アイヒルフェンの頼みごと
「はよーっす!おーおーいたいた。つーわけでメルタ借りてくぜー、ヘルザ」
「もう早い時間じゃないですよ。そしてどういうわけですか」
「えっえっ、アイヒルフェンさん??」
「そーだぜ。みんなの頼れる先輩、アイヒルフェン様だぜ!」
昨日言われた通りにメルタは、ヘルザの仕事を手伝うべくヘルザの執務室にて指示を受けていたら、突然やってきたアイヒルフェンに捕まった。手首をがっしり握り込まれていてはずれそうな気配はない。ちなみにもうすぐお昼時だったので、食堂に行こうかとヘルザと話していたところである。
「で、どうしてまた急にメルタを連れ去ろうと?」
「おいおい。先輩魔術師に向かって犯罪めいた言い方はやめてもらおうか。なーにちょっとあたしんところの手伝いを頼みたかったんだよー。今日に限ってフュールのやつは出張だしよー?そしたらメルタいんじゃーんって思ってさあ。なあなあ、いいだろー?」
「はあ、そういうわけでしたら。昼飯食わせてやってくださいね」
ヘルザの目が死んでいるのを見て、あっこのまま連れていかれるんだなぁとメルタは確信した。お昼ご飯を食べさせてくれようとしているところにヘルザの優しさを感じる。
「うちのところのやつと一緒でいーい?」
「良いわけないでしょう、普通の飯を食わせてやってください」
「へいへい。がみがみうっせーなあ、アベルもヘルザも。そのうちお前ら禿げんぞ?」
「はいはい、ご忠告痛み入ります。行ってこい、メルタ」
「えっ、あっ、はい?」
何も理解してないけど、とりあえず着いていけばいいのか?よく分からぬままにアイヒルフェンの後ろをついて行く。退室の時にヘルザに一礼しようと思って振り向いたら、憐れみの眼差しを向けられた。
「うん、まあ、頑張れ」
僕、今から何しに行くの?
「あのう、アイヒルフェンさん。どこに行くんですか?」
「あ?外だけど?」
「え!勝手に王宮の外に出たらだめなんじゃないですか?」
「あー、外は外でも庭みてーなとこだよ。そっかあ、そういえば来て早々ルリィと抜け出したんだっけ?お主も悪よのお。ヘルーテの弟子なだけあるぜ」
アイヒルフェンはくるんっとメルタの方へ振り返って後ろ歩きし始めた。危なっかしいので是非やめて欲しい。
「僕が外に出たのはヘルーテさんと関係ないですよ」
「ふうん?」
不意にアイヒルフェンの目つきが鋭くなった。その目つきにメルタはたじろぐ。
「いくらメルタがそう言ったって、お前の行動は常に何か裏があるんじゃないかって疑われてるんだよ。ヘルーテの指図を受けてるんじゃないか、とかな」
当然すぎる指摘にメルタは何かを言い返そうとするも、言葉は音にはならなかった。
「正直に言って、まだまだお前は信用されてないからな。いくら国王様の『真偽判定』に引っ掛からなかったとしてもだぜ」
王家の直系が代々受け継いできた魔法、『真偽判定』。文字通り、その者が話すことの真偽を判定する魔法である。
「アベルみてーで嫌だけど、国王様はヘルーテに甘すぎんだよ。ていうかメルタ、お前、疑問に思ったことねえのかよ?」
「な、何をですか?」
「何をって、全部だよ。ヘルーテがなぜお前を連れて王都まで来れたのかとか、国王様はなぜヘルーテに甘いのかとか、なぜヘルーテに国の仕事、つってもこっちが必要な資料を探してまとめる仕事な?その仕事をやってるのか、とかな」
「あ……」
たしかに全てメルタも疑問に思っていたことである。けれど、おいおい知っていくものだと思っていた。
「まー、あたし個人はメルタのことを信用するに足るやつだと思ってるけどなー」
あっけらかんとした言いように、メルタは少しだけ呆れてしまった。
「みんながお前のことを認めりゃ、いずれわかることだからな。精進しろ〜」
そう言ってアイヒルフェンは前を向き洋洋と歩き始めた。
「あ、そうだ」
「はいっ?!い、いきなり止まったら危ないですよ。アイヒルフェンさん!ぶつかっちゃうとこでしたぁ」
気まぐれにいきなり足を止め振り返ってきたアイヒルフェンにつんのめりながら文句を言う。
