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七十一 呼び鈴

 なんの前触れもなく、すっと、目が開く。まるで、この目覚めの時が、約束されていたかのような、妙な、なんともいえない感覚が、門大の、薄れて行く、眠っていた時の記憶の中にあって、それが、なぜだか、とても、愛おしくて、懐かしい気がする。門大は、その感覚に、もう一度触れたくなって、目を閉じた。


「って、二度寝してる場合じゃない。クラちゃんは大丈夫なのか?」


 門大は、声を上げながら、飛び起きた。


「そんなふうに、急に起きたら、びっくりしますわ」


「あ、ああ。ごめん」


 門大は、声のした方に顔を向ける。


「おわあぁぁ。ク、クラちゃん。いやいやいやいや。俺の方がびっくりだよっ! クラちゃんの、その格好! それに、どうして同じベッドの上に」


 言いながら、全裸というあられもない姿のクラリスタを見て、門大は、慌てて、目を閉じて、顔を横に向けた。


「何をそんなに驚いて、おかしな事を言っていますの? 門大の体調の事もありましたし、一緒に寝たいのもあって、そっちの布団に潜り込んだのですわ。門大は熱が下がりましたわね。本当によかったですわ。わたくしの方も、体調は問題ありませんわ。門大。わたくしの話を聞いていますの? その、横を向いて、目を閉じて、何をやっていますの? そういえば、何か、先ほど、わたくしの格好がどうとか、言っていましたわね。わたくしの格好に何かありますの? わたくしの、あ、あら? あららら? おかしいですわね。わたくし、今、普通に、言葉を話して」


 クラリスタが言葉の途中で沈黙する。


「なんですの、これ。わたくし、いつの間に、元の姿に戻って。門大。何を見ていますの、いえ、今は、見てはいないのですけれども、いえいえいえ、別に見られてもいいのですけれども、でもでも、やっぱり、こういうのは、準備が必要というか、なんというか」


 束の間の沈黙の後、動揺しているのか、クラリスタが、一気に捲し立てるように言った。


「クラちゃん。そんな事より、服を。服がなかったら、せめて、布団を体に巻くとか」


「そ、そうですわね。門大。もう、こっちを向いてもいいですわ」


 クラリスタが言い、門大は、目を開けてから、クラリスタの方に顔を向けた。


「クラちゃん」


 門大は、元に戻ったんだね。本当に、戻れてよかった。と言おうとしたが、全裸のクラちゃんと、一緒に寝てたんだよな? 俺、何もしてないよな? 大丈夫だよな? いや、でも、あの、目が覚める時に感じた、あの、妙な感覚。あれは、なんだったんだ? あれは、何か、夢を、見てただけ、とかなのか? それとも、クラちゃんに、何かしてた、とかだったり? と思うと、言葉を出せてなくなってしまう。


「門大?」


 クラリスタが、不思議そうな顔をして、門大の目を見つめる。


「ええっと、ええっと、なんていうか。ほら。あー、も、もう。こういうの、どうすればいいのか、まったく分からない。も、もう、いい。思い切って、聞いちゃうけど、なんていうか、俺とクラちゃんって、さっきまで、一緒に寝てたんだよね? クラちゃんは、いつ、元の姿に、戻ったのかなって。あの、あれだ。一応、俺も男だし。なんか、クラちゃんに、してたらって、思って。一緒に、寝てただけだとは、思うけど、一応、一応、聞いておいた方がいいかなって」


「か、か、か、かか、門大。た、たたっ、確かに、その、その、その、通り、ですわ。わたくし、の方こそ、門大に、何か、したので、しょうか?」


 クラリスタが、顔を耳の先まで真っ赤に染めて、顔を俯ける。


「クラちゃん。あの、あれだ。俺は、何も、されてないと、思う。それに、もしも、何かされてても、全然、全然、平気だから。だから、安心して。えっと、なんていうか、ごめんね。なんか、いきなり、変な事、聞いちゃって」


 これは、何も言わない方がよかったか? 俺が何も言わなければ、お互いに、こんな、恥ずかしいというか、気まずいというか、こんな感じはならなかったんじゃないか? 門大は、そう思いつつ言葉を出してから、クラリスタの顔を見ていられなくなり、顔を横に向ける。


「門大」


 クラリスタが小さな声で言うと、門大の傍に来て、掛布団に包まれている体を、門大に預けて来る。


「ちょ、あの、うえ? クラちゃん? どうしたの?」


 門大は、顔をクラリスタの方に向けて言い、体を後ろに退いた。


「どうして、逃げるのですの? 子猫の時は、あんなに、たくさん、触れてくれて、平気だった、はずですのに。わたくしが、元の姿になったら、わたくしには、もう、触れては、くれませんの? よく考えたら、わたくし達は、もう、何があってもいい関係ですわ。こんな事で、こんなふうに、お互いの顔を、見られなくなるなんて、わたくしは、嫌ですわ」


