追いかけっこ
ヘルザから逃げ回っているうちに、持ち物を落とした挙句、迷子になってしまった。
「あはは」
乾いた笑い声が口からこぼれ落ちる。いい歳して迷子ってなんだよ自分。自嘲気味にセルフ突っ込みしてみるが全然笑えない。こうしている間にも無限巾着袋の中身が悪用されているともわからないのだ。
「困った困った、なのですよ」
物を落とした心当たりがあるとすれば、少年と衝突事故を起こしそうになったところだろう。問題はそこへどうやっていくか、なのだ。
瞬間移動魔法を使うにしても、正確な座標がわからなければ、使うことが出来ない。飛行魔法で鳥瞰することも考えたが跨るものがなければ使えない。
そこでぴんと閃いたルリィは手のひらを地面と水平になるように上へ向ける。
「羅針盤魔法、『コンパス』」
これは船乗りの職業魔法の一つ。珍しい魔法なので使える人は重用される。
「ええっとー、魔道具店ミルンは北の方向だから……ん、こっち」
手のひらに現れた磁針を頼りに道を戻っていくと、再び衝突しかけた少年に会うことが出来た。
「あ、おねえちゃん」
「さっきぶりなのです。この辺に巾着袋が落ちてなかったです?」
「きんちゃくぶくろってなぁに?」
「え、えっと、袋にひもがついていてそれをきゅっと引っ張ると閉じる奴なのです?」
分かるように説明出来ているか不安になりながらも、少年がああ!という表情になって安心する。
「それで、このくらいの袋なのです」
指で小さな巾着袋のサイズを描きながら聞けば、元気よく肯定の言葉が返ってきた。
「それねえ、おねえちゃんが走ってたすぐ後にね、おにいちゃんがおねえちゃんにわたしてくれるってね、持っててくれたよー」
え、もしやヘルザさん……?やばいおわた。
「そのおにーさんって、銀髪で髪を結ってる怖いお兄さんです?」
「んーん。ちがうよ?んとね、黒髪のおにいちゃんなの。それでね、おねえちゃんのおともだちっていってたよ」
「黒髪のおにーさんのお友達はいないのですけれど……」
黒髪と聞いて思い出すのはトロイメン団長くらいだろうか。ヘルーテも黒髪ではあるが、紫がかっているように見えるため断言するには戸惑ってしまう。どちらにせよ、二人とも女性なので考えるべくもないが。
「どんなおにーさんだったのです?」
「めがきつねさんみたいでー、髪がもじゃもじゃでー、んー?あとわすれた」
「忘れちゃったですかー。じゃあどっち方向に行ったのです?」
「んとねー、あっち!」
ぴん!と少年が指差した方は街の外れだった。
人の落とし物を持って街の外れに行くなんて、正直に言って信用ならないだろう。何より。
「中身を悪用されたら激ヤバなのですよ……」
あーうーと唸りながら、少年の指差した方向へ駆ける。
「あっ、そうだ。アラートキー!」
アラートキーとは、忘れっぽいらしいご婦人の話から着想を得た魔道具。ある一定の距離の間なら呪文を唱えれば、頭の中で現在地を告げるアラートがなるのだ。ゆくゆくはどんなに離れていても使える仕様にしたい。
「『リンリン』」
(ここから北西二百メートル地点です)
「意外と近く……」
北西へ向かって歩いていく。その途中にも右に曲がれだの、西に向かえだのと聞こえる指示に従いながら、街の中を歩き回る。
街の外れまで来ると頭の中で忘れ物の付近に来たことを伝えられる。
辺りを見渡してみる。のどかな田園風景だ。人はいないようだったので、目を皿のようにして巾着袋が落ちていないかと探す。
その途中、黒尽くめで中肉中背の男が路地の端っこで手に持った何かを漁っているのを見つけた。
ルリィの訝しんでいる視線に気づいた男は街の中へと走り去っていった。
同時にテロンと音声が鳴る。
(南方向へ二十メートルです)
それは黒尽くめの男が去っていった方向とルリィとの距離だった。
あいつ、怪しい!とルリィはダッシュで追いかける。
いくら俊足といえども、朝から長距離を走り、その後も街中を歩き回ったルリィの足には、二十メートルの距離が永遠に感じられるようだった。
「ていうか、今が魔法の使いどきなのです!」
きゅきゅーっと急ブレーキをかけて止まり、早口で唱える。
「お天気魔法『シャワー』!」
元々農家の小さな雨雲を作るだけの魔法で、発展していくにつれ、家庭菜園の畑くらいならば天候を操作できるようになった。そして今使ったのは小雨を降らせる魔法である。
生成された雨雲が作り主の意志によって、黒尽くめの男の頭上へ走る。小雨でも男を濡れ鼠にするのは簡単だったようで、男はうざったそうに足を止めた。その隙にルリィは追いつくべく足を動かす。
男もそれに気付き、すぐさま逃走を図る。
「待ちなさーい!」
そう言っても男が待つわけがなく、縮んだと思った距離はすぐに離される。
もうすぐで街中に入られてしまう。が、ルリィは人混みに紛れられる心配はしていなかった。
なんせ男は濡れ鼠状態である。清々しいほどに晴れ渡った今日の天気は雨のあの字もない。今の男の状態は目立つはずだ。
男も人混みには紛れられないと思ったのか、人通りの多い大通りに着く前に途中で曲がった。
「そうはいかないのですよっ……!」
どれだけルリィを巻こうとしてもアラートキーが現在地をナビしてくれる。ただ、問題はルリィの体力である。再三言うように、朝から走り回ったルリィの体力はもう限界に近い。いくら現在地がわかっても走って辿り着くのは難しいだろう。
「!」
突如、男は跳躍し民家の壁を蹴って屋根の上へと登った。
「身体強化魔法……と言うことは警吏さんなのです……?」
他にも兵士などの候補も上がったが、兵士は基本国境の近くに勤めているし、近衛兵も普段は王都に勤めている。
「市民の平和を守る警吏さんが犯人とは……とっちめてやるのですよ!」
浮遊魔法を使って屋根の上へ。次々と別の屋根へ飛び移る男を追いかける。
「待てっつってるのですよ!」
しかし、嘲笑うようにひらひらと男は逃げる逃げる。
屋根の上の逃亡劇が目立たないわけがなく、男とルリィは注目の的になってしまった。
「ああ?ルリィ?あいつ、なにやってやがんだぁ?」
当然、その逃亡劇はヘルザの目にも止まる。
ゆらりと怒りのオーラが立ち込めているのが見えた。次の瞬間、ヘルザは男がやったように跳躍してルリィを追いかけ始めた。




