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六十一 バスタイム

 門大は、子猫を脱衣所の床の上に下ろすと、お風呂場のドアを開ける。


「おお。給湯器のリモコンがある。これはラッキーかも。王都は薪を燃やしてたもんな」


 門大は、誰に言うともなく呟きながら、浴槽にお湯を張る為に、給湯器のリモコンをいじり始めた。


「ミャーン」


 子猫が、きょろきょろと、周囲を見回しながら、お風呂場の中に入って来る。


「ちょっと待ってて。今、浴槽にお湯を入れ始めたから」


「ミャミュ?」 


 子猫が首を傾げる。


「えーと、今やった事の説明を、すればいいのかな?」


「ミュフ」


 子猫が頷いた。


「このお風呂は俺の世界にあったお風呂と、同じ物みたいなんだ。火とかは勝手について、お湯もすぐに使えるようになる。だから、俺達は、このリモコンって物をちょちょっといじって、後は、待ってるだけ」


「ミャー」


 子猫が浴槽に近付いて行く。


「中を見てみる?」


「ミュ」


 門大は子猫を持ち上げて、浴槽の中を見せる。


「まあ、そうは言っても、ここの浴槽部分は、ただの浴槽だから、何かがあるってわけじゃないんだけどね」


「ミャミャミャミャミュミュ」


 子猫が嬉しそうな鳴き声を上げた。


「どうしたの? お湯が出て来るのを見てたら、お風呂が楽しみになって来た?」


「ミャッミャッミュ」


 子猫が、歌うように鳴いて、頷いた。


「かわいいな。もう」


 門大は子猫の頭を優しく撫でる。


「ミュミューン」


 子猫がくすぐったそうな顔をしつつ、また鳴いた。


 門大と子猫がじゃれ合っている、ほんの僅かな時間の間に、浴槽の中のお湯が、ある程度の高さまで、あっという間に、溜まっていく。


「この設備、早いな。けど、クラちゃんの体の大きさの事もあるから、なんかあっても困るか。あんまりお湯は多くなくってもいいな。お湯の量はこのくらいにしておこう。これで、すぐに、お湯に浸かれるけど、その前に」


 門大は、言って、給湯器のリモコンをいじり、浴槽に注がれていたお湯を止めると、お風呂場の中を見回した。


「ボディーソープとシャンプーとかもあるな。シャワーもちゃんとあるし。これなら、クラちゃんを洗うのも簡単そうだ」


「ミャミャミャ」


 子猫が鳴いて首を左右に振った。


「うん? 洗われるのが嫌って事?」


「ミュン」


 子猫がまた首を左右に振る。


「うーん。どうしようか。ごめん。ちょっと、分からない。とりあえず、クラちゃんを洗う時は、クラちゃんの好きにしてみる?」


 門大は、しばしの間、考えてから、そう言った。


「ミュミュ」


 子猫が鳴いて頷く。


 門大は、子猫をお風呂場のタイルの床の上に下ろすと、シャワーに目を向ける。


「クラちゃん。じゃあ、今から、早速、クラちゃんの体を洗おうと思うけど、他の事はともかく、お湯をかけるのは、何かあったら危ないから、俺がやる。それで、一応、体にかける前に、足の先にお湯を当ててみるから、温度がいいかどうか確認して」


