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六十四 鯖の味噌煮とハンバーグ

 子猫に、先に外で待ってて。と言い、子猫が脱衣所から出たのと一緒に、脱衣所の外にホワイトボードとペンを置いた門大は、タオルと同じように、すでに用意されていた、今まで着ていたのと同じ、着物のような服に着替えると、お風呂場を片付け、使ったタオルなどを、脱衣所の中にある洗濯機の中に入れて、洗濯機を回す。


「あらら? 鼻の方は治ったけど、これは、ちょっと気を付けた方がいいかもな」


 門大は、脱衣場から外に出る時に、微かな寒気を感じ、体をぶるぶるっと震わせた。


「ミャミャ」


 子猫が、足元にあるホワイトボードを、見つめて鳴く。


「これからどうしますの?」


「なんか、お腹が減って来たような感じがするから、クラちゃんがよければ、御飯にしない?」


 門大は言い、そういえば、ここに来てから、どれくらい時間が経ったんだろう? と思うと、腕時計に目を向けた。失くしてはいけないという思いから、お風呂に入った時もしたままだったので、タオルで拭いたとはいえ、猫の毛でできている腕時計は今も湿っていて、少々、その湿り気が不快に思えていたが、そんな思いも、長針の位置を見た瞬間にあっという間に吹き飛んでしまった。


「早いな。もう、こんなに時間が経ったんだ」


 門大は、六時と九時の間の、半分くらいの位置まで来ている、長針を見つめたまま、そう呟いた。


「ミャ」


 子猫が鳴いたので、門大は子猫の方を見る。


「わたくしもお腹が空いて来ましたわ。御飯を食べるのに賛成ですわ。門大。こんなに時間が経ったんだ。とは、どういう事ですの?」


「ああ、えっと、時間の事は、ちょっとした独り言。そんな事より、御飯にするとして、食べる物とかって、どうなってるんだろうね? 冷蔵庫とかがあるのかな? って、その前に、ホワイトボードの文字を一度消そう。もう、書く場所がなくなって来ちゃってる。クラちゃんにも、一応、消し方を教えておくね。持ってるペンをちょっと貸して。ありがとう。それで、このペンの後ろに付いてる、ここで文字をこんなふうに(こす)るんだ。そうすると、これは、このボードに書く用の消えるペンだから、こんなふうに綺麗になる」


 門大は、ホワイトボードに目を転じて、文字を読んでから、言葉を出しつつ、子猫からペンを借りて、文字を消す。


「これは、面白いですわね。けれど、これならどうですの?」


 子猫が文字を書いた後に、自分の前足の毛で、ボードを擦って文字を消した。


「クラちゃん。それは、それでも、消せるけど、汚れるから、どうしても、そうしないと駄目っていう時以外は、やめた方がいいと思う」


 門大は言って、子猫の前足を着物の袖で拭く。


「門大。ごめんなさい。次からはちゃんと、このペンに、付いている物を使いますわ」


 子猫が、ミュミュン。と鳴いてから文字を書いた。


「初めて、ホワイトボードを使った時は、皆、それをやるんだ。だから、気にしないで」


「門大。そんなふうに言ってもらって、ありがとうございます」


「もう。クラちゃんは律儀でかわいいなあ」


 門大は言って、子猫の頭を一度撫でた。


「ミュフン」


 子猫が、嬉しそうに鳴き、ペン尻に付いているホワイトボードイレーザーで、書いた文字を消し始める。門大は子猫が文字を消し終わるのを待ってから、それじゃ、改めて冷蔵庫を探しに行こう。と言い、子猫を片手で抱き上げて、空いている方の手で、ホワイトボードを持ち、冷蔵庫を探しに行く。


「おっと。これだ。クラちゃん。冷蔵庫あった。キッチンも、俺の世界のと同じみたいだ。このキッチンなら、火とかすぐにつくだろうし、すぐに料理ができそう」


 冷蔵庫を見付けた門大は、言い終えると、冷蔵庫の横に並ぶようにして設置されていた、システムキッチンの調理スペースの上に子猫とホワイトボードを下ろす。


「その、冷蔵庫とは、なんですの? わたくしが乗っている、この、キッチンという物も、見た事がありませんわ」


 子猫が両前足で、抱えるようにして、持っていたペンで、ホワイトボードに文字を書く。


「俺の家にも、一応、両方ともあったんだけどね。まあ、見てたとしても、大きさとか形とかが全然違うから、分からないかな。こっちのが、冷蔵庫は立派だし、キッチンはシステムキッチンだもんな」


 門大は、苦笑しつつ言ってから、冷蔵庫とキッチンの説明を子猫にする。


「それは、凄いですわ。門大のいた世界は、なんでも便利にできていますのね」


 子猫がホワイトボードに書いた文字を見た門大は、向こうにいた時は、それが当たり前だったけど、こっちに来て生活した後で、そう言われると、本当に、その通りだって思う。と言ってから、冷蔵庫のドアを開けた。


