巣立ち
ヘルーテは自他共に認めるクズであり、人望というのにもまるで縁がないことは委細承知していた。けれども、幼い頃から使ってきた、物に命を吹き込む魔法、『アニマメイク』によってできた無機物の友達とはそれはもう仲が良かったはずだったのだ。どうやらその認識は自分の弟子によって変えなくてはならないようだが。
それよりもヘルーテが今一番不愉快なのは、呵呵大笑して目の前にいるゴリラと恐るべき先輩と日頃の恨みが晴れてスッキリした表情の副団長である。
「メルタ!ナイス!」
「ありがとうございます!」
「ハイタッチするなムカつく!」
ぱしん!といい音をたててハイタッチするメルタとヘルザをヘルーテが睨みつける。
「ていうか、なんでこの子たちを連れてきてきたわけ?」
「万が一の自衛に……」
「ああそう、かつて私のところに無防備に来た時より、危機管理能力が身に付いていて安心したよ」
「えへへ」
「これは嫌味だからね?」
きょとんと首を傾げるメルタをみて、ヘルザはケタケタと笑う。
「にしても傑作だったぜ!いっつもヘルーテの特別な魔法には困ってたんだよ」
「そうなんですか?」
「おう。ヘルーテに丸投げされた書類をどうにか終わらせた徹夜明け、自分の部屋に戻ったらインクと紙とペンが踊ってたんだぜ?」
「うわぁ」
「一瞬、自分の頭がおかしくなったのかって真面目に考えた後、インク塗れの絨毯と壁を見て殺意湧いた」
「そうそう、そのあとぐっすり寝ていた私が叩き起こされたのだよ」
「叩き起こしたくもなるわ!」
「なりますね」
「メルタくんってばヘルザの味方ばかりしてひどい!さっきまでは私と離れたくない〜って言ってた癖に」
「…………」
赤くなって俯くメルタを見逃すほどヘルーテは甘くない。
「あれえ?メルタくん照れてるの〜?かーわいい痛あ!何すんの!」
からかったらテーブルくんが突進した。
そのままテーブルくんと口論を始めたので、メルタとヘルザはそっと距離をとった。
「よし、ヘルーテがいないうちにメルタの面倒見る奴決めんぞー。立候補者だーれだ?」
アイヒルフェンの声がけに手を挙げたのはアイヒルフェン自身とヘルザとアベルだった。
「んじゃ、あたしな」
むふー、と勝ち誇った笑みで宣言するアイヒルフェン。ヘルザとアベルは文句有り気に口を尖らせる。
「だってアベル忙しいだろー?気を利かせてあたしがやってあげるよー」
「俺は忙しくありません」
「あたしが一番年上だからあたしが面倒見るの。トロイメン団長!あたしがメルタの面倒見ていーい?」
「ダメじゃ。お主は人を育てるのに向いとらんじゃろう」
「ちゃんと面倒見るからあぁぁ」
「犬猫とは訳が違うのじゃぞ?アイヒルフェン」
「おんなじ動物じゃーん」
「そういうところがダメじゃと言うとるのに……まあ良い。ヘルザ」
「はい」
トロイメンに名前を呼ばれて傅く。
「お主にメルタの教育を頼もうかの」
「仰せのままに」
「えー!あたしがやりたいー」
アイヒルフェンの文句は黙殺され、ヘルザは恭しく頭を垂れてから立ち上がった。
「つーわけでよろしくな!メルタ」
「……はいっ、よろしくお願いします」
なんだか突っ込みどころが満載な会議だったけれど、突っ込んで良かったのかな?という疑問は心のうちに仕舞い込んでおくことにした。
歓迎会がお開きとなり、ヘルーテは家へ帰ることになった。その見送りに、とメルタ、そして上司となったヘルザが来ていた。
「メルタくん、考え直した方がいいんじゃない?よりにもよってこんな脳筋ゴリラの下につくなんて…………このゴリラはね頭が足りないし、魔術師らしからぬ言動はするしでお世辞にも後進育成にはちっとも向いていないのだよ。せっかくのメルタくんの才能が能無しゴリラのせいで潰えてしまうと思うと、私は家に帰るどころでは無くなってしまう。大体にして私以上に魔道具の作り方に秀でている人なんていないのに、メルタくんの魔道具作りの腕を鍛えることなんてできるの?」
「ああ?てめえみたいなクズより後進育成に向いてるっつーの!魔道具の作り方ぁ?その前に体力作りとか基本的な魔術を上達させる方が先だろうが!」
この人たちは一日に何回口論すれば気が済むのだろう。現実逃避気味にメルタはそんなことを考える。
「その魔道具作りの腕を鍛えるのにしても俺んとこのルリィが鍛えてやるってーの」
「ルリィちゃん?ああ、あの子、まだ魔道具師目指してるの?」
「そうだよ。てめえは才能がないって言ってたが、ここ最近の魔道具はあいつがやってるよ」
「へえ。偉くなったものじゃないか」
最初は楽しそうにヘルザを貶していたが、ルリィという名前が出た途端、真顔になって興味なさそうに会話を続ける。
「ルリィちゃんだと力不足感が否めないけれどねえ……あ、ていうかヘルザ、メルタくんが団長とした約束、邪魔しないでよね」
ヘルーテのいう約束とは、団長がメルタに課した無理難題のことである。
「いやそれは全力で邪魔する」
「ざけんな」
「メルタが万が一完遂しちまったら、ヘルーテ。てめえはメルタを利用するだろ。自分の魔力を取り戻すために」
「はて。なんのことやら。団長はメルタくんが完遂したとしても、譲歩するだけって言ってたでしょ?今のところ、私にはなんの手立てもないのさー」