「ミュウ」


 子猫が片方の前足を前に出した。門大は、シャワーのお湯を出し、自身の手で一度温度を確認してから、子猫の前足にお湯を当てる。


「ミュフン」


 子猫が目を輝かせながら頷く。


「ちょうどいいって事かな。じゃあ、次は、こっちの用意だけを、しておいて、と」


 門大はシャワーの向きを変え、お湯が子猫に当たらないようしながら言い、ボディーソープの容器を手に取る。


「あ。ちょっと待った。これ、クラちゃんに使って平気なのかな。猫用とかは、置いてないよな?」


 門大は、言ってから、もう一度、ボディーソープの容器が置いてあった場所を見た。


「ないみたいだな。これは、使えるのかな」


 クラちゃんの体を洗う前に気が付いてよかった。と思いながら、門大は、ボディーソープのラベルに、何か注意書きなどがないかどうかを、確認する。


「なんだこれ。さすがにこの注意書きは、おかしいだろ。きっとゼゴットが、俺とクラちゃんの為に用意しくれたんだろうな。これ、ここに、猫でも平気って書いてある」


「ミャミャ」


 子猫が鳴き、ボディーソープの容器に向かって、お湯に濡れた方の前足の先を向けた。


「自分でやる?」


「ミュ」


 子猫が頷く。


「ちょっと待ってね。その前に、体をざっとお湯だけで一度洗っちゃおう。それが終わったら、これ、ボディーソープ、あっと、石鹸の出番」


 門大は、自身の傍らにボディーソープの容器を置くと、子猫の全身にお湯をかけられるようにと、少し高めの位置から、シャワーのお湯を子猫の足元に向ける。


「ミャンス」


 子猫が、シャワーのお湯の中に、頭から飛び込むようにして入る。


「おわっ。クラちゃん。もっと、そっと、少しずつでいいんじゃない? 耳の中とか、水が入っちゃいけないって言うし」


「ミャン?」


 子猫が鳴いて、体の向きを変えて門大の方を向き、頭だけをシャワーのお湯の中から出した。


「うん。まあ、それでもいいと、思うけど。耳の中、大丈夫?」


「ミャス」


 子猫が鳴いて頷いた。


「それならよかった。じゃあ、次は、手で触って、もう少ししっかりと、体を洗っちゃおうと思うけど、いい?」


「ミャフ」


 子猫が、顔を左右に振り、お座りをすると、両方の前足を使って、自分の体を洗い始める。


「凄いな。器用だね。クラちゃん」


「ミュミャ」


子猫が鳴いて、自分の体を洗い続けるが、背中やお尻の後の方には、前足がとどかなかった。


「クラちゃん。手伝っていい?」


「ミュ」


 子猫が、首を左右に振り、姿勢を変えたり、尻尾を使ったりして、自分でなんとかしようとする。


「ミューン」


 しばらくの間、頑張っていた子猫だったが、自分では、洗う事ができないと悟ったのか、門大の方に顔を向けると、しょんぼりとした顔をして鳴いた。


「クラちゃんの毛の手触りを、堪能させてもらうぜ」


 門大は冗談めかしてそう言った。


「ミュミュン」


 子猫が、どうぞ。というように、門大に背中を向けて来る。


「いやいやいや。クラちゃん。そこは嫌がってくれないと。なんか、俺が変態みたいになるから」


「ミュンミュン」


 子猫が振り向いて門大の顔を見る。子猫の目はじとーっとした目付きになっていた。


「ク、クラちゃん。そんな目で見ないで」


「ミュミュミュ」


 子猫が鳴いて、目付きをいつもの目付きに戻した。


「じゃあ、今から、洗わせていただきます」


「ミュンス」


 子猫が頷いたのを見てから、門大は、子猫の体を撫でるようにして洗い始める。


「よし。とりあえず、こんなもんかな。クラちゃん。お湯だけで洗うのは、これくらいにして、次は、ボディーソープを使うけどいいかな?」


 子猫の体を、一通り洗い終えた、門大は、言って、シャワーを止めてから、浴槽の中に沈めるようにして、シャワーを置くと、ボディーソープの容器に、目を向けた。

 

「ミャッミャッ」


 子猫がボディーソープの容器を見つめて鳴く。


「うん。自分でやるって事だよね?」

 

 門大は、ボディーソープの容器を子猫の体の前に置く。


「ミュミャミュ」


 子猫が、ボディーソープの容器を見つめつつ、ボディソープの容器の周りを、くるくると歩き回り始めた。


「ごめん。使い方、教えてなかった。ここの上の部分を押すんだ。ポンプになってて、この先の部分から、ボディソープ、えっと、石鹸なんだけど、液状の石鹸って言えばいいのかな? そういうのが出て来る」


