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七十二 質問

 誰も何も言わず、寝室の中が静まり返る。布団を体に巻いたままのクラリスタが、衣擦(きぬず)れの音をさせながら、ベッドから下りると、キャスリーカの目の前に立った。


「頭を上げて下さいまし。わたくしが猫になったのは、誰のせいでもない、わたくしのせいですわ。キャスリーカ。あなたには、なんの責任もありませんわ」


「クラリスタ」


 クラリスタの言葉を聞いた、キャスリーカが言って、顔を上げる。


「謝るといえば、あれよのう。抗う小さき者の雄よ。(なれ)は余の仲間達を大勢殺しておったのう。その事の責任を取ってもらわねば、ならぬのう」

 

「炎龍。()りないカミンね。まだ、そういう事を言うカミンか。なら、僕も、もっともっと炎龍を、責めないといけなくなるカミンよ」


「う、うぬう。そ、それは。余が、余が、余が、悪かった。頼むから許してくれ。そんな事を言われたら、余は、余は、心が痛くて死んでしまいそうだ。抗う小さき者の雄よ。余は何も気にしてはおらんぞ。おかしな事を言ってすまなかった」


 クラリッサの言葉を聞いた炎龍が、紅蓮の瞳を、涙で濡らしながら言った。


「クラリッサ。かばってくれてありがとう」


 門大はクラリッサに言い、一度頭を下げてから、炎龍の方を見る。


「けど、炎龍の言う通りだ。俺は、黒龍をたくさん殺してる。その罪は、ずっと背負っていくつもりだ。それと。炎龍が、転生してくれるっていう事に、凄く感謝してる。炎龍。俺に何かできる事があったら言ってくれ。なんでもは、無理だけど、できる限り、俺は、炎龍の為に、俺が、できる事をする」


 門大は、炎龍の目を、見つめて言った。


「ニャーニャン。ニャニャニャニャニャン」


「門大は格好付け過ぎだ。そんな事やってると、また、クラリスタが拗ねちゃうぞ。とクロモは言っているイヌン」


  いつの間にか、寝室の中に入って来ていて、クラリッサの足元にいた、クロモが鳴き、クロモの横にいた、ハガネが、クロモの鳴き声のすぐ後に、そう言った。


「わしが、こんな事を言うのも、なんなんじゃけどの。色々なすれ違いや、行き違いや、衝突や、摩擦や、他にも、なんというか、たくさんの、いい事も、悪い事も、とにかく、そんな物が、いくつもいくつも、何度も何度もあって、そういう物を、なんだかんだと、言ったり、やったりしながら、乗り越えて行って、それから、また、そういう事が起きて。皆がぐちゃぐちゃになりながらも、離れ離れにならずに、結局、一緒にいるっていう事が、一緒にいる相手の為に、何かをしたいと、思ったり、何かをしてあげたいと、思うようになって行く事が、家族というか、何かしらの、そういう形の繋がりなのではないかと、わしは思うのじゃ。じゃから、やっぱり、こんな事をわしが言うのは、まあ、なんというか、申し訳ないとは、思うのじゃけど、この場には、わししか、こういう事を言いそうな者はいないから、言うのじゃけども、こうやって、ここに今いる、この皆で、こんなふうに、一緒にいられて、わしは、とても嬉しいのじゃ」


 ゼゴットが、皆の顔を、一人一人見ながら言った。


「なんとも、唐突だのう。しかもよ。言う事が説教臭い」


 炎龍が、言葉とは裏腹に、優しい笑みを顔に浮かべる。


「ニャーニャンニャ。ニャンニャンニャンニャンニャン」


「それじゃ、なんとなく、話もまとまったみたいだし、クラリスタと門大が元気なのも分かったし、クラリスタと門大の今後の事を、話し合うのにいいタイミングだと思うぞ。とクロモは言ってるぽにゅ。もう少し、体を小さくした方がいいぽにゅかね。これじゃ、この部屋の中には入れないぽにゅな」


 寝室の出入り口の外にいた、ニッケが言った。


「そうじゃそうじゃ。そうじゃった。しんみりしている場合ではなかったのじゃ。門大と、クラリスタに、話したい事もあったのじゃ」


 ゼゴットが言い、真面目な顔をする。


「なんか、大切な、話っぽいな」


 門大は、呟くように言ってから、クラリスタの顔を見た。


「何があっても、わたくしは、門大の傍を離れませんわ」


「うん。俺も、クラちゃんと、ずっと一緒にいる」


「抗う小さき者達は、やっぱり、いいのう」


 炎龍がしみじみと言い、隣に立っていた雷神がこくこくと頷く。


「何が、いいのう、よ。あんた、さっきから、子種をよこせとか言って、二人の邪魔ばっかりしてるじゃない」


「それとこれとは別の話よ。それにのう。子種を余によこせば、抗う小さき者の雄にだって、得になる事があるのだ。余の、龍の眷族の親に」


「あー。はいはい。あんたの話は、もういいわ」


「炎龍。次にまたその手の話をしたら、僕は炎龍とは、しばらく口をきかないカミン」   


 キャスリーカの言葉のすぐ後に、クラリッサが言った言葉を聞いた、炎龍の表情が凍り付く。


「すまん。すまんかった。クラリッサ。余が、余が、余が悪かった」


 炎龍が何度何度も頭を下げる。


「ゼゴット。お兄にゃふ達と話を始める前に、クラリスタに服を着てもらった方がいいと思うカミンよ。いつまでもこの格好だと、クラリスタがかわいそうだし、お兄にゃふの目にも毒だと思うカミン」


