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
そうだ、こいつはわたしを差し置いてヘルーテさんの公認の弟子になりやがった男……あまつさえ一年以上ヘルーテさんと寝食を共にした男!
「そうやって自分の方がヘルーテさんのことをよく知っいるマウントとってるのです?!」
「ふぇ?!そんなことないですよ?!」
「いいのです?わたしの方が先にヘルーテさんのファンだったのですよ?!なのに、ぽっと出のなんかひょろっちょい男に公認を越されたのです!やっぱりヘルーテさんは魔術師が良かったんだ!メルタさんはすごい魔法を使えるし!魔道具師としての腕もそこそこ良いし!」
「おっ、落ち着いてください!ルリィさん?!ルリィさんもとってもすごい魔道具師です」
「あなたなんかに認められても嬉しくないのですよ!ていうかわかってるのです?あのアイヒルフェンさんに堂々と課題妨害の宣言をされたことがどういうことか?ヘルーテさんに認められるチャンスがなくなっちゃうのですよ!」
ルリィの心の中を占めているのは焦りだったもう二度と巡ってこないであろう憧れの存在に認められるチャンス。絶対にものにしたい。
「わたしはヘルーテさんに認めてもらうのです!だからこんなところで足止めをくらってる場合じゃないのですよ!」
「足止めなんて……これも立派なお仕事ですよ」
「わかってるのです。でもわたしにはヘルーテさんに認められることが最重要なのです!」
「そんなに認められることが大事ですか?」
「メルタさんみたいに恵まれてて認められてる側の人にはわからないのですよ!」
「ルリィさん、言い過ぎですわ」
フロイデの冷たい声とメルタの傷ついたような表情でルリィは我に返った。
「……っ、でも認められるってことは大事なのですよ。たぶん、人って誰かに認められることで生きていこうって思えるのです」
「そう……ですよね……」
メルタは少しだけ苦しそうに顔を歪めた。
コーヒーも紅茶も冷めていた。




