メルタのわがまま
王座ノ間にある豪奢な扉が開き、中から出てきたのは美幼女だった。
しかもその美幼女は魔術師団団長のトロイメン・リーベというのだから信じられない。
しかし、そもそも王座ノ間の隣の部屋から出てきたから王女というのが早計過ぎたのだ。普通、四歳の王女様がこんな場所に出てくるわけがないのだから……
メルタはそのようにとりあえず目の前の美幼女が団長だと納得することにした。ヘルーテにとやかく聞くことも考えたが、その考えはすぐに破棄した。
この美しい団長に関して何か聞くことは無粋だと思ったからだ。
「ヘルーテ」
「はい」
トロイメンが声をかけると、ヘルーテは跪いた姿勢のまま恭しく応じる。
「そこな少年、メルタ・クリスチルと言ったかの?そやつは我が魔術師団に迎え入れよう。逸材を目にかけ育てたこと、大義であった。しかし、お主の罪が軽くなりも無くなりもせん。このことをしかと心得、早急に立ち去れ」
いきなりやってきた団長は何も説明していないにも関わらず、状況を把握して見た目に似つかわしくない言葉遣いでヘルーテとメルタに告げた。
いきなり過ぎる展開に流石のメルタも素直にやったー!と喜ぶことはできなかった。
「これで良いか?国王様」
トロイメンは悠然と振り向き、尊大な態度で言い放った。
一応敬称はつけているものの、あまりにも不遜な振る舞いにメルタは身を固くする。
「トロイメン。少しくらい褒賞を……」
「世界最悪の大罪人に、住処を与え、食糧を与えておるのじゃ。これ以上の施しはいらんじゃろう」
「それでも、ヘルーテだって人間なのだし、もうちょっと生活の質を上げてあげても良いんじゃないかなー、なんて思ってみたり…………」
「与えている本で十分じゃろう。本の虫のヘルーテにはそれ以上に望むものなどあるまい」
「うう………………」
トロイメンは堂々と悠然と考慮も余地も一切なく国王様を正論で大上段に切り捨てた。
「以上かの?それではヘルーテ、即刻帰るが良い」
「……はい」
渋々と言った様子で立ち上がったヘルーテはそのまま歩き去ろうとした。
「ヘルーテさんっ……!」
「なんだいメルタくん?君はこれから魔術師団の団員になるのだからここに残るのだよ。まあ、私のことは気にしないでくれたまえ。わかってたことなのだから。さすがに大罪人がこれしきのことで減刑してもらえるだなんて思ってないよ。地道に認められるまで頑張るさ。なあに。後二十年くらい頑張ってみてからでも遅くはないだろうからね」
メルタが呼びかけるも、ヘルーテは息継ぐ間も無く一気に話す。そして本当になんとも思っていないかのような表情で、態度で帰ろうとする。
「…………ヘルーテ」
「なんでしょうか。団長殿。私は貴女のおっしゃる通りに帰りますのでご安心を」
「安心できぬの。お主が素直に妾のいうことを聞いた試しがないからの。何を企んどる」
「企んでいたとして素直に話す訳がないでしょう。メルタくんでもあるまいし」
あれ?これは貶されているのかな?と一瞬思ったメルタであるが、それどころではないと頭を振る。
「それはそうじゃの」
トロイメンは頷いてヘルーテが帰るのを待つ。
けれどヘルーテはくるっとメルタの方を向いて口を開いた。
「メルタくん。そういえば最近は魔道具が高いらしいからね。価格を抑えるためには素材を安くするか供給量を増やすのがベストだからね、馬車馬のように働かされると思うから体調面には気をつけるのだよ〜」
おちゃらけているが珍しくメルタを慮るようなことを言うヘルーテ。
まるでもう当分会わなくなってしまうような言い方じゃないか。とメルタは思う。そしてそれは嫌だとも思った。
家族はいるけれど天涯孤独のように暮らしてきたメルタは、長い間十年以上に及ぶ一人で寂しい荒野で暮らしていたヘルーテに少なからずシンパシーを感じていた。
一人は寂しい。
一人は悲しい。
