魔力草を集めよう!
たしかに俺は甘党だが、別に甘ければ何でも好きなわけでは無い。甘ければ甘いほど好きなわけでも無ければ、控えめな甘さの良さがわからない野暮天でも無い。
甘さって奴は、いわば――極上の画材だ。何も考えず、真っ白なキャンバスにぶちまけても、綺麗な色にはなる。しかし、それだけだ。甘さを使って、どんな画を描く事が出来るのか。それが、料理人という名の芸術家の真の腕の見せどころ、と言えるだろう。
その点、このスコーンは……驚くほど繊細に、そして美しくキャンバスを彩ってみせている。ザクリと一口目を口にした瞬間、中のしっとりした口溶けと程よい甘さ、そして芳しい香りが口の中を満たす。驚くのも束の間、たまらずむしゃぶりついた二口目で貴方は――おお、何という事だ!――生地に練り込まれたチョコレートに辿り着く! ほのかな苦味は生地の甘みをそれとなく引き立て、カカオの香りが味に深みをもたらす。全体的に甘さの主張は控えめながらも、確かな満足感を与える絶妙なバランス。紅茶との相性も格別で、交互に口にすればまさに至福の――。
「もういいですっ、いいですから!」
何がいいんですか、ココネルさん。
俺はまだ、このスコーンの魅力の百分の一も表現出来ていませんよ?
「もー、そんなに褒められても、恥ずかしいです! 喜んで頂けるのはありがたいですけど……」
「ああ、そういう事ですか。すみません」
あまりにも美味しいもので、ついついテンションが上がってしまったよ。悪気は無かったんだけどね。冗談抜きにすごく美味しいし、喫茶店とかやっても流行るんじゃない?
うん、それはそれとして……赤面して恥ずかしがるココネルさんも可愛いなあ。
「そんな事より、何ですかその草? さっき、食い入るように見つめてましたけど」
「これですか? 俺が探してたもので……あ、ココネルさんもメガネかけてもらえますか?」
口で言うより見てもらった方が早いだろう。この魔力の色を見れば一目瞭然。こいつがただの雑草では無い事がわかるはずだ。
「ええっと……良いんですか?」
「何が……ああ」
チラリ、と横目でスクスクを見る様子で、ようやく察する。
魔力メガネの事をスクスクにバラしてしまって良いか、それを心配しているみたいだ。なるほど、律儀に秘密にしていてくれたのか。そんな機密にしてるわけでもないんだし、別に良いんだけど。まあ……積極的に宣伝してるわけでも無いけど。
とはいえ、スクスクなら問題は全くないだろう。そもそもココネルさんの従姉妹だし、今日見た限り、変に浅慮な行動を起こすタイプでもない。
「大丈夫ですよ。ついでにスクスクにも、このメガネの説明をしておきましょう」
魔力メガネの在庫はまだ何個かある。スクスクにも1個持っていて貰おうかな。その方がこの後の作業も効率的になるし。
「なになに、何の話ニャー?」
「ちょっと手伝って欲しいことが出来た、って話だよ」
さて、お茶とスコーンも美味しく頂いたことだし。
まずは、この魔力草(仮)をもっと集めてみようか!
□ □ □
「ニャー! このメガネ、おっもしろいニャー!」
元気だなあ、あの娘。ちょっとお茶しただけで、良くそんだけ動けるもんだ。
「気に入ってもらえたようで何よりだよ、っと」
おっと、今引き抜いた草はアタリだ。やっぱり、アタリ率は場所によってかなり違うみたいだな。
「ふぅ、結構集まってきましたね」
「ありがとうございますココネルさん、ここまで手伝って頂いて」
「いえ、こういうのも楽しいですから。で、この魔力草? ですけど……」
「ええ。明らかに――分布が偏ってます」
魔力を含んだコブのあるこの草を、仮に魔力草と呼んでいる。
何だろうな、このコブ。多分……根粒、みたいなものなんだろうけど。
根粒ってのは、マメ科植物の根っこにくっついているコブのような器官だ。驚く事にこの根粒、ほとんどの生物では不可能な窒素固定を実現し、栄養素にしている。だからマメ科植物は栄養が乏しい土地でも育つし、土壌改良にも利用されたりする――ってのは、結構知られている事だな。実際に窒素固定をしているのは共生している根粒菌だったり、ニトロゲナーゼって酵素の作用だったりするんだけど……まあ、今は細かい事はいい。
おそらくこの魔力草のコブも、似たような感じで魔力固定を実現しているんだろう。実際の魔力固定メカニズムは良くわからないけど……今大事なのは、このコブが高濃度の魔力を含んでいるって事だ。
これだけ魔力を含んだコブなら、上手い具合に加工して、魔力回復薬に出来そうじゃないか?
――と思って、とりあえず魔力草を集めている。魔力回復薬を作るのも、一発で上手くいくとは限らないしね。ある程度まとまった数があった方が良い。スクスクもココネルさんも快く協力してくれて、実にありがたい。出来れば栽培で増やせると、なお良いんだけど……その辺は、今後のスクスクに期待かな。
集める方法は単純だ。似たような雑草を抜いてみて、根っこのコブを確認する。もちろん、魔力メガネをかけた上で、な。やってみてわかったけど、似たようなコブのついた植物でも、魔力が全く含まれない物がほとんどだった。たまに薄らと魔力を含んだ草があり、極稀にハッキリ魔力が濃い草がある……ってな具合だった。なんだかガチャを回してるみたいな気分になったよ。差し詰め、魔力草はSSRってところか。パッと見だと似てるだけで、実はそれぞれ少しづつ違う種類みたいだけどね。
で、最初は闇雲に探していたんだが――段々と、魔力草はある場所を中心に分布している事がわかってきた。距離が近づくと、それだけ魔力草の確率も上がっているし。
「はい。あれが分布の中心みたいですね」
ココネルさんと共に見上げた先には、大きな洋館が聳え立っている。おそらく長期間使われていないのだろう。蔦が生え、寂れた雰囲気ではあるが……こんな街外れの荒野には似つかわしくない、立派な館だ。グルリと囲んだ石垣から館までも距離があるみたいだし、庭もかなりの広さだな。
うーん……あからさまに怪しいなあ、この館。たぶん魔力草って、ここの庭で秘密裏に育てられていた植物が、一部外に漏れ出て自生した物なんじゃないか? だからまあ、敷地に入ってみた方が、もっと色々と情報を得られそうではあるんだが……。
「あっ、ここは昔、偉い人が住んでた館だニャア! 危ないから絶対近づくな、って農業ギルドの人が言ってたニャア!」
うん、やっぱヤバそうな奴だ。これあれでしょ、隠しボスとか出てくるステージでしょ?
不法侵入とか良くないしね。やめよやめよ、総員撤収〜。