「んー、これは秘密なんだけど……」
声を潜め、ずずずいとメルタに顔を寄せる。
「えっ?」
「ヘルーテには魔道具をつけててさ、それが魔力を奪ったり、ヘルーテが今どんな行動をしているのかリアルタイムで教えてくれんだよ。もちろん、ヘルーテ自身が外すのは無理。国王様とアベルが管理してたはずだぜー。だから動きがあればすぐに対応出来んだよ」
「な、なるほど……それって僕、聞いてもよかったんですか?」
「んー、どうだろなあ〜」
聞いたらダメなことは言わなくていいよ!とは突っ込むことができるはずがなく、ニヤニヤ笑むアイヒルフェンを唇を尖らせて見つめるほかなかった。
言いたいことを言い切った様子のアイヒルフェンはずんずん王宮の中を進んでいく。王宮の中を歩くのに慣れていないメルタはそれに遅れないようについていくので精一杯だ。
王宮の裏門から出ると、メルタは柔らかな匂いに包まれた。柔らかな、そして暖かな草の匂い。メルタの前には草原が広がっていた。その奥には少し大きな森がある。
年中温暖な気候で過ごせるこの国は、今日もポカポカとしたいい陽気だ。草花たちはめいいっぱい太陽に向かって背伸びしている。
心の底をくすぐられて、むずむずして、ぴょんぴょん跳ねたくなるようなそんなわくわく感がメルタの中に広がっていた。
「王都にも、こんな自然豊かな場所があったんですね!」
石畳がぎっしりと敷き詰められ、建物も石造りゆえに灰色の冷たい印象のある王都。その中心部の王宮にこんな自然が広がっているというのは、かなり意外だった。
「ここはあたしの庭。ところでメルタはあたしの特別な魔法って知ってたっけ?」
「はい。ヘルザさんに教えて頂きました。動物と話す魔法、ですよね?」
「おー。そうだぜ。じゃあ、ヘルザに何の担当をしてるのかも聞いたか?」
「はいっ。魔物退治の担当ですよね」
「おう。ちょっと違うけどな。魔物の管理だ」
魔術師は自分の得意な分野があり、各々の得意分野ごとに国内の問題解決にあたっている。
アイヒルフェンは、山の麓に抱かれてるこの国の魔物担当だ。魔物に国民を襲わないように、国民も魔物に余計なちょっかいをかけないように交渉し、調整している。
「あたしの庭で、魔物の保護もやってんだよ。いわゆる絶滅危惧種の魔物をな」
「絶滅危惧種の魔物?」
「ん?知らね?絶滅しそうな魔物のことだけど。ここ数年、なんでだかわからないけど、草食系の魔物が食べられる木の実が少なくなってきてて、数が減ってきたんだよ。草食系の魔物が少なくなれば肉食系の魔物も数が減っていくし。あー、メルタ。木の実を作る魔道具とかねえ?」
「えっと、それは難しいかと。木の実というか、植物などの生命を作るのは流石に無理で。生命の構造を完璧に再現することは不可能ですし」
「あーあー、わかってるわかってるよ。冗談だ」
ブツブツ早口で何やら唱え始めたメルタをうざったそうにあしらう。魔法で生命の構造や活動を完璧に再現するのは倫理的にも、技術的にも不可能だというのは、当たり前すぎる常識だ。もはや、タブーとさえ言える。
だからこそ、ヘルーテの魔法の異質さが際立つわけだが。
「もしかして、その木の実を増やすことが僕への頼みたいお手伝いですか?それは農家の方の方がお詳しいかと思いますけれど」
「んや、ちげーよ」
「違うんですか?」
「いやあ、頼めるもんなら頼みいけどさあ、あたしがメルタに頼みたいのは別。あたしは魔物の保護を行っている。そんでたまには遊んでやらなきゃいけねーよな。ストレス発散に」
「え、あ、そ、そうなんですね?」
なんだか怪しい雲行きに怯えながら、相槌を打つ。
「餌もやらなきゃいけねーし」
「はい。そうですよね……」
「メルタ、昼ごはんと食後の運動相手頼むなっ!」
「いやいやいやっ!無理ですよ?!」
魔物イコール怖いもの、の式が成り立っているメルタにはとんでもない無茶振りだった。
「あーん?先輩のいうことが聞けねえってのかぁ?ああん?」
「びゃっ」
剣呑な目つきで睨まれ、メルタはすっかり萎縮してしまった。
アイヒルフェンさんって怖い人だぁぁ……




