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五十八 救いの手

 ゼゴットが言葉を発してから、どれくらいの時間が経ったのか。鏡の中の子猫、クラリスタは、鳴き止み、鏡の中に最初に映った時のような、放心したような様子で、お座りをしているという姿になっていた。


「門大。大丈夫かの?」


 ゼゴットが門大の傍に来て、気遣うように言った。


「俺は、俺は、あんな、クラちゃんを、あんな姿にしてしまって。クラちゃんの傍にいられない事が、こんなにも、辛い事だなんて、思ってもいなかった」


 門大は、クラリスタの姿を見つめたまま、涙を両手で拭いながら言う。


「門大。もしもの話じゃがな。もしも、今、門大のしたい事が、なんでもできるとしたら、門大は何がしたいと思うのじゃ?」


 ゼゴットが言って、門大の肩に、そっと片手を添えるようにして置いた。


「クラちゃんの、傍に行きたい。行って、謝りたい」


「それは、大切な事じゃな。じゃが、門大。ちいっと、きつい事を言うようじゃが、門大は、クラリスタが、今、どれほど傷付いているか分かっているのかの? このままにしておいたら、クラリスタは、自殺するじゃろうの。己が、猫になって、門大から逃げたばかりに、門大が死んだのじゃからな」


「自殺? それは、駄目だ」


「門大の、クラリスタを思う気持ちは立派じゃし、とても尊い物じゃとわしは思う。じゃがな。言い方が難しいのじゃが、たとえ、どんなに惨めになっても、どんなに辛くっても、どんなに自分の心を殺してでも、生きなければならない時もあるのじゃ。ツルギアラシが現れた時は、何かを考えて、判断をする時間もなかったじゃろう。門大にとれる手段も何もなかったのかも知れないのじゃ。じゃけどの。死ぬべきではなかったのじゃ。感情に任せて行動するべきではなかったのじゃ。もちろん。門大の気持ちも分かっているつもりなのじゃ。それでも、わしは、そう思うのじゃ」


 門大は、床の上に付けている両手で、ぐっと拳を握る。


「ゼゴット。ゼゴットの言う通りだ。俺は、浅はかだった。もっと、慎重に、死なないように、クラちゃんの事を考えて、行動するべきだった。でも、ゼゴット。クラちゃんだけは、また、こんな事を言ったら、君は、怒るかも知れないけど、クラちゃんだけは、クラちゃんの事は、助けてあげて欲しい。クラちゃんに、君のせいじゃないって、自殺なんてしなくてもいいって、伝えて下さい」


 門大は、言って、額を、再び、床に付けた。


「門大。頭を上げるのじゃ。かわいそうじゃが、もう、どうしようもないのじゃ」


「そんな。ゼゴット」


「門大。冷たいようじゃがの。死んでしまって、クラリスタの傍にいられない門大には何もできないのじゃ。本来なら、こんなふうに、わしと、話す事もできないのじゃ。これらの事は、すべて、己のせいなのじゃ。どんな時でも、諦めないで、足掻(あが)いて、考えて、最後の最後まで、冷静に、落ち着いて、行動するべきだったのじゃ」


 ゼゴットが、門大の言葉を、遮るようにして言った。


 門大は、頭を上げると、まだ、肩の上に置かれていたゼゴットの手を両手で握る。


「ゼゴット。頼む。お願いします。クラちゃんを死なせないでくれ。確かに、もう、俺には、直接、クラちゃんに何かをしてあげる事はできないのかも知れない。でも、今、こうやって、ゼゴットと話をしてる。他の、人達、他の、生き物達だったら、こんなふうに、神様であるゼゴットと話をする機会はなかったのかも知れない。でも、今の俺には、そんな機会がある。こんな事を言うのは、卑怯かも知れない。けど、さっき、ゼゴットが言ってくれたじゃないか。諦めないで、足掻けって。だから、俺は、ゼゴットが、うんって、言ってくれるまで、お願いし続ける」