「ミャミュ? ミャッフン」


 子猫が後足だけで立ち上がり、両方の前足を使って、ボディソープを出そうとするが、ボディソープの容器の底が滑ってしまい、ボディソープの容器が倒れた。


「クラちゃん。大丈夫? どこか、ぶつけたりしてない? ごめん。俺が容器の下の部分を、押さえておけばよかった」


「ミュ」


 子猫が、鳴きながら、頷いてから、ミュミュミュン。と鳴きつつ、首を左右に振って、倒れたボディーソープの容器を起こそうとしはじめる。


 門大は、咄嗟に、ボディーソープの容器に向かって、手を伸ばしたが、どうしよう? いきなり手伝ったら、クラちゃんが嫌がるかな。なんでも自分でやろうとしてるもんな。さっきの、ボディーソープの容器を押さえてあげてなかった事があるから、凄く手伝ってあげたいけど、クラちゃんが手伝って欲しくないって思ってたとしたら、邪魔しちゃう事になる。と思うと、伸ばしていた手を途中で止めてしまった。


「ミュミュミュー」


 ボディーソープの容器を、起こす事ができなかった子猫が、しょんぼりとした様子で、ボディソープの容器の前にお座りをすると、門大の方に顔を向けて鳴いた。


「あのさ、クラちゃん。そんなに落ち込まなくたっていいと思う。今は、しょうがないんだから」 


「ミュウウゥ」


 子猫が顔を俯ける。


「ほら。クラちゃん。そんな顔しないで。的外れな事言ってたら、恥ずかしいんだけど、クラちゃんが、もし、俺に、自分の世話をさせる事が、悪いと思ってるなら、それは違う。俺は、クラちゃんの世話を、したいって思ってるんだ。だから、俺、今、こんなふうにクラちゃんの世話ができて、凄く嬉しいんだ。だって、戦いの時とか、流刑地に行ったばっかりの時とか、他にも、そもそも、俺達が流刑地に行ったのだって、あの時、クラちゃんが撃たれたのだって、全部、俺のせいなんだ。だから、クラちゃんには、迷惑をかけたり、世話になってばっかりなんだから。それに、今のクラちゃんは子猫だし。俺、結構、猫が好きだし。だから、変な言い方になっちゃうけど、こういう事は、クラちゃんの世話を、できるって事は、凄く嬉しいし楽しい」


 門大は言って、ボディーソープの容器を起こした。


「ミャミュミュ」


 子猫が顔を上げ、門大の目をじっと見つめてから、鳴いた。


「それじゃあ、仕切り直し。自分で洗う? それとも、俺がやってもいい? あんなふうに言ったばっかりだけど、クラちゃんの好きにしていいんだよ」


「ミャン」


 子猫が背中を門大に向ける。


「えっと、それは、洗って、いいって、事だよね?」


「ミュン」


 子猫が頷いた。


「じゃあ、洗うね。かゆい所とかあったら、鳴いて教えて」


 門大は言ってから、子猫の体を洗い始める。


「うん。綺麗になってる。クラちゃんの毛は、凄く柔らかくって、触ってて気持ちいい」


「ミュウゥ」


 時折、そんなふうに、鳴き声と言葉を交わしつつ、子猫の体を洗い終えると、門大はシャワーを手に取った。


「一応、全身洗い終わったけど、流していい?」


「ミャフン」


 子猫が頷いたので、門大は、シャワーからお湯を出し、そのお湯を子猫にかけていく。


「どう? 気持ちいい?」


「ミュウウーン」


 子猫が目を細める。


「凄く気持ちよさそう」


 子猫の体を流し終えると、門大は、シャワーのお湯を止めて、シャワーをシャワーホルダーにかけた。


「じゃあ、お湯に浸かろっか」


 門大は言って、子猫を抱き上げる。


「ミュウゥゥ?」


 子猫が、門大の、胸の辺りを、じっと見つめて鳴きつつ、首を傾げる。


「ん? なんだろ? あ、ああ。これ? この着物みたいなのを、着てるからかな?」


 門大の言葉を聞いた子猫が頷く。


「いいのいいの。俺は今は入らないから。さすがに、いくらクラちゃんが子猫になってても、俺が裸になって一緒にお風呂に入るのは、ちょっとと思って。クラちゃんのお風呂が終わってから、俺は一人で入るつもりだから」


