昔話
下町調査でロロンまできて魔力を使い果たしたメルタと元気いっぱいなルリィは今日はもう帰るのには遅い時間帯だったので、図々しくも魔道具やら何やら貸してくださった店主の家に泊まらせていただくこととなった。
「無断外泊って良いんですかね……?」
「置き手紙を残してきたから大丈夫なのですよ、多分」
「多分て……」
どきどきの外泊を終えた朝、店主にお礼を言っていざ帰ろうとしたときだった。
「そこに居たかてめえらぁぁっ!」
「ぎゃー!」
怒号を上げて走ってきたのがヘルザ、それに女子らしくない悲鳴で応じたのがルリィだった。
そこで平謝りすればよかったのだが、鬼の形相で走ってくるヘルザを見てルリィは一目散に逃走した。
「逃げてんじゃねええええぇぇぇっ!!」
ばっちり火に油を注がれた様子のヘルザは目を鋭角に吊り上げ、更に速度を上げる。そしてその速度のままメルタの眼前を走り抜けていった。
すっかり置いてけぼりを食らったメルタはとりあえず昨日乗ってきていた箒を引きずって追いかけることにしてみた。が、二人とも足が速すぎて追いつけそうになかったので諦めた。うん、ヘルーテさんも絶対的に出来ないことに対しての諦めは肝心って言ってた。
戻ってくるのを待つことにしたメルタは昨日のお礼にお店を手伝うことにした。
「いいのかい?」
「はい。いいんです。お手伝いさせてください」
メルタは魔道具の整備をすることになった。昨日の腕前を見てのことである。
ヘルーテから教えてもらった設計図を思い出しながら作業していると、懐かしいものを見るように店主がメルタを眺めていた。
「あの何か不手際がありましたか……?」
「ああ。いやすまないね。いい腕だ」
「ありがとうございます」
安心して作業に戻ると、店主が少し躊躇うような口調で話し始めた。メルタも手を止めて傾聴する。
「…………昔、君より四つか五つくらい年下の女の子が君と同じように魔道具を整備してくれたことがあったんだよ。
その当時は、魔道具はあまり流通されていなくて、今とは比べ物にならないくらい高価だった。けれどね、その女の子は平然とした顔で魔道具を置いていったんだ、おじさんこれ好きにしていいから引き取ってくれない?商品として扱ってもいいからさってね。
もちろん、私は断った。その子は付与師で自分で作ったんだけれど数が多すぎて部屋に入らなくなったって泣きつかれてしまってねえ。仕方なく引き取って始めたのがこの店さ。
その後もその子は自分で作った魔道具を置きにきたり、整備して行ってくれるようになった。ただ置いてく魔道具の数が多すぎたから、売れるように安く売っても良いかって聞いたんだ。そしたらその子は笑顔で言った。
当たり前でしょ?好きにしていいって言ったのはこっちだし、何より生活に役立てるように作った魔道具をみんなが手に入れられるようにしなきゃ意味がないじゃないかってね。
その子は自分は付与師だと言ったけれど、私は魔術師だと思っていたよ。君のように規格外な魔法を使っていたからね。そう君のように。
君ももしかして魔術師さまかい?さっき君たちを追いかけてきたのはここロロンの領主、ヘルザ・ハーン様だろう?」
「……はい」
店主の真っ直ぐな瞳を見て、わずかに躊躇ってから肯定してしまった。もちろんメルタが嘘をつけないことも関係しているが。
「それで魔術師さまがどうしてこんなところに?」
「ルリィさんが言ってた通りで、新しい魔道具を作るためのアイディア探しに来たんです」
メルタが素直に答えると、店主も穏やかな笑顔を浮かべた。
「そうかい。それならいいものがあるよ」
そう言うと棚をガサガサと漁り始めた。そして出てきたのはやけに古びたノートだった。劣化していて字が読めるかも怪しい。
メルタはそのノートを受け取り、一ページだけ開いてみた。
「これって…………」
見間違うはずがない。あの家で散々見たヘルーテの字だった。予想通り劣化しすぎているのか、文として読むことは叶わず、何が書かれていたかは分からない。
「それはさっき言った子が置いていったものなんだ。これを見てメンテナンスするといいって言ってね。中にはここに置いてない魔道具の設計図も書かれてるみたいだから、役立つと思う」
「あの……」
緊張のせいか口が乾く。聞いていいことでないのは重々承知しているが、確信を持つためにどうしても聞きたかった。
「このノートを書いた人の……名前ってなんですか?」
「それが……わからないんだ。名前は知らない」
「えっ……?」
本当に申し訳なさそうな店主が嘘をついているように思えなかった。知っていたとしても言わないだろうし、そもそも話題に出すことすらしないはずだ。ようやくその考えに至ったところで、もう一度ノートをじっくりと見る。
ヘルーテさんがどんなつもりでこのノートをここに置いていったんだろう。やはり修理できるように、だろうか。それならばこれをもらっていくのは申し訳がなさすぎる。
「遠慮しなくていい」
メルタの葛藤を読み取ったのか、店主はやわらかく言ってくれたが、断ることにした。
「受け取れません。これを使えるのはあなただけでしょうから」
「いえいえ、わたしには宝の持ち腐れですから、是非お役に立ててください」
「そうは言われましてもこれ、僕には読めません」
「え?こんなにはっきり書かれているのに?」
「はい。おそらくその子はあなた以外に読めないように細工したんだと思います。魔道具を悪用されないように」
店主の手を取ってノートを握らせる。ヘルーテさんの考えていることなんてわからない、けれどそうするのが正しいと思った。
その意思が伝わったのか、店主はメルタからノートを受け取った。
「力になれなくて残念だよ」
「いえいえそんな!すごくお世話になりました!助かりました!」
首が取れそうなほどの勢いで横と縦に振って感謝をシャウトする。店の前にいた人たちが驚いたが許してほしい。
再び魔道具のメンテナンス作業を再開して、開店準備を手伝い、店仕舞いし始めたところでヘルザに首を掴まれたルリィが運搬されてきた。
およそ丸一日の鬼ごっこであった。