 ゼゴットが何も言葉を返さず、二人の間に、沈黙が、訪れる。


 鏡の中の子猫が、ミャーン。と鳴いてから、立ち上がった。


「このままにしておいたら、クラリスタは、本当に死んでしまうの。まったく、二人揃って、困った者達なのじゃ」


 ゼゴットが言い、自分の片手を握る、門大の両手の上に、もう片方の自分の手をのせる。


「温かい手じゃな。わしを一度、窮地(きゅうち)から救ってくれた、手の感触じゃ。わしは、嬉しかった。キャスリーカやクラリッサを、あれほどまでに、追い詰めてしまった、わしを、助けてくれる者がいるとは、思ってもいなかったのじゃ。今のわしがあるのは、門大のお陰じゃ。門大。一度だけじゃぞ。もう、今後は、二度と、チャンスは、ないと思うのじゃぞ」


「ゼゴット? それって?」


「む、むう。凄く嬉しそうな顔なのじゃ。なんだか、面白くなくなって来たのじゃ。やっぱり、やめようかの」


 ゼゴットがぷいっと横を向く。


「え、ちょ、ゼゴット?」


「わしだって女子(おなご)なんじゃからな。あんなふうにわしの心を波立てて行ったくせに、許せないのじゃ」


 ゼゴットが小さな声で、何事かを、ごにょごにょと言った。


「ごめん。何言ってるか聞こえなかった。もう一度、言ってくれないか?」


「ふんっ。ごめんじゃないのじゃ。絶対に言わないのじゃ。むうー。これは、ええっと、あれじゃな。何かしらのペナルティを()さないと駄目じゃな」


「ペナルティ? 分かった。なんでも、いや、俺のできる範囲の事なら、なんでもする」


「い、今、なんでもするって言ったのじゃ?」


「ああ。言った。なんでも言ってくれ」


「ムフーン。ムフーン」


 ゼゴットの鼻息が荒くなる。


「ゼ、ゼゴット?」


「な、なんでもないのじゃ。分かったのじゃ。その件は、また、今度じゃ。今は、門大の気持ちを大事しないといけないからの。まずは、クラリスタをなんとかして来る事が先決じゃ」


 ゼゴットが、門大の肩から自身の手を引くと、門大から少し離れた。


「よいか、門大。これから、門大を生き返らせるのじゃ。生き返ったら、試練の残りの日数、二日間を、クラリスタとともに、わしが用意する、一つの家の中で過ごすのじゃ。その二日の間に、クラリスタの自殺を止めて、クラリスタと仲直りをして、それから、クラリスタが、人の姿に戻りたいと思うようにするのじゃ」


「ゼゴット。ありがとう。でも、それだけじゃ、クラちゃんは、元には戻らないんじゃないか? クラちゃんを探すっていう試練を、俺は、乗り越えられてない」


「形はどうあれ、門大は、今、クラリスタを捕まえているからの。ある意味達成したといっていいじゃろ」


「そうか。ありがとう。それでいいなら、よかった。残りの事、クラちゃんと自分の為に、頑張ってみる」


 ゼゴットが、優しい笑みを顔に浮かべる。


「あんまり頑張らなくてもいいのじゃ。会うだけできっと大丈夫じゃ」


「そうだったらいいけど。さっき、ゼゴットが、クラちゃんが傷付いてるって、教えてくれたから。俺も、凄く傷付けたって、思うし。俺が、悪いから。俺が、死んだりしなければ、よかったんだから」


「そんなに自分を責める事はないのじゃ。今までのは、あえて、きつく言っていたのじゃ。門大を生き返らせて、クラリスタの元に送る事も、最初からできたのじゃが、それも、わざと、できないと、思わせるようにしていたのじゃ。こんな事をして、本当に、すまなかったの。じゃが、門大は、人間じゃからな。あっけなく死んでしまう事があるのじゃ。これは、試練の、本来のシナリオにはなかった事なのじゃが、門大は、死んでしまったからの。じゃから、門大が死んでしまったらどうなるのかという事と、これからは、どんな時でも、自分の命を大事にしなければいけないという事を、学んで欲しかったのじゃ」


「ゼゴット。凄く、いい勉強になった。ありがとう」


 門大は言って、頭を下げる。


「門大。頭を上げるのじゃ。頭を上げたら、立ち上がるのじゃ。そうしたら、すぐに、クラリスタと会えるのじゃ」


 ゼゴットが言った。

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