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五十 交換条件

 一陣の乾いた風が通り過ぎ、炎龍と門広の間を、数個のタンブルウィードのような草が、転がって行く。炎龍が、幼い顔に、妖しい色香を(まと)わせて微笑むと、何やら体をくねりと動かして、自分の体を門大に見せ付けるような格好をした。


「余はこう見えても、ええっと、ああっと、あれよ。汝達の言葉を借りて言うのならば、テクニシャンでのう。汝はそういう事には疎そうだからのう。余がリードしてやらんとのう」


 門広は、身の危険を感じ、炎龍を睨みつつ、ゆっくりと後退(あとじさ)る。


「なんだ? 怖がっておるのか? 大丈夫だ。優しくしてやる」


 炎龍の目の中にある瞳が、ぎらり、と獰猛(どうもう)な光を発する。


「あ、あのな。俺は結婚してるんだ。それに俺はクラちゃんを心から愛してる。クラちゃんを裏切るような事は絶対にできない」


 門広は大きな声で言った。


「いいのう。さすがは抗う小さき者よ。そそるのう。余計に汝の子が欲しくなったぞ」


 炎龍が足を、一歩前に向かって踏み出す。


「炎龍。お前は、抗う小さき者、俺達の味方なんだろ? だったらおかしな事はやめてくれ。雷神。炎龍を止めてくれ。こんなのおかしい。意味が分からない」


 門広の言葉を聞いた雷神が、炎龍の動きを止めようとしたのか、背後から炎龍を抱き締めた。


「雷神。汝も混ざるか?」


 炎龍が、雷神の腕の中で体を回転させて、振り返ると、雷神の体に手を這わせる。束の間の後、雷神の体から力が抜け、その場に雷神が座り込んだ。 


「この程度で堕ちるとは、かわいいのう」


 炎龍が舌舐めずりをすると、体の向きを変えて、門広を見た。


「この意識の中の世界では、余から逃げる事はできんぞ」


 そう言ってからすぐに、炎龍の表情が曇る。


「余とした事が。ここで、汝と子作りをしても意味がない事をすっかりと忘れておった。体が寝ているのだったわ。意識の中だけで結ばれても子はできん」


 炎龍が思案顔になると、うー、むー、ふむふむ、などと、言葉を漏らす。


「石元門大よ。目を覚ますまで、お預けになるが、それでもいいかのう?」


「いいも何もない。俺は目が覚めて何もしない」


 門大は言ってから、とりあえず、助かった。と思い、安堵の息を()いた。


「余の見込み違いだったのかのう。汝は、情けない雄よのう。何かといえば、クラちゃん、クラちゃんなどと言う。あの娘の顔色を窺わなければ、何もできんのか?」


「大きなお世話だ。俺は、別に顔色なんて窺ってない。俺はクラちゃんが大好きなんだ。クラちゃんの為に生きてるって言ってもいいくらいなんだ。だから、それで、クラちゃん中心で、いいんだ」


 門大の言葉を聞いた雷神の顔、板金鎧のヘルメット部分が、赤色に染まる。


「こら。雷神。何をする? そんな事をしても意味はないのだぞ」


 雷神が立ち上がると、再度、背後から炎龍を抱き締めた。


「雷神。ありがとう。炎龍。もう俺は起きる」

 

 門大は、言ってから、起きろ。俺、早く起きろ。と強く思う。


「早く起きろ、か。そんなふうに思っても無駄よ。汝の意思だけでは、汝自身の体に言う事を聞かせる事はできんからな。彼奴の、神の力が作用しておるからのう。余が力を貸さなければ、汝は起きる事はできん」


「そうだ。俺はゼゴットの力で眠らされたんだった。ん? ちょっと待った。早く起きろって、俺が思ったって、お前、それは、ゼゴットの真似か? いや、でも」


「彼奴のやった憶測などとは違う。汝の頭の中を読んだのよ。余と汝の意識は今繋がっておるようだからのう。この状態であれば、汝の頭の中を読む事など容易(たやす)い事よ。どうやら、この状況は余にとって有利に働いておるようでのう。余がその気になれば、いつでも、汝のすべてを奪う事は可能なのだ」


