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国王と魔術師団と大罪人


 カーテミアル王国は雄大かつ険しいレンスイ山脈の麓に三百年前に成立した歴史ある国である。

 年中通して温暖な気候でレンスイ山脈から流れるカルサエ川によって土壌も豊かなこの国はよく栄えていた。

 取り立てて特産物はないものの、レンスイ山脈が他の国からの侵略を阻み、世界屈指の魔術師たちが勢揃いのこの国は一目置かれる存在だ。


 そんな王国の王宮、王の座す王座ノ間にて。

 王座ノ間は今までの廊下に比べて全くレベルが違った。隅々まで掃除が行き届いていて、あまりの綺麗さに輝いて見えるほどだ。

 王座は赤い革張りでふかふかして柔らかそうで、白い滑らかな壁には歴代国王の絵画が飾られている。そして今までの扉同様に豪奢な扉が二つある。

 大理石の床には踏むことを躊躇ってしまうほどの上等で、複雑な模様が描かれた絨毯が敷かれている。



 そんな中でメルタは不思議と落ち着いていた。国王様そして魔術師たちがいる中で落ち着いてなどいられるはずがないのだが、それでも落ち着いていた。

 


 ヘルーテさんのポーションのおかげだ。あの人も悪戯せずにちゃんとものをくれることってあるんだ。


 その事実に驚きつつ、ヘルーテに言われていたことを思い出していた。



 カーテミアル王国、国王、レオ・フォン・カーテミア四世。

 魔術師団団長、トロイメン・リーベ。

 魔術師団副団長、アベル・リヒター。

 魔術師団団員、ハルツィナ・ツィオーン。

 同じく、ヘルザ・ハーン。

 同じく、フュール・クライン。

 同じく、フロイデ・フォーゲル。

 同じく、アイヒルフェン・ヒューター。





 国王様はもちろん分かる。映像を写せる魔道具が街に一個は設置してあって、何回か拝見したことがあるからだ。それに王座に座ってるし、美しい金髪を流した頭の上には輝かしい王冠が乗っている。


 けれど魔術師団のメンバーについては知識不足だ。流石に前に僕が住んでいた街の領主である魔術師団副団長のアベル・リヒターさんのことくらいは存じ上げているが、その方以外は残念ながら存じ上げない。

 一応、ヘルーテさんに名前と容姿は聞いていたけれど……。

 大体にして聞いていた人数より少ないし。ヘルザさん含めて四人しかいないよ?

 しかもヘルーテさんに聞いていた容姿と合致する団長さんらしき人いないよ?




 きっとお仕事でお忙しいんだろうなぁ、と自己完結したメルタの横でヘルーテが声を上げた。



「ご機嫌麗しゅう。国王陛下、そして王宮付き魔術師団の皆さま」

 ヘルーテがよく通る声で挨拶をすると、国王様はへにゃりと頬を弛ませた。

「ヘルーテ、そんなに畏まらないでおくれ。変身魔法を解いてよく顔を見せてくれるかい?私はびっくりしたのだよ?ヘルーテがいきなり手紙を送ってくるなんて。やっぱり一人は寂しかったのかなぁとかいろいろと考えて……」

 先ほどまでの威厳はどこへやら、おろおろと、しかしのべつ幕なしに喋る喋る。

 その昔、ヘルーテが子供の頃にその時の魔術師団団長に拾われ、それ以来、団長自ら面倒を見ていたのでヘルーテは幼少期から王宮に入り浸りだった。なので国王から見てみれば子供のような存在なのである。

 大罪人となった今でもその対応が変わらないのは如何なものか、とは思うが。


 そんな国王に対してヘルーテが思うことといえば、うざい、ただこの一言に尽きた。なんなら変身魔法も解きたくない。未だにちゃんと反抗期である。

 しかしついうっかり本音を漏らしたりしようものなら、王宮付き魔術師団もとい、国王様親衛隊の元同僚たちに蜂の巣にされること間違いなしだろう。

 マジであいつら国王様大好き人間だから。

 さらっと元同僚たちを心の中であいつら呼ばわりしてから、仕方なしに変身魔法を解く。

「うん!相変わらずの美人さんだ。顔が見られて嬉しいよ」

「…………」

 どうしよう、マジでうざい。

 歪めてしまいそうになる顔を表情筋を駆使してヘルーテは笑顔を保つ。


 …………なんか自分で言うのもあれだけれど、大罪人がこんな風に受け入れられていいものなのか。国王がこんなんで大丈夫なのかこの国。


 大罪人が自分で来ておきながら、蒸し返すようなことを言っているが、ヘルーテの気持ちはよく分かるだろう。



 そんなヘルーテの心配に応えてくれたわけでもないだろうが、魔術師団副団長、アベル・リヒターが間に割って入ってきた。

「国王様、相手は大罪人!そのような振る舞いはおやめください!」

 アベル・リヒターは長身痩躯で宍色の短髪が目立つ男で、魔術師団の中で一番真面目な魔術師である。

「そんなこと言ってもだよ、リヒター。トロイメンが招き入れると決めたんだ。それなら私は目一杯もてなそうじゃないか」

「大罪人をもてなすとは何事ですか!シュバイツがどれほどの損害を招き、人々を絶望の底へと追いやったかお忘れですか!」

「それはだねぇ……」



 ヘルーテはアベルの言うことはもっともだよなぁ、と、つかマジでもてなす気だったんかこのおじさん、という呆れた気持ちで国王VS魔術師団副団長の論争を聞き流していた。





 一方、メルタはあたまの中をクエスチョンマークで埋め尽くしていた。


 なんで大罪人なのにこんな優しく迎え入れられてんの?!むしろ、ボコボコにされそうなのに!