 クラリスタが、相変わらず、顔を耳まで真っ赤に染めたまま、上目遣いに、門大の目を見て、おずおずとしながら言って、門大に、にじり寄る。


「クラちゃん?」


 た、たまに、クラちゃんって、積極的になる時が、あるよな。でも、やっぱり、あれだ。こういう事は、もっと、ちゃんとしないといけないと思うんだ。それに、あれだ。俺の方が、年上なんだ。これからの人生設計とか、そういう事も考えないといけない。衝動的になっては、気持ちに流されては、駄目なんだ。クラリスタの目を見つめ返した、門大の脳内を、そんな言葉達が駆け巡る。


「門大」


 クラリスタが、体の動きを止めると、先ほどよりも更に小さな、微かに、震える声で言い、目を閉じ、顎を遠慮がちに、少しだけ上げる。


 うぼえぇ! こ、これは!? キスなのか? キスを求められてるのか? どうすんだ、これ? このまま行ったら、もう、俺は、自分を止める自信がないぞ。人生設計とか、衝動的がどうとか、そんな物すっかりと忘れてしまうぞ。……。待て待て待てって。だ、駄目だ。落ち着け俺。駄目だって。ここは、やっぱり、ぐっと堪えて。……。いやいや、でも、でも、ここまで、クラちゃんに、させてしまって、そのままなんていうのは、人として、どうなんだ? ここはやっぱり、クラちゃんの気持ちに。門大は、そこまで思ったところで、クラリスタの両肩に両手を乗せる。クラリスタの体が、門大の手の感触に、反応するように、ぴくりと、小さく跳ねた。


「クラちゃん。本当に、いいんだね?」 


 門大の言葉に、クラリスタが、無言のまま小さく頷く。 


「クラちゃん」


 門大は言って、ゆっくりと、クラリスタの顔に、自分の顔を近付けて行く。


「門大」

 

 クラリスタが、門大の声に、答えるように呟く。


 不意に、ぴんぽーん。という、呼び鈴の音が、家の中に響いた。


「今のは、玄関の、呼び鈴?」


 門大は、何かに、弾かれでもしたかのように、クラリスタから離れて言った。


「門大? どうしたの、ですの? 今の音は、なんですの?」

 

 クラリスタが、戸惑いながら言う。


「今のは、たぶん、誰かが家に来て、それを、知らせる為の、呼び鈴、えっと、音を鳴らす、機械を、使ったんだと思う」


 どういう事だ? 確か、この家って、空の上にあったよな? 誰かが来たりするのか? あれ? でも、俺とクラちゃんは、最初からこの家の中にいたんだよな? だとすると、やっぱり、誰かが来たって事も、ありえるんだよな? 門大は、そう思い、寝室の出入り口の方に顔を向けた。


「なんだ? まだ交尾をしてはいないのか?」


 玄関のドアが開く音がし、足音が近付いて来たと思うと、炎龍の声がして、炎龍の姿が、寝室の出入り口の前に現れる。


「どれ。それならば、余が先に、いただこう。余に子種をよこすのだ」


 炎龍が、目をぎらぎらと輝かせ、なんの躊躇いもなく、寝室の中に入って来た。


「炎龍。何を言ってるのじゃ。門大。クラリスタも元の姿に戻ったようじゃし、皆で、様子を見に来たのじゃ」


 炎龍を止めようとしていたのか、炎龍の腰に抱き付き、そのまま、引きずられるようにして、部屋の中に入って来ている雷神に続いて、寝室の中に入って来た、ゼゴットが言った。


「クラリスタ。元に戻れてよかったカミン」


 ゼゴットの後ろから、クラリッサが姿を見せ、寝室の中に入って来る。


「ニャニャニャ。ニャニャーニャン」


「また猫になりたいって言っても、もう猫にはしないのだ。とクロモは言っているイヌン」


「クラリスタ。戻れてよかったぽにゅな」


 クラリッサ達の背後から、三つの悪魔達の声が聞こえて来た。


 この、絶妙なタイミングでの訪問と、この部屋に現れた時の、炎龍の様子と、ゼゴットが、クラちゃんが戻った事を、知ってた事から考えると、ゼゴット達絶対に、俺とクラちゃんの事、あの、なんちゃらかんちゃらっていう鏡で見てただろ。まったく、人のプライベートをなんだと思って。これは、一言文句を、いや、待てよ。ここで、何かしら、余計な事言うと、また、さっきみたいに、クラちゃんと、変に気まずく、いや、他の皆も巻き込んで、おかしな空気になるかも知れない。ここは、このまま、何も言わないで、すっとぼけて、おくか。と門大は、思うと、あ、ああ。皆、来てくれたんだ。なんていうか、心配してもらっちゃって、ありがとう。と言って、寝室の中にいる皆の顔を、顔を巡らせて見る。


「クラリスタ。あんたが猫になった元々の原因は、私にあるの。だから、クラリスタ。ごめんなさい」


 早足で、寝室の中に入って来た、キャスリーカが、クラリスタの顔を見つめて言い、頭を深く下げた。

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