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五十二 すれ違い

 門大は、ニッケの姿をじっと見つめた。


「何を見てるぽにゅ?」


 ニッケが門大の方に顔を向ける。


「なんでもない」


 あのニッケの寂しそうな顔を見たか? 俺は何をやってんだ? もしも、クラちゃんと、このまま、喧嘩になったりして、それで、別れるなんて事になったら。別に浮気なんてしてないんだ。ただ、今は何も言えないだけだ。それに、変に迫られたけど、迫られてたって、俺は、なんとも思ってない。動揺してる場合じゃない。なんで、あの時、嘘なんて吐いちゃったんだろ。もっと、よく考えればよかった。あの嘘のせいもあって、さっきから、俺の態度は明らかに変だ。このままじゃ、駄目だ。絶対によくない。と門大は思うと、クラリスタの顔を見てから、クラリスタの名前を呼んだ。


「なんですの?」


 そう言った、クラリスタの表情や、言葉の抑揚は、いつものクラリスタのものとは違って、どこか、硬い感じのするものだった。


「大丈夫だから。浮気とかそんな事、絶対にしないから。だから、心配はいらないから」


「分かっていますわ。門大は、そんな事は絶対にしませんわ」


 クラリスタが言って、微かに目を伏せる。


「けれど、何か、言えない事があるのではないのですの? 言えないなら、言えないで、仕方がないとは、思いますけれど」


「クラちゃん。……ごめん」


 ここまでか。どうしようもない。何も言えないんだ。今は、何もできない。他にできる事なんて、ないよな? と門大は思い、顔を俯ける。


「門大。ごめんなさい。わたくしなら、平気ですわ。こんな事では、駄目ですわね。わたくし、こういう事が、こういう、門大とわたくしの間に、何かが、ある度に思っていましたの。今度、何かあっても門大を怒ったり、変な態度をしたりしないようにしようって。いつものわたくしのままで接しようって。でも、やっぱり、全然できていませんわね」


 クラリスタが言って、弱々しく、どことなく、寂しそうに、微笑んだ。


「クラちゃん。ごめん。ありがとう。大丈夫だから。俺が全部悪いんだ。クラちゃんは、そのままで、いつもの、怒ったり、態度が変わったりしちゃう、クラちゃんでいてくれていいから」


「ちょっと、あんた達、何してんの? 早くこっちに来なさいよ」


 キャスリーカの声が、聞こえて来る。


「門大。ありがとうございます」


 クラリスタが、まだ、どこか、ぎこちないが、先ほどよりも、自然な感じで微笑んでから、ゆっくりと、歩き出した。


「クラちゃん」


 門大は、呟くように言い、キャスリーカの声のした方向に顔を向ける。門大のいる所から、十数メートル先に、炎龍と雷神が並んで立っていて、その前に、炎龍達と向かい合うようにして、キャスリーカとクラリッサが並んで立っているのが見える。門大は、炎龍の姿を見つめると、嬉しくなって、思わず、微笑んだ。炎龍だ。炎龍がいる。炎龍に話を聞けば、どうなってるかが分かる。それが分かれば、クラちゃんに、すぐにでも全部話せるかも知れない。そうすれば、全部解決だ。と門大は思った。


「神龍人が、もう、違ったぽにゅ。人の雄が、浮気をしてるっぽいぽにゅよ」


 ニッケが言った。


「何よ。ニッケ、唐突に。石元門大が浮気? まさか、そんな事あるわけないでしょ。でも、あれね。ちょっと面白そうね。一応聞いておくわ。誰となのよ?」


 キャスリーカが、言葉を出しつつ、まったく、ニッケは、変な事をすぐに言うんだから。と表情で言いながら、門大の方を見る。


「お兄にゃふが浮気カミン? ニッケ。何を言い出すカミンか。そんな事、あるはずないカミンよ」


 クラリッサが言って、やれやれというようなポーズをとる。


「意外と信頼が厚いぽにゅな。けど、ニッケはかなり怪しいと思ってるぽにゅよ。ニッケ的には、相手は、炎龍だと思うぽにゅよ。クラリスタが、炎龍と人の雄が、意識の中で会話をしていたって言った辺りから、特に、人の雄の態度がおかしくなってたぽにゅから」


 クラリッサが、門大と炎龍の顔を交互に見る。


「そんな、カミン。まさか、この状況で、そんな事はありえない、はうわっ。この状況で? この状況だから、こそ、カミンか。炎龍なら、あり得る、カミンね。炎龍。まだ、僕達に何か隠してる事があるカミン?」