「これは、なんていうか。凄いな。これ、全部、このまま温めればいいだけなのかな?」


 冷蔵庫の中には、何やらラベルのはってあるパッケージに包まれた、調理済みの食べ物の入ったトレイが、大量に並べられていた。


「ミュミュミャ」


 子猫が鳴いたので、門大は子猫の方を見てから、ホワイトボードに目を向ける。


「なんですの?」


「全部料理してあるみたいだから、温めるだけでいいみたい」


 門大は、そこで、言葉を切って、一番手前にあった、トレイのパッケージにはってあるラベルに書いてある文字を読む。


「これも、さっき使ったボディーソープと同じだ。ラベルに猫も食べられるって書いてある。色々な料理があるみたいだけど、クラちゃんは、何が食べたい?」


 門大は、言い終えると、ホワイトボードを見る。


「なんでもいいですわ。でも、そうですわね。なんとなく、お肉よりはお魚が食べたい気分ですわ」


「クラちゃんの元々の好みを知らないから、あれだけど、それって、やっぱり、今が猫だからなのかな」


 門大は言いながら、焼き魚定食と書かれたラベルのはられているトレイに目を向ける。


「そうかも知れませんわね。なぜか、今は、妙に、お魚に心を惹かれますの」


 ホワイトボードの上を走るペンの音を聞いた門大は、一度、ホワイトボードを見てから、また、冷蔵庫の中を見た。


「魚料理は、焼き魚に、煮魚に、後は、お刺身と天ぷらってのもある。なんか全部和食だな。クラちゃん。どんなのがいい? こっちの世界にも、お米とかはあったけど、基本的に、洋食みたいな感じの食べ物ばかりだったから、好みを言ってくれたら、それっぽいのを選んでみる」


「そうですわね。煮魚というのは、お魚を煮ている物なのですのよね? そういう物でしたら、それがいいですわ」


 ホワイトボードの文字を読んだ門大は、改めて、冷蔵庫の中身を確認した。


「煮魚は味噌味と醤油味がある。たぶん、どっちもクラちゃんが食べ事がないような、独特な味がすると思うけど、どっちがいいのかな」


 門大は子猫の方を見る。


「門大はどちらが好きですの?」


 子猫がホワイトボードにそう書いた。


「俺? 俺は、どっちも好きだけど、どうしても決めろって言われたら、味噌味の方が好きかな」


「それでは、その、味噌味でお願いしますわ」


「了解。とりあえずそれで試してもらおう。俺は、えっと、そうだな。肉料理にするかな。そうすれば、肉と魚でちょどいいしな。何がいいかな? なんか、肉料理も、俺の世界の料理っぽいのばっかりだ。これにするか」


 門大は、鯖の味噌煮定食と書かれたラベルのはられているトレイと、ハンバーグ定食と書かれたラベルのはられているトレイを手に取ると、子猫の乗っている調理スペースの所に持って行って、二つを並べて置いた。


「次は、レンジレンジっと。料理がこういうふうになってるんだから、当然、あるよな。あった。電子レンジも、高級な奴っぽい」


 子猫の乗っている調理スペースの下の部分に、システムキッチンと一体化しているかのように、はめ込まれるようにして、設置されている、電子レンジを見付けた門大は、そう言って電子レンジの蓋を開けた。


「ミュミュス」


 子猫が鳴き、ホワイトボードにペンを走らせる。


「これと、下の、それは、なんですの?」


「これは、料理と、それが入ってる入れ物。こっちの下のは、それを、まあ、それ以外の物もだけど、温めたりする機械って言えばいいのかな」


「これにお料理が入っていますのね。どんなお料理が出て来るのか楽しみですわ。そっちの機械は、不思議な物ですのね。温める為だけの機械という事ですの?」


 子猫が文字を書き、目をきらきらと輝かせながら、料理の入っているトレイ見て、それから、調理スペースの端に行って、電子レンジ見下ろす。


「温めるだけじゃないけど、ほとんど、それ(よう)って感じかな。俺のいた世界には、温めるだけで食べられる、こんな感じの調理済みの食べ物がたくさん売っててさ。そういうのを食べる時にはこの機械が凄く便利だったんだ。温める時間とかも決まってて、こういうラベルの所に、書いてあって、お。あったあった。これは、二分温めればいいみたい。って、こういう感じで、もうこの機械専用みたいな食べ物もあるくらいでさ。ああっと。そうだ。クラちゃん。クラちゃんは、先に、テーブルの方に行ってる?」


「そうなのですのね。それは、また、そう聞くと、本当に便利な食べ物と機械ですわね。そうですわね。ここにいても、わたくしができる事はなそうですし。食べ物を運ぶ時に邪魔になっても困りますし。門大。ごめんなさい。わたくしも何か手伝えればいいのですけれども」


「クラちゃん。いいのいいの。ただ温めるだけだし、俺は、今、こういう事をするのを、楽しんでるんだから。でも、料理は、しなくてよかったかも。自慢じゃないけど、俺、自分で作った料理を自分で食べておいしいって思った事がない」


 門大は、わざと顔をしかめてみせる。


「お料理は、そうですわね。実は、わたくしも、お料理は、あまり、得意ではないのですの。あ、あの、いえ、門大が作って欲しいと言うのならば、わたくしは、どんな事をしてでも、門大のお口に合うお料理を作るつもりですわ。けれども、剣術などに比べると、お料理の腕は、かなり、劣りますの」


 子猫が、そう書いたが、文章の最後の方の文字が、消え入るように小さくなっていっていた。


「クラちゃんが作ってくれる料理なら、俺はなんでも喜んで食べるよ。きっとなんだっておいしいって思うと思う」


「昔、お魚を焼こうとして爆発させて、(かまど)を壊してしまったり、お野菜を切ろうとして、調理場の台ごと切ってしまった事があったのですけれども、大丈夫ですわ。そんなふうに言ってもらえるならば、わたくし、いつでも、覚悟を決めてお料理をしますわ」


「あ、う、うん。そ、そうだね。その時は、ぜひ」


 門大は、クラちゃんに料理を頼むのは、余程の事がない限りは、やめておこう。と心に決めつつ、子猫とホワイトボードを、システムキッチンの向かい側にあるテーブルの上に移してから、料理の入ったトレイを一つ手に取って、電子レンジの操作方法の確認を始めた。

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