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マイペースフロイデさん

 フロイデがルリィの工房へと入ると、ケースから楽器を取り出しているメルタが目に入った。

「あっ、フロイデさん。こちらに座っててください」

「あら、ありがとうございます。失礼しますわ」

 優雅な所作でメルタに勧められた椅子に腰掛ける。

「工房に入ったのなんていつ振りかしら。ルリィさんに代わってから長らく入っていませんでしたわ」

 フロイデは懐かしむように工房を見渡す。

 かつてのヘルーテがいた場所に久しぶりに入ったフロイデの表情はなんともいえない悲しい表情だった。

「ヘルーテさまはなんでもご存知でしたわ。それこそ、お話に出てくる全知の魔術師みたいに」

「全知の魔術師、ですか?」

「あら、ご存知ありません?有名なお話かと思っていたのですけれど」

「すみません、不勉強で…………」

 首を傾げるフロイデにメルタは困り顔になった。不勉強、というより、幼少期に御伽話の類に縁がなかったのだ。理由に関しては言うまでもないが。

「いえいえ。そんなことはありませんわ。かくいうわたくしもヘルーテさまに教えていただいたお話ですの」

 重大な秘密を打ち明けるように、真面目な顔をして声を潜めてメルタに告げる。そしていたずらっ子にような笑みを浮かべてしぃーっと指を立てた。

 コロコロ変わるフロイデの表情に、メルタは少しだけ呆気に取られて、同じくいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 それから、メルタは修理のために道具を準備し始めた。

「メルタさん、魔道具の修理はどのようになさるんですの?」

「普通の魔道具でしたら、一旦付与されている魔法陣を引き剥がして新しい魔法陣を作って付与したりします」

 普通の魔道具、というところを特に強調して話すメルタ。なんで変な作り方をしたんだヘルーテさんは。

 「付与されているもの自体が壊れているのなら、専門の方に頼んだ方が確実ですね。僕、実は楽器なんて触るの初めてなんです」

「あら、そうなんですの。音楽は素晴らしいものですわ。わたくしのお下がりでよろしかったら、楽器お譲りしますわ?」

「え、あ、ぼ、僕、なんにも楽器弾けませんよ」

「わたくしが音階と簡単な曲をお教えしますわ!」

「は、はあ」

 フロイデの並々ならぬ熱量に気圧される。なんでそんなに楽器演奏を推すの?なんてメルタは疑問に思う。

 フロイデは音楽の素晴らしさをこの世界中に広めるために生まれてきた、と自らのたまうほど、音楽を愛しているだけなのだ。ちょっと本気で音楽は世界を救うと思ってるだけだ。

 実際音楽家としても活躍するフロイデに楽器を演奏させたら、戦争を止められる。コントラバスを持って戦地に赴き、民族間の諍いが発展した十年戦争を終わらせたという実績があるのだ。

 蛇足ながらもう一つ。フロイデは低音楽器奏者とかではなく、全ての楽器を弾きこなすオールラウンダーである。

「世界中の皆さまに余すことなく音楽の素晴らしさを伝えることがわたくしの使命だと思っていますわ。そして世界初の全人類で合奏をしたいと思ってますの。ですから手始めに各地に赴いて楽器を寄付して回ったり無料教室をしていますのよ」

「そ、そうなんですか、すごいですね」

 メルタはちょっと引いていた。フロイデの音楽への熱量に。

 ていうか、現実的に無理じゃないかなあ、なんて思っていた。

「音楽と魔法に不可能はないんですのよ!」

 心読まれたかところにわかに警戒するメルタだったが、メルタを音楽の道へと引き込むべくフロイデの演説がヒートアップしただけだった。


 フロイデの話が地域や民族によって違う楽器の種類や音階、演奏の仕方、歌い方についての考察にまで及び、メルタの理解の範疇を軽やかに飛び越えたところで、ひと段落ついた。

