マイペースなお茶会
朝早く絨毯くんを回収してきて出勤した後。
「失礼します、ヘルザさま。メルタさんいらっしゃいます?」
こんこんと控えめなノックと共にヘルザの執務室へ入ってきたのは、フロイデ・フォーゲルだった。
「おう、いるぞ」
「ちょっとメルタさんにお願いがありますの。メルタさんをお借りしてもよろしくて?」
僕、結構皆さんに貸し出されるんだなあ、なんて呑気に思っていたら、いつの間にかフロイデに引き摺られていた。穏やかそうな見た目の割にパワフルな人だ。
「メルタさん、お紅茶は何がお好みですか?」
「はい?」
メルタがフロイデに引き摺られていった先は王宮の敷地内にある薔薇園だった。
メルタは紅茶をあまり嗜まない。否、紅茶に限らずコーヒーや果物から作る飲み物だって飲んだことはない。理由はもちろん、紅茶やコーヒーやジュースが手に入る生活環境でなかったからだ。
それゆえにフロイデに誘われたお茶会も初めてなので緊張する。
気を使わせてしまわないように遠回しにフロイデに伝えると、ぽんっと手を打って納得したようだった。
「ヘルーテさまのお弟子さんですから、コーヒーの方がお好みですか?」
違う!とは言えず、とりあえずメルタはおすすめの紅茶をいただくことにした。
「良かったですわ。メルタさんのことをお茶会にお招きできて」
うふふ、と可愛らしい笑みを浮かべながら紅茶を注ぐ。
「ぼ、僕、注ぎますよ?!」
いつかルリィが言っていたように魔術師は身分は貴族扱いになるはずなのだが、このお茶会ではフロイデが手ずから紅茶を淹れてくれるらしい。流石に気まずいメルタが申し出てみるも、にっこりと笑うだけで譲ろうとしない。
「お心遣いありがとうございます、メルタさん。ですが、わたくし、お茶会には手を抜きたくありませんの。わたくしがお招きしたのですから、おもてなしさせてくださいませ」
「ありがとうございます……じゃあお言葉に甘えて」
慣れた手際でティーカップに注がれる紅茶はとても美味しそうだ。
「それで、あの、お願いって何でしょう?」
紅茶を注ぎ終わり、フロイデがゆったりと座ったのを見計らってから、話を切り出した。
「そうでしたわ!わたくしったらうっかりしていましたわ」
本当にびっくりしたような仕草をして、うふふっと笑む。
「いつも初めてお会いした方とお茶会するって決めていますから、張り切っててついつい忘れてしまいそうになりましたわ」
「お茶きがお好きなんですね」
「そうなんですのー。まずはお紅茶お飲みになって?」
「あっはい」
促されるままティーカップに口をつける。
「わっ、美味しい」
「ありがとうございます。わたくしのオリジナルブレンドですの」
「すごいですね!とっても美味しいです!」
「そんなに褒めていただけるなんて嬉しいですわ!お菓子も召し上がって?」
「はいっ!いただきます!」
一口サイズのクッキーを頬張る。上品な甘さが口の中に広がってとても美味しい。
「すっごく美味しいです!」
「本当に美味しそうに食べていただけるとお招きした甲斐があるというものですわね」
和やかにお互いのことについておしゃべりする穏やかな時間がゆったりと流れる。
「本当にフロイデさんは紅茶が好きなんですね!」
「メルタさんも良く魔法についてお勉強されていてすごいですわ。わたくし、魔道具についてはからっきしですの」
「でも、お菓子とかも全部手作りなんですよね?そっちの方がすごいなって思っちゃいます」
「メルタさんは料理とかしないんですの?」
「僕、料理は多少はしますけど、お菓子は作ったことないんです」
「あら!それなら今度わたくしと作ってみません?きっと楽しいですわ!」
「良いんですか!是非お願いします!」
「では、次のお休みが決まったらお菓子作りしましょ!」
「はいっ!」
ニコニコ笑い合いながらおしゃべりしていると用意されたお菓子もなくなり、紅茶も残り一杯となった。
「あ!」
メルタが楽しい時間が終わってしまうのを惜しんでいると、フロイデが素っ頓狂な声を上げた。
「メルタさん!お願いがありますの!」
「あ!そうでしたね!」
「またうっかりしてしまいましたわ〜」
「僕もです〜」
えへへっとお互いに笑い合う。
「さっきもお話ししたのですけど、わたくし、魔道具に関してはからっきしですの。ですから、魔道具の専門家のメルタさんに魔道具の整備をお願いしたいのです〜」
「専門家だなんて…………」
魔道具の専門家というならヘルーテの方が相応しいし、魔術師団の中でいうならルリィの方が経験を積んでいる。
「ルリィさんじゃなくって僕でいいんですか?」
「ルリィさんはまだ謹慎中でしょう?急ぎでやって欲しいのですわ」
それならお茶会なんて楽しんでる場合じゃないのでは?と突っ込みたいメルタではあったが、自分も忘れて楽しんでいたので言えるはずもなかった。
「魔道具の整備ですよね。頑張ります!」
「ありがとうございます!では早速持ってきますわ。ここで待っててくださいませ」
そう言うとフロイデはるんるんっと駆け足で王宮内へ戻っていった。
さほど時間も掛からず戻ってきたフロイデは大きな黒いケースを両手で持っていて、足元はやや覚束ない様子だった。慌ててメルタが受け取ると思いの外重くよろめきかけた。
「こ、これは?」
「地面に置いていただいて構いませんわ」
「わかりました」
よっこらせっと傷つけないように地面へ降ろす。
フロイデが慣れた手つきでケースの金具を外して開けると、中には金色に輝く楽器が入っていた。
「楽器、ですか?」
「ええ。ユーフォニアムと言いますの」
これまた慣れた手つきで持ち上げて構えて見せた。
「残念ながら、メルタさんの歓迎会でお披露目できなかったのですが、実はわたくし。音楽家ですの!」
フロイデは誇らしげに高らかにそう名乗った。