一人は辛い。
それは痛いほど良くわかる。誰もいない寂しさは、冷たく一条の光も一縷の望みも見えない深海よりも、なお深い水底に沈んでしまったようだ。
ゆっくりと壊死していくように寂しさは心を侵食していく。
どんどんどんどん、蝕んでいって息をするのすら辛くなる。
人間は一人じゃ脆いのだ。
脆く、儚く、弱く、生きられない。
孤独は、寂しさは人を殺す。
それを知っているメルタだからこそヘルーテを一人にしておくのは可哀想だと思った。
現実的な問題としてヘルーテは家事がからっきしダメなのだ。メルタがヘルーテのところへ来る前はどうやって暮らしていたのか疑問に思うほどに。ほとんどの家事はメルタがやっていたし、また、ヘルーテの生活のほとんどメルタによって支えられていたと言っても過言ではない。
お人好しのメルタはヘルーテを生活できない状態に置くことを許せなかった。
しかし、本音を言うと、メルタ自身が寂しかったのだ。
初めて家族と呼べるような人が出来た。確かにお母さんらしくもお父さんらしくもお姉ちゃんらしくもお兄ちゃんらしくも妹らしくも弟らしくも祖母らしくも祖父らしくも従兄弟らしくも叔父らしくも叔母らしくもないけれど、それでも唯一無二のメルタの家族だ。
そんな初めての家族と離れ離れになるのは誰よりもメルタが嫌だった。
「嫌です!!」
自分でも驚くほどの大声だった。
ていうか嫌ですって子供かよ、何なんだよ、自分。と心の声が聞こえてきたが、一旦無視する。
「え?いや、体調管理はしようよ」
そんな風にヘルーテが真顔で返す。
「違くって、その……ヘルーテさんと離れるのが嫌です、嫌なんです。僕なんて魔術師としてまだまだなのに師匠の元を離れるなんてありえないじゃないですか!」
「あらあら、私ってば好かれてる?」
嬉しいけど難しいよ、と笑ってヘルーテはメルタを宥めた。
「リーベ団長の言うことは絶対だから」
「でも、紅茶飲みたいって」
「そんなの飲まなくたって死なないよ」
「でも……でもー!」
「はいはい、わがまま言わないの。リーベ団長が帰れって言っているんだから私は帰るしかないの」
「ヘルーテさんと一緒がいいですー!だってだって、いきなりひとりぼっちで魔術師団に居られないですー!」
「もう、十八歳にもなって子供みたいなこと言わないの。それとなんかヘルザに面倒見てもらえるって言われてすごく喜んでなかった?」
「それはそうですけど、話が別なんです!ヘルーテさん、ヘルーテさんって国の仕事をいくつか受けていらっしゃるんですよね。そうしたらこっちにいた方が仕事しやすいのでは!?」
「う、うん。そうなのだけれどね。なんでそんな一生懸命なのかな?」
メルタの熱量に圧倒されてしまうヘルーテをこの場にいる全員が珍しそうに面白がるように見つめている。
「あ、あの、私、本当にそろそろ帰るので…………」
「…………うう〜」
「メルタ」
帰ろうとするヘルーテの袖をぐいーっと引っ張り阻止しているメルタとの間に凛とした声が響き渡った。
「ヘルーテの困り顔は見ることが無くてなかなか愉快じゃが、そのくらいにしておけ」
その声の正体はもちろんトロイメンだ。
からからとやけに大人びた笑い方、その経歴を鑑みるに年相応なのかもしれないが、外見とのギャップがすごい。
「メルタはヘルーテが家族のように好きなのじゃな。良い良い、妾も部下は子のように思うておる。それゆえに、これ以上ヘルーテが罪を犯すのを見逃すわけにはいかないのじゃ」
「いっ、今はヘルーテさんは罪を犯していないじゃないですか」
家族のように好き、と言う言葉に動揺してしまうが、聞き捨てならない発言に反論する。
「今は、の。未来は違う。そう遠くない未来にヘルーテはもう一度、罪を犯す。十四年前の焼き直しになる。ヘルーテ、お主はまだ、復讐を諦めてないじゃろう」
ぎっ、とトロイメンのヘルーテを見る眼差しが鋭く、険しくなる。