 クラリッサが炎龍を無視して言った。炎龍がクラリッサに抱き付こうとしはじめる。クラリッサがそれを手でぐいぐいと押して、遠ざける。


「わたくしも、何かを着たいと、思ってはいるのですけれど、着る物が、ありませんの」


 クラリスタが、クラリッサと炎龍のやり取りを見つめながら、遠慮がちに口を開いた。


「そうじゃな。では、服は、すぐにわしが出すのじゃ」


「ゼゴット。こんな、皆がいる場所で、着替えるのは、クラリスタがかわいそうカミン。どこか、別の部屋に行って、着替えてもらった方が、いいと思うカミン」


 炎龍がその場に座り込み、泣き始める。雷神がそれを慰めようとしたが、すぐに炎龍が嘘泣きをしていると気が付くと、溜息を吐くような仕草をした。


「そう言われると、確かに、そうじゃの。わしの配慮が足りなかったのじゃ。クラリスタ。ごめんなさいなのじゃ。では、そうじゃな。服は、脱衣所の方に出す事にするのじゃ。あそこならば、鏡もあるしの。そうじゃ。シャワーも、あるからの。寝起きのシャワーを、浴びたかったら、すぐにお風呂場の中に行って、浴びる事もできるのじゃ。門大の着ている服が置いてあった場所に、服を、出しておくのじゃ」


「クラリッサ。ゼゴット。ありがとうございます。今から行って、服を着て来ますわ」


 クラリスタが言い、布団を体に巻いたままの格好で、寝室から出て行こうとする。


「クラリスタ。ちょっと待つのじゃ。その格好では歩き難いじゃろ。何か別の、体に巻く物を出すのじゃ」


 ゼゴットが言い、クラリスタが足を止めて、ゼゴットの方に顔を向けた。


「それでは、ここで、一度、着替えをする事になってしまいますわ。折角、脱衣所の方に、服を、出してもらったのですから、このままで大丈夫ですわ」


 クラリスタが、言って、再び歩き出し、寝室から出て行く。


「ゼゴット。門大に、門大だけに、聞きたい事があると言ってたカミンね。今、聞くカミンよ」


 クラリスタの足音が遠退くと、クラリッサが言った。


「クラリッサ。なるほどなのじゃ。そういう意味もあったのじゃな。そうじゃな。今が、いいタイミングじゃな。クラリッサ。ありがとうなのじゃ。門大。クラリスタがいない今じゃから、あえて聞くのじゃ。門大はこれからどうしたいのじゃ? わしとしては、門大の望みをできる限り、叶えたいと思っているのじゃ。門大が望めば、向こうの世界に戻って、暮したいというのならば、死ぬ前と同じ状態に、戻す事もできるのじゃ。こちらの世界にいたいというのならば、生活などの面倒は全部みるつもりなのじゃ」


 ゼゴットが、門大の目を見つめて言った。


「それを、言いたいから、クラちゃんを、着替えに行かせたって事か?」


 門大は、ゼゴットの目を見つめ返す。


「そういう事じゃ。回りくどい事をして、すまないとは思っているのじゃ。じゃが、こういう言い方は、残酷かも知れないのじゃが、クラリスタの事を、こっちの世界の事を、考えないで、自分が、どうしたいのかを、門大には、考えて欲しいのじゃ」


「俺が、どうしたいのか」


「クラリスタは、門大と一緒にいたがるじゃろ。こんな事は、あの子の前では聞けないからの。門大だって、クラリスタの前では、答え難いはずじゃ」


「クラちゃんの事を、考えないで、俺だけの、自分の事だけを、考える」


「そうじゃ」


 門大は、寝室の出入り口の方に顔を向ける。


「クラちゃんの事を、考えないなんて、できるはずがない」


「門大は、本来は、こちらの世界の人間ではないのじゃ。それをわしが、この世界に呼んだのじゃからな。なんとも身勝手な話になって申し訳ないのじゃが、炎龍が転生してくれると言っているからの。門大を呼んだ理由がなくなってしまったのじゃ。それに。門大には、もう、随分と、頑張ってもらったからの。この世界の神としては、その恩に報いなければいけないという気持ちもあるのじゃ。じゃから、門大が、そうしたいと思うのなら、向こうの世界に戻って、わしらと出会う前の、死ぬ前の自分に戻って、人生をやり直してもいいという事じゃ」


 言い終えると、ゼゴットが、どこか、ちょっぴり、寂しそうに、けれど、とても、優しい笑みを顔に浮かべた。

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