テナガエビとニンゲン
川の底では、今日もテナガエビの子どもたちが集まって、かくれんぼをしようとお話しています。
「かくれんぼしようよ、かくれんぼ」
「だれがオニかな」
「お魚さんかな?」
「カニさんかな?」
「ゲンゴロウくんかな?」
わいわいいいながら、テナガエビたちはじゃんけんします。みんなチョキしか出せないので、いつまでたっても決まりません。すると、水面から、だれかの声が聞こえてきました。
「それじゃあ、ぼくがオニをしてあげるよ」
これにはテナガエビたちも大喜びです。「わぁい」とはしゃぎながら、みんな思い思いの場所へかくれていきます。
「ぼくはここ。岩のかげだよ」
「あたしはここ。枯れ木のかげだよ」
「おいらは……うーん、あっ!」
のろのろしていたテナガエビの一匹が、突然声をあげました。
「あれ、どうしたのかなぁ?」
「わかんない、どうしたんだろう?」
「もしかして、オニに見つかったんじゃないかな」
「そっかぁ。それじゃあぼくたちも見つからないようにかくれないと」
テナガエビたちは、しっぽをふりふり、はさみをチョキチョキ、かくれる場所を探します。
「ぼくはここ。石と石のあいだだよ」
「おいらはここ。川のふち、深いところだよ」
「あたしは……えーっと、あっ!」
じっくり考えていたテナガエビの一匹が、突然声をあげました。
「あれあれ、まただよ、どうしたんだろう?」
「わかんない、どうしたのかなぁ?」
「もしかして、またオニに見つかったのかな」
「きっとそうだよ。もっとしっかりかくれないと」
テナガエビたちは、はさみをふりふり、しっぽをふらふら、隠れる場所を探します。
「おいらはここ。すなけむりがいっぱいのところ」
「あたしはここ。じゃりのいっぱいあるところ」
「ぼくは……そうだなぁ、あっ!」
きょろきょろしていたテナガエビの一匹が、突然声をあげました。
「まただね、もしかしてオニに見つかったのかな」
「ねぇ、オニに見つかったら、どうなっちゃうの?」
一匹のテナガエビが、はさみをふりながら聞きました。みんな答えられません。
「どうなっちゃうんだろう……?」
考えこむテナガエビたちを、あみがさっとさらっていきました。
「みんな……みんな……だまされちゃダメだ! そいつは、ニンゲンだぞ!」
テナガエビたちの中で、一匹だけ、おじいちゃんから「ニンゲン」について聞いたことがあるテナガエビがいたのです。
「おじいちゃん、いってた! 夏になると、ニンゲンの子どもたちがやってきて、ぼくたちをつかまえるって。つかまえられると、食べられちゃうんだって!」
しかし、川の中を見わたすと、他のテナガエビたちはどこにもいませんでした。気づけばテナガエビだけでなく、他の生き物たちもいません。
「ニンゲンが……さらっていったんだ……」
ガチガチとはさみを鳴らすテナガエビは、ビュッとすごい勢いでうしろに下がりました。さっきまでいた石の上を、白いあみが素通りします。
「ヒィッ! 気づかれたんだ、逃げろぉっ!」
あみは一つではありません。二つ、三つと、川の中を泳ぐように進んでいきます。それはまるで、巨大な口のバケモノのように見えます。テナガエビはジグザグに逃げて、なんとかあみをかわしていきます。
「こわい、こわい、こわい、こわいよぉっ!」
やみくもに逃げ回っているうちに、とうとうテナガエビは、川のふちの一番深いところまで追いつめられてしまいました。そこでじっと身をひそめ、水面をにらみつけます。
「川の神様、どうか、どうかぼくを守ってください……」
水面には、ニンゲンたちのすがたがゆがんで見えます。ガチガチとふるえるテナガエビですが、なぜかニンゲンたちが、一人、また一人と、いなくなっていったのです。
「……助かったの、かな……」
そう思うと、一気にからだがふにゃふにゃになって、テナガエビは大きくのびをしました。そしてテナガエビの目の前に、ゴーグルをつけたオニたちの顔がいくつも現れ、巨大な手につかまれてしまったのです。あとに残ったのは、すなぼこりがあがってよごれた水と、子どもたちの笑い声だけでした。
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