 門大は、炎龍の目をじっと見つめる。


「な、なんだよ。どういう意味だよそれ」


「大丈夫だ。先にも言ったが、余は抗う小さき者を愛しておる。汝の嫌がる事を無理矢理する気はない。だが、そうようのう。無理矢理する気はないが、汝が、余の思い通りに動いてしまうように、動きたくなるように、仕向けるような事はしてしまおうかのう」


 炎龍が言葉を切ると、にやりっと、口角を()り上げて笑い、幼女であるが故に、かわいいが、とても悪そうな顔をする。


「何をする気だ?」


「交換条件を出そうと思うのだ。汝が余の言う事を聞けば、余は、汝の代わりに、異世界とやらに転生してやる。余が行くといえば、彼奴も承知する。彼奴は余の強さを知っておるからのう。それに、余であれば何が起きても平気だからのう」


「お前が転生する代わりに、俺に子作りをしろって言うのか?」


 炎龍が嬉しそうに微笑み、大きく頷いた。


「それよ。その通り」


「できるはずないだろ。そんな条件は飲めない」


「汝は、この状況で、なぜ、突然に、余が彼奴によって復活させられようとしているか、分からないのか?」


「急に、何を言ってるんだ?」


 門大は、そんな事、考えてもいなかった。と思う。


「余の眷属をすべて奪った彼奴が、なぜ、余だけを、そのままにしておいたのか。それはのう。彼奴を殺す事ができる力を持っていて、彼奴に恨みを抱いておる余だったら、なんの躊躇いもなく己を殺すと、彼奴が思っておるからよ。なんの為にそんな事をしたのかは、分からないがのう。だがよ。彼奴は、抜けておるわ。余が、いつまでも恨みを持ち続けるなどと、思っておったのだからのう」


 言ってから炎龍が、何やら困ったような顔し、門大の顔をじろじろと見た。


「なんだ?」


「なんでもないわ」


 門大の言葉を聞くと、安堵したようにそう言って、炎龍が、また、かわいい悪そうな顔をする。


「余は、彼奴の事が大嫌いでのう。彼奴の為になるような事はしたくはなくてのう。どんなに頼まれても、彼奴を殺す気はなかったのだがのう。汝が、交換条件を飲まなければ、余は、彼奴を、神を、殺そうかのう。余がその気になれば、彼奴以外には、誰にも余を止める事はできないからのう。汝は、あの神に、生きていて欲しいのであろう?」


「なんだよそれ。どうしてそういう事になるんだよ。さっきも言ったけど、お前は、俺達の、味方なんじゃないのか?」


「余は、汝だけの味方ではないからのう。クラリッサやキャスリーカは、余が彼奴を殺すと言ったら、どう思うのかのう?」


 門大は、何も言えなくなって押し黙る。


「彼奴の、神の命は、汝の決断に、かかっておるという事だ。まあ。余も、汝を苦しめるのは本意ではない。考える時間はたっぷりとやるとしよう」

 

 炎龍が、言い終えてから、何やら、難しそうな顔をしたと思うと、門大の目を真っ向から見据えた。


「そうであった。今話した交換条件の事は他言無用。余から、彼奴や、他の抗う小さき者達に話す事とする。汝が、余が今話した事を、誰かに話せば、その時点で、この話はなかった事になる。汝が誰かに話した事を、余が知ったら、余は、なんの躊躇いもなく、即座に、彼奴を殺してしまうかも知れんぞ。石元門大よ。心しておけ。この交換条件の事、決して、誰にも、話すではないぞ」


 炎龍が言い、目をゆっくりと閉じた。


「では、余は、目を覚ますと、いや、復活するとしようかのう。クラリッサとキャスリーカが来たようだしのう。余が行かなければ、彼奴が、どうなる分からぬからのう。余が復活したら、様子を見て、汝も起こしてやろう。これは、余の優しさよ。彼奴の事も、余が守っておいてやるから安心せい」


 目を閉じたまま、炎龍がかわいい悪そうな顔をすると、炎龍と雷神の姿が、一瞬にして、門大の前から消えた。


「なんだよ、一方的に」


 門大は、呟いてから、俺は、炎龍に何かしたのか? なんで、俺が炎龍と子作りなんて。いや。余計な事は、考えない方がいいのか? 何か、理由があったとしても、そんな理由は、知らない方がいいのかも知れない。クラちゃんを裏切る事なんて絶対にする気はないけど、理由を知ったら、何かしらの、余計な事を考えてしまうんじゃないのか? と思った。

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