「ミャミャミャウ」


 子猫が、門大の着ている着物のような物の布地に、爪を立てる。


「え? 何? どうしたの?」


「ミュウーウ」


 子猫が布地を引っ張り始める。


「切れちゃうから。クラちゃん。ちょっと」


「ミュウゥゥーウゥ」


 子猫は力を緩めるどころか、引っ張る力を強くする。


「ク、クラちゃん? これって、まさか、脱げって、事?」


「ミャン」


「いやいやいや。そんなに勢いよく頷かれても」


「ミャミャミュミュフ。ミャンッミャミュミュミャ」


 子猫が、何かを、伝えようとしているかのように、鳴く。


 門大は、子猫の顔を見つめ、子猫が何を言わんとしているのかを、考える。


「えっと、一緒に、お風呂に入れって、事、かな?」


「ミャンッ」


 子猫が大きく頷いた。


「分かった。じゃあ、このままでいい? やっぱり服を脱ぐのは、俺もなんていうか、恥ずかしいし」


「ミャフウゥー」


 子猫が睨むように目を細める。


「え? クラちゃん? ちょっと、目が、怖いんだけど?」


「ミャフミャンミャミュミュ」


 子猫がまた布地を引っ張り始める。


「分かった。分かったよ。じゃあ、一度、外に行って脱いで来るから。そしたら一緒に入ろう」


「ミャン」


 子猫が爪を引っ込める。


「じゃあ、待ってて」


 門大は、お風呂場のタイルの床の上に子猫を下ろすと、急いでお風呂場から出て脱衣所に行く。


「小さいタオルとか、バスタオルの場所とか、さっき見てなかったから、見て来たけど、ちゃんと全部用意してあった」


 そう言いながら、すぐにお風呂場の中に戻った門大を見て、子猫が、慌てた様子で両目をぎゅっと閉じた。


「大丈夫。肝心な所はタオルで隠してあるから」


「ミャ?」


 子猫が両目を開ける。


「いや、でも、なんていうか、そんなに、見つめなくても、いいと、思う」


「ミャ? ミャミャンミュミュス」


 子猫が激しく首を左右に振った。


「もう。一々(いちいち)リアクションがかわいいな。クラちゃんは」


 門大は言って、子猫を抱き上げる。


「よし。じゃあ、お湯に入ろう」


 門大は、浴槽に片足を入れようとしたが、自身の体をまだ洗ってなかった事に気が付くと、浴槽に入れようとしていた足の動きを止めた。


「クラちゃん。ごめん。お湯に浸かるのは、もうちょっと待ってもらっていいかな? 俺、まだ、体を洗ってなかった」


「ミャミャン」


 子猫が頷いた。


「ああ。でも、そのままじゃ、あれだ。さっきからそのままだから、体が冷えちゃうかな」


 門大は、お風呂場の中を見回し、洗面器を見付けると、すぐに取りに行く。


「この中に、お湯を入れて。この中で、ちょっと待ってて。すぐに終わらせるから。俺、洗うの早いから」


 門大は、子猫を洗面器の中に入れ、急いで頭と体を洗った。


「よし。じゃあ、改めて、入りますか?」


「ミャス」


 子猫が頷いたのを見てから、門大は、子猫を抱き上げると、浴槽の中に入った。


「あー。気持ちいいなー、これー。生き返るうぅぅ」


 門大は、お湯に浸かって行きながら、唸るように声を上げた。


「ミャッフイィィィ」


 子猫も唸るように鳴く。


「気持ちいいねー」

 

 門大は、子猫の顔を見つめてそう言った。


「ミャムー」


「もうずっと、このままでもいいねー」


「ミャムウゥゥ」


「あーうー」


「ミュウゥゥゥゥ」


「クラちゃんって、意外と、オヤジっぽい所あるんだね」


 門大は親近感を込めて言った。


「ミャフミャフミャフス」


「ぎゃあああああ」


 子猫が、オヤジっぽいとはどういう事ですの? と言わんばかりに、容赦のかけらもなく、三段攻撃をした。

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