いざ街へ
ヘルーテが王宮へ行くと宣言してから一週間。
ヘルーテとメルタは幌付きの馬車に乗って王宮へ向かっていた。
「ほ、本当にいいんでしょうか?王宮に行くなんて……」
「大丈夫大丈夫。国王にアポ取ってるし」
「国王様に?!」
「だって、元上司だし」
「そ、そうでしょうけど……でも道中で世界最悪の大罪人とバレたら大騒ぎになりますよ!」
「大丈夫大丈夫。変身魔法掛けてるから君以外には別人に見えるのさ」
「その他に浮遊魔法も使うんですよね?魔力持つんですか?」
「持つよ……ちゃんと計算してるから」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だってば。んもう」
ヘルーテやメルタの住む国、カーテミアルには、王宮付きの魔術師団があり、ヘルーテもその一人だった。
その関係性は封建主義に基づいて成り立っている。よく言う御恩と奉公だ。ヘルーテも昔は領地を与えられていたが、無論、今は没収されている。
「はあーあ。何年振りだろ、王宮行くの。すっかり引き篭もりになった私のメンタルで大丈夫なものかしら」
「大丈夫ですよ」
「すごく断言するじゃない。私別にメンタル強くないんだからね」
どの口が言いますか、と突っ込みそうになるのを飲み込む。
拗ねるとめんどくさいのだ、このクズは。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「気のせいですよ」
素知らぬ顔で誤魔化しながら、足場が悪い割にはさほど揺れず快適な馬車の上で外の風景を眺める。
二年と約三ヶ月。絨毯くんの散歩以外で出歩く機会がなく、久々の遠出でメルタは少なからずテンションは上がっていた。
しかし、大罪人であるヘルーテの弟子として国内、否、世界屈指の魔術師がいる王宮へと行くことについては胃が痛くなるような不安があった。
そんな不安とは裏腹に空は高く突き抜けるような青で、それがまた嬉しくも恨めしかった。
「まあまあ、そんな難しい顔しないでよ。メルタくん。せっかく王都へ行くんだよー?楽しまなくちゃ」
「……」
ちょっとは大罪人って言う自覚持てよ、と思ったが、たしかにずっとあの荒野の一軒家にいるのだから、十数年以上振りの街なはず。そりゃあテンションも上がるわけだ。僕は街にはいい思い出はほとんど無いけれど。
ん?
ふとそこでメルタに疑問が芽生えた。
「あのー、ヘルーテさんっておいくつなんですか?」
「あ?」
…………こっわ!
普段の温和な笑顔はどこか遠くへ行き、据わった目で睨まれながらいつものワンオクターブは低いであろう声で凄まれた。
怖い怖い!
心なしか周りの気温がすっと下がった気がする。
今更すぎるながらに、感じた恐怖がこの人が大罪人なんだと実感させる。
「すっ、すみません……」
「…………女性に年齢を聞くときは気をつけるのだよ?」
慌てて謝罪するとどうやらお許し頂けたようだった。
メルタは家族とヘルーテしか女性に接する機会がなかったため、仕方のないこととも言えるが、ヘルーテにはただの言い訳だと切って捨てられるだろう。
なんとも言えぬ居た堪れない雰囲気の中、しばらく押し黙っていると、沈黙を破ったのはヘルーテだった。
「もうすぐでギランの街だね。そうしたら今度は魔法陣で移動だよ」
「あ、はいっ!」
いつもの通りの柔和な声にホッとしながら元気よく返事を返す。
カーテミアルはいくつかの街が集まって出来ている国で、王都は国の中心部に位置している。
しかしその国の一部は世界最悪の大罪人が大暴れした時の名残りで荒野と化している。ちなみにヘルーテが現在住んでいるところだ。
荒野から一番近い、ギランの街まで馬車で約半日。魔法を使えば一瞬の距離ではあるが、そこまでメルタもヘルーテも魔力がない。
なので道程としてはギランまで馬車に揺られ、そこから魔法陣でギランと王都の中間地点のダダンの街へ移動。一泊して再び馬車で王都へ移動である。
メルタの家族が住む街はショートカットするので、メルタも心晴れやかではある。
ギランの街に着いて馬車の馭者にきっちり二人分の代金を払ってから、人目のつかないところで魔法陣を広げた。
「それじゃあ魔力を込めるよー」
ぽうっと光り輝き、その光が収束するとぽっかりと黒々しい穴が宙に開いていた。
「メルタくん、行くよ?」
メルタが初めて見る黒々しい穴に恐る恐る近づくと、ヘルーテが後ろからトンと背中を押した。
「○&▼¥△☆▲※◎£★●?!」
無防備な背中を押されてよろめき、すっぽりと黒々しい穴に吸い込まれていった。
メルタに続いてヘルーテもぴょんと穴に飛び込んだ。
ヘルーテに押されて入って真っ暗な中で少し息苦しさを覚えた後、再び世界が色付いた。
力強い華やかさ、明るさに目が眩むが、それもすぐに慣れ、周りの景色を見渡した。どうやらタイルで舗装された河岸のようである。
その一瞬後にヘルーテが現れて何やら呟くと、朗らかな笑顔を浮かべた。
「何か言いました?」
「魔法を解いただけさ。瞬間移動魔法を掛けたまんまだと間違って誰かに掛かっちゃうからね」
「あ、そうですね」
納得顔を見せるメルタにヘルーテは満足そうに頷く。
「メルタくんはダダンの街に来たことは?」
「ないです……というか出来損ないが家の外に出たらうちの品位を落とすと言われてたので出歩くことがなかったんです」
「そ、そっか」
不味いことを聞いちゃったかな、と思ったが特に反省することなくちょっと苦笑いを浮かべるだけだった。
「ダダンの街はね、商人の街なのだよ。王都と辺境の町の丁度中心地点だからね。物流が多いんだ」
ダダンの街に関するレクチャーを受けながら大通りへと出た。
多くの人でごった返す中、商人たちのよく通る声が響いて、通りの両端にところ狭しと並んでいる出店はどれも華やかで活気がある。
「わぁぁぁ!」
見たことのないフルーツなどに目を輝かせるメルタを微笑ましく眺めながら、ヘルーテも久々の街中にテンションを上げてふらふらと大通りとはちょっと外れた古書店へ行こうとしたところで止められた。
「待ってください、ヘルーテさん」
「何だい?」
「何だい?じゃありませんよ。どこに行く気ですか」
「えーと、ちょっとそこまで……」
「いいですけど、先に宿の場所を教えてください。一泊して行くんでしょう?」
「ああ、ここの大通りを抜けていったところを左に曲がってすぐに《星のルルン》という宿屋があるからそこにこれを持っていって」
そういうと無造作にぽいっと金色の鍵を渡された。
「それを渡したら部屋に通してくれるから」
そう言うや否や人混みに姿を消してしまったヘルーテに嘆息しながら、とりあえず言われた宿屋へ向かうのだった。