「はっ、どうだかな。てめえの腹黒さを身を持って知っている俺としては油断ならねーぜ」
「馬鹿がいくら頭を使ったって意味ないんだから、考えるのやめたら?」
「ああ゛?!」
うーん、そろそろ止めた方がいいんだろうか、でもアベルさんほどこの二人に強く物申せる気がしない。
「あ、メルタくん。絨毯くん借りてもいいかな?彼なら今からでも家にすぐ着くからね〜」
「はい。絨毯くん、出てきてくれる?」
ヘルザとヘルーテのやり取りを聞き流していると、口喧嘩がひと段落ついたのか、ヘルーテがくるっとメルタの方を向き、そう言った。
…………
「あ、出てきたくないみたいです」
「嘘じゃん。出ておいで〜」
…………
「え、ついに私、絨毯くんにも嫌われた……?普通に傷つくんですけど。ねーえ!」
「…………」
「疲れてる?今から飛ぶのは無理。そりゃさっきあれだけ暴れたからねー。うんうん、あ、明日来てくれる?じゃあ星のルルンに来て頂戴。ん、ありがとー」
絨毯くんと会話らしきものを交わすといい笑顔で、じゃ私は帰るから!と元気に帰っていった。
ヘルーテが帰ってから、メルタはなんだかそわそわしていた。
なんだかんだ言って一年以上、朝昼晩つねに一緒にいて、居るのが当たり前となっていたから、とても違和感を覚える。
「メルタ?何ぼーっとしてんだ?」
「あっ、すみません。ヘルザさん」
今、メルタはヘルザから王宮内の間取りなどについてレクチャーを受けていた。だからぼーっとなんてしている場合じゃない。
「ヘルーテが居なくなって気でも抜けたかー?」
「え、いや……」
すっかり怒られるものだと思っていたが、ヘルザはにひっと笑っている。
「隠さなくてもいいんだぜ。そうだ、ヘルーテ被害者の会に入るか?」
何その同情心掻き立てられるような会……
「ちなみにその会に入ってんのは俺とアベルさんとフュール」
「そ、そうなんですか……」
「おう。ヘルーテ被害者の会、又はヘルーテ逆襲の会」
一気に恐ろしさの増す単語が聞こえた気がしたが、優しいヘルザさんがそんなこというわけない、と頭を振る。
「今ではもう集会はしてなかったんだけどな。まだヘルーテが王宮に頃は、毎日のように集まってどうしたらヘルーテを反省させ、ギャフンと言わせるかっていうのに心血注いでたぜ」
「その結果はお聞きしてもいいのでしょうか」
「ああ。まあ、不愉快な結果に終わったな。挙句、仕掛けた罠を俺たちにそっくりそのまま返してきやがった時は腹わたが煮えくりかえったもんだぜ」
ふん、と苛立たしげに鼻を鳴らすヘルザを見て、とても同情心が湧いた。
「だからな、さっきメルタがヘルーテにテーブルやらで攻撃したのを見るのはめっちゃ痛快だったぜー」
表情を一転させ、ケタケタと笑うヘルザの表情は悪戯が成功した少年そのものである。
その後も昔のヘルーテがどんなに悪ガキだったかという話を織り交ぜながら、魔術師団のレクチャーを受けていった。
「そんでここがお前の部屋なー」
「えっ、お部屋いただけるんですか!?」
「おー。魔術師って上級職だからな」
王宮から出て、その敷地内にある王宮職員の寮にやってきた。
役職ごとで棲み分けしているらしく、魔術師はなんと一人一部屋貰える。当然、人数が多くなれば相部屋などざらにあるのだが。
「まあ、今のところ人数すくねーから、しばらくは一人を謳歌出来るぜー」
「あの、この子たちを一緒に置いてもいいでしょうか」
おずおずとメルタが指し示すのはテーブルとタンス。
「別にいいと思うぜ。昔のヘルーテの部屋なんておもちゃ箱みてーだったし。ご想像通り動き回る家具で」
「…………じゃあ大丈夫ですね安心しました」
一瞬その状況を思い浮かべて絶句し、それから言葉を絞り出した。
「明日から仕事覚えてもらうから、今日はこれで終わりな。夕飯の時にまた呼びに来るからそれまで荷解きしとけよー」
「はい。わかりました」
ヘルザに深々と礼をして見送ってから部屋に入った。
メルタは例の巾着袋を開けてテーブルくんとタンスくんを出す。
タンスくんの中にはメルタの服が詰まっているので、荷解きの必要はない。
ベットくん連れてくればよかったなぁ。
だってまさか、今日からここに住むなんて思わなかったし……
この部屋にベットはあるのだが、ベットくんが恋しい。
「あ、絨毯くんに連れてきて貰えば良いのでは?」
ぽん、と手を打って絨毯くんを巾着袋から呼ぶ。
絨毯くんはぐだーと寝そべる、もとい、床に敷かれるとなんのよう?と言わんばかりに自らをたわめる。
「明日、ヘルーテさんのところに行ったら、ベットくんを連れてきてくれる?」
絨毯くんは激しく横に揺れ始めた。昔のメルタなら訳がわからず泣き叫ぶところであるが、もうすっかり慣れたもので、絨毯くんが拒否していることを十二分に理解していた。
そうは言ってもヘルーテのように話せることは出来ないので、絨毯くんに触れて意思疎通を図る。
「やっぱり、ベットくんは重い?」
縦に波打つ。人間で言うところの首肯だ。
どうにかベットくんを連れて来れないか、とうんうん唸っているうちに、ヘルザさんがきて、王宮職員専用の食堂で夕ご飯を食べた。
お肉美味しい……!!