それと同時に魔術師団の団員たちに緊張が走った。
「もう、同じ過ちは繰り返さん。お主のことを止めることが妾の役目じゃ」
強く固い決意の言葉。けれど、メルタにはその決意を成し遂げるにはヘルーテを再び幽閉するという対処は相応しくないように思われた。
ヘルーテが最強の魔術師がこの世界に失望するきっかけが何だったのかをメルタが知るすべはないが、それでも、自由でない閉鎖的な空間で失望している状態で孤独だったら、いくら精神力のある者いえど、心を病むに違いないし、悪い性質を帯びるに違いない。
そして力のある者がそうなって仕舞えば危険性はさらに跳ね上がるだろう。
メルタの思う正しい対処はヘルーテの心を解きほぐすこと。抑圧ではなく受容を。ヘルーテの失望を断ち切り復讐心を癒やしてあげたい。
そんな優しい魔法は使えないけれど、寄り添うくらいなら出来るから。
孤独を紛らわせるくらいはできると思うから。
大きく一つ深呼吸。心臓が口から飛び出そうなほど緊張するけれど、なんか今更過ぎる。
そして魔術師団団長のトロイメンに向かい合った。
「ちょっと待ってください。未来のことはまだ分からないですよね。なのに……」
「未来のことは分かる。妾の魔法でな」
メルタの言葉を堂々と遮り、断言する。
まさかトロイメンが未来予知の魔法の使い手だとは知らず、メルタは驚きのあまり言葉を失う。
何でヘルーテさんは教えてくれなかったんだろう、ヘルーテさんの性格を考えれば分かる気もするが。
「だからの、ヘルーテは危険だというのがわかる。罪を犯す前にそれが出来ぬよう閉じ込めておくのは道理じゃ。犯罪が花開く前に摘み取る」
反論の余地を与えぬように、子供を諭すように、言葉を重ねる。
だが、メルタは怯まなかった。そして諭されもしなかった。
「でしたら、僕がヘルーテさんの復讐を諦めさせます。だから、ヘルーテさんと一緒に居させてください」
「ならん」
「そう言わないで、トロイメン」
そこで唐突に会話に入ってきたのは国王様だった。
「彼の言うことには理が通っているし、利もある。復讐をやめさせられることができたら万々歳。魔術師団の魔術師が付けばいざという時にヘルーテのストッパーになるしね」
「そうは言っても国王様よ。ヘルーテの狡猾さはご存知のはず。王宮内に置くことになればこの国の破滅を招くかも知れん。そして他の国や国民に知られたら非難どころでは済まんぞ。それにいくらヘルーテの弟子言えど、大罪人の見張りには不十分じゃ」
復讐を諦めさせる、と宣言するメルタに沈黙していた国王様は好意的な反応を示し、トロイメンは難色を示す。
「メルタくんだけで力不足だと言うのなら、ヘルザもついたら良いだろうし」
名案でしょ!、と言わんばかりの晴れやかな笑顔を浮かべる国王様とは対照的に、ヘルーテは苦虫を噛み潰したよう、否、頬張ったような表情を浮かべた。そして急に水を向けられたヘルザも思わず跪いていた姿勢を崩す。
さすがにすぐに姿勢は正したが、何で俺が……という表情をわずかに滲ませていた。
「……どんなに言おうとダメなものはダメじゃ。そうじゃのう、メルタ。お主が国民の生活をより便利にする魔道具を作り、それを一ヶ月で国全体に配ったら多少譲歩はしてやろうかの」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「……」
トロイメン的には無理難題を新人のメルタにふっかけ意気消沈させようと企んだのだが、そこは素直でいい子なメルタくんである。額縁通りに受け取り、今持てる力を全て課題達成のために費やすだろう。
地道にこなしていくしかない無理難題には慣れっこだ。
「僕、頑張りますから見ていてくださいね、ヘルーテさん!」
輝かしい、嬉しさいっぱいと言わんばかりの笑顔を浮かべ握り拳を作った。