「そっ、それでっ、フロイデさん。主な不調をお聞きしたいんですがっ」

「ああ、そうでしたわ」

 てへっ。

 あざとい仕草も似合ってしまうフロイデである。

 ヘルーテさんの仕草と一緒なのに、なんか可愛い。

 あれかな、悪意がないからかな。ヘルーテさんのを思い出すとちょっとイラッとするもん。

 師匠に対してなかなか失礼なことを考えながら、メモ帳と万年筆を手にした。

「ええっと、最近音が急に大きくなったり小さくなったりしますの。それに困ってましたの」

「なるほど、刻み込まれている魔法陣は音を倍増させるものでしたもんね」

「そうですわ」

「それじゃあ……一回吹いて見ていただいてもよろしいでしょうか」

「ええ!何の曲にいたしましょう?」

「え、いやあ……」

 そんなつもりで言ったわけではないのに、キラキラと目を輝かせて言うフロイデにメルタはたじたじになってしまった

「では、わたくしの十八番にしますわね!」

「あ、はあ…………」

 楽しげにメルタから楽器を受け取り、悠然と楽器を構えた。

 どっしりと腹の底に響くような重低音がメロディを奏で始めた。

 初めて聞く曲、演奏でも、なぜだかどこか懐かしく、とても心地よく感じる音楽だった。

 思わず聴き入っていると、急にボリュームが上がった。

 怪訝に思うものの、まだこの心踊る音楽を聴いていたくてメルタは何も言わなかった。ただ緩やかに心地良く流れる音楽に癒されていたかったのだ。

 しかし曲の終盤に入ってくると音はどんどん大きく、激しさを増していく。

 鼓膜が押されているような圧迫感を覚えるのに、なぜだか不快感はない。

 最後の音が一際大きく響いて曲が終わり、フロイデは楽器を置き、座ったままゆったりと礼をした。

 メルタがしばらく余韻に浸っていると、ばっだんと勢いよくドアの開く音がした。

「いい加減にしろ!フロイデ!」

 入ってきたヘルザが怒鳴り、ピシピシと不穏な音が鳴った。

「あら、ヘルザさま。どうなさいましたの?」

「どうもこうも、さっきから爆音で魔法使いやがってうるせえんだよ!!」

 ピシピシ……

「ま、魔法……?」

「こいつの特別な魔法は音を自在に操って精神干渉、物理的破壊が出来るんだよ!」

「怖っ!!」

 ぞわわあ〜とメルタの両腕に鳥肌がたった。

「あれ、でも音で破壊ってできるんですか?」

 メルタの質問にやれやれといった感じでヘルザは不穏な音が鳴っていた方を指差した。

「ほら見ろメルタ。あれがフロイデの爆音によってヒビが入っている窓ガラスだ」

「わ、本当だ。気づかなかったです……ていうかこれ、ルリィさんに怒られちゃいませんかね」

「まあ、キレるだろうな。面倒くせえ。メルタ、フロイデ、ちゃんと直しとけ。あと、フロイデに楽器を吹かせるんだったら絶対に外にしろ」

「は、はい。すみませんでした……」

「これからは気をつけますわ〜」

 ギロっと迫力のある三白眼で睨まれて、すっかり萎縮してしまったメルタと正反対にのほほんとヘルザの注意を流すフロイデ。そんなフロイデの様子にヘルザのこめかみからブチっと何かが切れたような音がした。

 メルタはヘルザのことがちょっと恐ろしくなったのでふいっと視線を逸らしてしまった。

「フロイデ」

 地獄の底から響くような恐ろしい声の主はもちろんヘルザである。

「正座」

「ひっ……」

 有無を言わさぬヘルザの迫力にメルタは息を呑み、フロイデは光の速さで正座した。


 そしてたっぷり濃厚で恐ろしい三時間を過ごしたのち、メルタはヘルザのことは怒らせないようにしようと決意した。





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