 リヒターさんのように怒るのはよく分かるけれど、国王様はどうして?!仲良いの?!マジで?!


 ポーションの効果はどこへやら、ぐるぐると頭を悩ませリラックスどころではない。




「シュバイツ!何を貴様素知らぬ顔をしている!大体にして国王様にお目にかかると言うのに変身魔法をかけたままで来るとは何事だ!」

 メルタか混乱しているうちに論争の火の粉はいつの間にかヘルーテへと降りかかってきた。

 アベルの国王に対する慇懃な態度、言葉遣いはどこへやら、粗暴とも思われるような口調でヘルーテを怒鳴りつけていた。



「仰ることはよくわかりますとも」

 怒声から始まり罵声混じりとなった非難もなんのその、平然とした態度でヘルーテはアベルに言葉を返した。

「ですから、心を入れ替えて私は後継者育成に力を入れようと思ったのですよ。それでたまたま荒野に迷い込んだ彼を口説き落としたんです。彼は私の弟子でメルタ・クリスチルと言います。今日の本題に入らせて頂きますが、メルタ・クリスチルを魔術師かその補佐官に推薦いたします」

「認めん!」

「理由をお聞かせください」

「貴様が信用ならんからだ。何かを企んで弟子を送り込もうという魂胆だろう」

「滅相もない!私はただ、そろそろ紅茶でも飲みたいと思って、反省の証に魔術師を育て上げただけです」

 大袈裟な身振り手振り、笑みを加えて話すヘルーテは胡散臭さたっぷりだ。

「……貴様は紅茶よりコーヒー派だったろうが」

「たまには紅茶を飲みたくなる時だってありますよ」

 コーヒー派だったんだ、ヘルーテさん。どうでもいい情報だけれど、とメルタは思った。



 先ほどまでメルタの頭の中を飛び回っていた疑問符たちには一旦お引き取りいただいて、ヘルーテとアベルの会話に集中することにした。

「大罪人でクズで阿呆でマイペースで息をするだけで面倒事を引き起こす、災害迷惑誘発器が!そんなやつを信用する奴があるか!」

 その通り!と声を上げたくなるのをグッと我慢している

メルタに、ヘルーテが心を読んだかのような冷ややかな視線をくれた。

 しかしそれはわずかな間で、すぐにアベルの方へと視線を戻した。


「副団長、私のことを信用ならないというのは納得しましょう。ですが、彼のことは、メルタくんのことはどうか信用頂けないでしょうか。彼はとっても素直ですし、いい子なんですよ。まあ。師匠を罵倒する時もありますけど……クズとか、クズとか、クズとか…………」

 最後の方は弱々しく、自虐めいたものになった。

「……それは当たり前だろう」

「ひどいじゃないですか」

 ちょっとの間の後、アベルが当然かのように放ったセリフに、ヘルーテは憮然として応える。

「だが、そのメルタ・クリスチルとやらを魔術師団に迎え入れることになんの得がある」

 その言葉を待っていました、と言わんばかりのにやけた表情を浮かべるヘルーテ。大きく息を吸った。

「ここ最近、薬剤師や鍛冶屋、仕立て人などの職人の腕が落ちたそうですね。商人たちが嘆いてましたよ。それに魔道具は高価になっているとか。そりゃそうでしょう。職人の腕が落ちれば、魔道具が作れないですからね。しかし彼は魔法で魔道具を作ることが出来るのです。本来、道具を作ってから魔法を付与しますが、その工程を省くことが出来るのですよ。これが彼を魔術師団に迎え入れることのメリットです」

 息する間もなく一気に捲し立てると、ヘルーテに気圧されたのかアベルがじりじりと後退する。

 うん、ヘルザさんによく口が回る女だと言われるわけだ、とメルタは極めてどうでもいい感想を抱いた。


「もちろん魔術師なら魔道具を作ることはできます。かなり精密な作業は必要ですし、失敗することだってありますよね。しかし彼は魔道具に精通していて素晴らしい物を早く作ることができるのです。メルタくん、見せてあげて」

「は、はいっ?!」

 なんだか怪しい押し売りのような文句でさらっとハードルを上げられてから名前を呼ばれたメルタは声が裏返ってしまった。

 そして一身に国王様をはじめ、魔術師たちの視線を受け、そわそわする。

「しゃんとしなよ」

 ヘルーテさんからの小声のエールに元気づけられて、グッと背を伸ばし、魔術師団に入れてもらうため、気合を入れた。


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