「余は、余は、何も、してはいないぞ」


「ほほうぽにゅ。あれが炎龍の今の姿ぽにゅねえ。炎龍があんな姿になってるとはぽにゅ。なるほどぽにゅ。さっき、炎龍のいる方を見た瞬間、人の雄は、凄く嬉しそうに微笑んでたぽにゅ」


「ニッケ。何言ってんだ。もう変な事言うなよ。あれは、違う。そういう意味じゃないんだ。と、とにかく、あれだ。いい加減にしないと、お、おお、怒るぞ」


 ニッケの言葉を聞いた門大は、言いながら、クラリスタの顔を見た。


「門大。大丈夫ですわ。わたくしは、何も気にしてはいませんわ」


 クラリスタが、言って、微笑むが、その微笑みは、(さき)の微笑みよりも、その前に微笑んだ時のように、また、弱々しく、どことなく、寂しそうなものに戻っていた。


「クラリスタは健気ぽにゅな。ニッケが悪かったぽにゅ。けど、嬉しそうに微笑んでたのは本当ぽにゅよ。けど、けど、もう茶化すような事は言わないぽにゅよ」


 ニッケが言って、キャスリーカ達の方に向かって歩き出した。


 ニッケに続いて歩き出した、クラリスタの後ろ姿を目で追いつつ、クラちゃん。俺の為に、いつもと変わらない、いつもと同じような態度でいようとしてくれてるのは、凄く嬉しいけど、なんていうか、それって、逆にきつい。怒ってくれたり、態度を変えて責めたてくれたりした方が、全然いい。門大は、そんな事を思い、苦悩しながら、歩き出す。


 炎龍達とキャスリーカ達の傍まで行った、門大は、足を止めると、炎龍の目を見つめた。キャスリーカ達がすぐ近くにいる。この状況で、どうやって、皆に話の内容を聞かれないように、炎龍と話をすればいいんだ? 炎龍の目を見つめたまま、門大はそう思った。


「目が覚めたようだのう」


 炎龍が門大の目を見つめ返して言う。


「炎龍。お兄にゃふとの話は後にするカミン。僕は騙されないカミンよ。何があったカミン? 僕の勘がまた告げ始めてるカミンよ。炎龍。何かまだ隠してるカミンね?」


「炎龍。クラリッサは、こう言ってるけど、どうなのよ?」


 キャスリーカが、炎龍を睨んで言う。


「余は、余は、すべて話したぞ。抗う小さき者の雄よ。余と汝との間には何もなかったよのう?」


 門大は、何を、俺に聞いてんだ。何も話すなって言ったのはお前だぞ。どう答えればいいんだよ。と思い、言葉を返す事ができなかった。


「ニャー!! ニャニャニャニャニャニャニャ!!!」


「嘘? これ絶対に何かある奴だ。本当に浮気とかしてるの? とクロモは言ってるイヌン。ハガネも、これは何かあると思うイヌンよ」


「石元門大の今の反応は、確かに、不自然で、何かありそうに思えるけど」


 キャスリーカが言って、何事かを考えているような顔をする。


「とりあえず、炎龍は全部言ったって言ってるんだから、炎龍にはこれ以上聞かなくていいと思うわ。石元門大だけに聞きましょ」


 キャスリーカが、何事かを考えているような顔から、真面目な顔になると、そう言った。


「ないとは思うぽにゅけど、話の途中で逃亡されても困るぽにゅ。念の為に拘束させてもらうぽにゅ」


 ニッケが、門大の体を、自身が歩くのに使っている、二本の足以外の四本の足で、背後から抱き締めるようにして掴む。


「なんだか、あまり穏やかな雰囲気ではないようなのじゃ。何を、始める気なのじゃ?」


 ゼゴットが皆の顔を見回して言った。


「そうね。尋問、かな?」


「尋問、なのじゃ?」


 キャスリーカの言葉を聞いたゼゴットが目を丸くする。


「クラリスタ。こっちに来て」


「なんですの?」


 クラリスタが、キャスリーカの傍に行った。


「あんた、どう思う?」


「わたくしは、浮気なんて疑っては、いませんわ。ただ、何かしらの、事情があるとは、思っていますわ。けれど、門大の事ですわ。きっと、話せる時が来たら、すぐに話してくれるはずですわ。話せないという事は何か、理由が、話せない理由があるのですわ。ですから、尋問なんてしなくてもいいですわ」


