中編
私は、嘘をつくことをやめた。嘘をつけば私の心にまた埃が積もっていくような気がしたからだ。だからゆっくりではあるものの、私は周囲に本当の気持ちを伝えたら、どうしてか修道院のみんなと仲良くなれた気がした。
そして私は、いつも以上に掃除にのめり込んでいった。あぁこうしてピカピカになっていくこの快感っ!
ドレスよりも、貴金属よりも、はんだごてよりも尊い、この何か!!私は、私に正直に生きることに決めたのだ。
そんなある日のことだった。
私は料理やお菓子作りがてんでダメだったので、他の子たちが作ったクッキーを地元のひとたちに販売するお手伝いのみをしていた。
「あんた、この前の!」
「そうだ、そうだ。この前は雑草むしりありがとうねぇ」
「頑固だった塀の汚れが落ちた時はびっくりしたよ!あれは昔“塀だからHey!”ってしょうもないダジャレをおじいさんが若い頃にした黒歴史だったのだけど、キレイになっておじいさんもより一層元気になったのよ?」
「近頃のさばっていたゴロツキまで掃除してくれて」
「ありがとうねぇ」
「アンタが来てくれて、本当によかったわ~」
私は最近では修道院がキレイになりすぎて手を持てあましていたので、ご近所でお掃除ボランティアをして回っていたのだ。それは自らの欲望のままに掃除しまくっていただけだったのだが。
そんなこと言われたのは、初めてだった。それは“かわいい”“天使のようなヒルダ”などと、当たり前のようにちやほやされてきた言葉とは違う。
何故だろう。この心の中にじーんとくるこの熱いものは。
「うぅ、私ったら」
何故か涙が滲んでしまった。
「あらあら、ヒルダったら。お掃除ばかりしているから埃が目に入ったのかしら」
「奥で洗ってらっしゃいな。ここは私たちが」
「は、はい、すみません!」
他の子たちにそう言って、私は奥に駆け込んだ。
「あらあらあの子ったら」
「割と情に厚いのよ」
「最近、表情が自然になってきたもんねぇ」
そんなみんなの声を聴きながら奥へ進むと、そこに再び院長が立っていた。
「院長」
「ヒルデガルド。いらっしゃいな」
「―――はい」
院長に案内されて院長室に入ると、そこには心の中を映し出す魔道具があった。
「ここに、手をかざしてみなさい」
「はい」
魔道具に手をかざすと浮かび上がったハートが、真っ白に光り輝く。
「こ、れは?」
「これがあなたの心です。あなたが一生懸命努力してお掃除を頑張った結果ですよ」
「私が一生懸命、努力?」
それは、今までの私の人生では無縁だった言葉だ。
「しかしその努力を怠れば、再びこの心は埃に覆われてしまいます」
「そんなっ」
「ヒルデガルド。この清く輝く心を、守り抜くことを誓いますか?」
「ち、誓います!私、もう汚れたくありません!お掃除が、お掃除が好きなんです!」
「そうですか。安心しました。ヒルデガルド。あなたは本日を以って無事更生したとみなします」
「え?それは」
「今日でここを卒業ですよ。今日までよく頑張りましたね、ヒルデガルド。いえ、ヒルダと呼んでも?」
「はっ、はい、院長」
「ここを出ても、元気でやるのですよ。でも帰ってきたくなったら、いつでもまたいらっしゃいな。私も、ここの子たちも近所の方々もあなたがまた会いに来てくれると喜ぶわ。またお掃除に来て、いいのですよ」
「うぅ。はい、院長!」
私は明日の朝、今までのわずかなお給金をもらって、旅立つことになった。
―――
そして旅立ちの朝、修道院の扉の前には、母がいた。
「お母さま」
「―――ヒルダ、ごめんなさいね。私があなたを甘やかしたからあなたは本来の自分をなくしてしまったのね」
桃色の髪にシスターの格好をした母は、辛そうにゆっくりと騙り出した。
「いいえ、いいえ、お母さま!お母さまは悪くありません!全て私が嘘で塗り固めて生きてきたせいなんです!それにあのまま実家にいたら、私は本当の自分に出会えませんでした」
「ヒルダ、あのね。あなたにひとつ話さなくてはならないことがあるの」
「それは、なんでしょう?」
「遂に、シュリー家のお取り潰しが決まったわ」
「それではお父さまは?」
「ここに私にお金を無心してきたものだからひっぱたいて追い出してやったわ。あのひとはもう変わらないけれど、全てを奪われてボロボロになったさまは、なかなか滑稽ね」
「お母さまったら」
「だから、ヒルダ。もう、私もお父さまもあなたを縛ったりしないわ。自分のしたいことを思いっきりやりなさいな」
「はい。私は、思いっきりお掃除します!」
「ふふ。そう言うと思って、これを餞別にあげるわ」
「お母さま、これは」
それは1本の箒だった。
「魔力を注げば魔道具としても使えるのよ。私の少ない稼ぎで買ったものだから、そんな高級品じゃないけれど」
「いいえ。お母さまが稼いだお金で私のために!」
今までは欲しい欲しいと言ったものを何でも与えられた。けれどすぐにそれは飽きて、次のものが欲しくなった。でもこれは何か違った。私の欲求だけじゃなくて、母の温かさがこもったような、ステキな箒。