 キャスリーカが門大の方に顔を向ける。


「クラリスタは、ああ言ってるけど、私は、この事に関しては、ニッケの話を最初に聞いた時は、面白半分だったけど、今は、あんたには、悪いけど、真面目に、とことん追求しようって思ってる。あんたとクラリスタの為と、炎龍の事を、しっかりと信用できるようにする為にね。で、石元門大、あんた、何を隠してるの? 早く言った方がいいわよ」


 門大は、何も言わずに、キャスリーカの顔から視線を外すと、炎龍の方に目を向けた。門大の視線に気付いた炎龍が、無言のまま、頭を嫌々をするように左右にふるふると振った。


 なんだ? あれは、何も言うなって事か? と門大は炎龍の仕草を見て思う。


「ニャニャニャニャナーオ」


「炎龍と門大がアイコンタクトしてる。これは、別々にしないと、隔離しないと駄目だ。とクロモは言ってるイヌン」


「アイコンタクト?」


 キャスリーカが呟くように言う。


「わしは、どうすればいいのかの? 浮気はともかく、炎龍は意識の中で、わしとの事、転生の事を、門大に話しているしの。今のこの尋問の件には、それらの事も、関係してるかも知れないと、わしは、思うのじゃが、どうなのかの?」


 ゼゴットがおろおろしながら、心配そうな顔で、門大を見つつ言う。


「ゼゴット。大丈夫カミンよ。もう、ゼゴットの事を、僕達を転生させてた事で、責める気はないカミン。お兄にゃふが、その事で、炎龍と何かしらの話をしてたとしても、今は、その事は関係ないカミン。お兄にゃふを、その事で、責める気もないカミンよ。今はあくまでも、お兄にゃふと炎龍との関係の事を聞こうとしてるカミン。あの事、転生の事に関しては、僕も、キャスリーカも、もう、気がすんだカミン」


 クラリッサが言い、キャスリーカの方に顔を向ける。


「ゼゴット。あんたに散々酷い事をして、こんな事は言うのは、本当に虫がいいって、思うけど、あんたが、許してくれるなら、また、前みたいに、仲良くできたら嬉しい」


 キャスリーカがそこまで言って、言葉を一度切り、本当にごめんなさい。と言葉を足してから、頭を深く深く下げた。


「そうだったカミンね。気がすんだなんて、偉そうに、勝手に納得してるような事を言ってごめなさいカミン。まだ、ゼゴットの事を殺そうとしてた事を、謝ってなかったカミンね。許してくれないかも知れないけど、できれば、僕も、前みたいに仲良くなれたら、凄く嬉しいと思うカミン。ゼゴット。酷い事をしてしまって、本当にごめんなさいカミン」


 クラリッサも頭を深々と下げる。


「頭を上げるのじゃ。悪いのは、わしの方なのじゃ。わしこそ、ごめんなさいなのじゃ」


 ゼゴットも頭を深々と下げた。


「じゃあ、仲直りしてくれる、カミン?」


 クラリッサが頭を上げて言った。


「炎龍の転生の事も、皆の転生の事も、わしの事も、本当に、これで、いいのかの?」

 

 ゼゴットも頭を上げる。


「炎龍自身がああ言ってる事カミン。炎龍は、たまに、無茶苦茶な事をするけど、義理人情に厚くって、そんでもって、凄く頑固カミン。この手の事を一度言い出したら、もう、絶対に何を言っても聞かないカミンよ。いつか、炎龍が転生に疲れて、悩んだり困ったりするようになるまでは、とりあえずこれでいいと思うカミン。だから、ゼゴットがいいなら、それで全部解決カミン。僕は、それでいいカミン」


「私も、それでいい。私達は、やりたい事はやったんだし」


 キャスリーカも頭を上げ、真摯(しんし)な目をゼゴットに向けた。


「二人とも。わしと、また、仲良くして欲しいのじゃ」


「もちろんカミン」


「ありがとう。ゼゴット」


 クラリッサとキャスリーカが言い、三人が抱き締め合う。


「抗う小さきの者の雄よ。石元門大よ。よくやったのう。よくあそこで黙っておったのう。今のうちに、話を合わせるのだ。話していい事もあるのだ」


 炎龍がすすっと歩いて、門大の傍に来て小声で言う。


「ちょっと。あんた、何やってんの?」


 キャスリーカが、クラリッサとゼゴットから離れ、炎龍の傍に来た。


「ニャッンニャ。ナー。ナーニャニャ」


「よくあそこで黙ったおったのうとは、話しを合わせるとは、どういう事なのかねえ? とクロモは言ってるぽにゅ」


 ニッケが、一番上にある足の片方を、門大の体から放すと、まるで、探偵か何かのように、その足を自分の顎に当てながら言った。

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