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四十八 逃避

 不意にクロモがキャスリーカ達のいる方向に向かって飛ぶと、周囲のすべての音をかき消すような轟音が鳴り、クロモが何かと激しくぶつかって、その反動で、後ろに向かって吹き飛んだ。


「クロモ。ありがとうなのじゃ」


 ゼゴットが門大達ごと瞬間移動をして、門大に抱かれたまま、クロモの体を受け止めて言った。


「ナーオ」


 クロモが鳴いてから飛んで、クラリスタの頭の上に戻る。


「今はクロモしかあれを防げないからから気にする事はない。それにしても本当に撃つとはキャスリーカらしい。とクロモは言ったぽにゅ。クロモ。ニッケだってあれくらい防げるぽにゅよ。けど、きっと反動で皆にぶつかってたぽにゅね。クロモ。ありがとうぽにゅ」 


 門大達が瞬間移動した為に、門大達から少し離れた場所にいたニッケが、門大達の傍に来て言った。


 ゼゴットが門大の腕の中で顔と体を動かすと、ほとんど再生の終わっている自分の体を見る。


「うむむむ。どうしたものか」


 ゼゴットが呟いてから、門大の顔に視線を向け、門大の人の目を見つめた。


「しょうがないのじゃ。この体勢じゃと再生した盾も使えないしの。キャスリーカ。クラリッサ。わしは門大達を連れて天上界に戻るのじゃ。このままわしのせいで、皆の仲がこれ以上悪くなるのは我慢できないのじゃ。必ずわしは死ぬのじゃ。じゃからここは見逃して欲しいのじゃ」 


 ゼゴットが門大の目を見つめたまま言った。


「何言ってんの? 駄目よ。逃げるなんて許さない」


「すまないのじゃ。わしは、誰にも怪我(けが)をして欲しくないのじゃ。死なないとしても、痛いからの。じゃから、行かせてもらうのじゃ。ニッケ。わしに掴まるのじゃ」


 ゼゴットが言い終えると、ニッケが、分かったぽにゅ。と言って、足の一つで、ゼゴットの体に掴まる。


「では行くのじゃ」


 次の瞬間、門大達は、雲一つない空の下にある、青々とした少し背の高い芝生のような草が生い茂っている、広々とした草原のような場所に移動していた。


「着いたのじゃ。この大草原には草以外は何もないから、天上界の中でも、一番、神達が来ない場所なのじゃ。ここなら、キャスリーカ達が追って来たとしても、他の神を巻き込む事はないじゃろう。まあ、キャスリーカ達が来るまでにはしばらく時間がかかると思うがの」


 ゼゴットが相変わらず門大の目を見つめたままで言う。


「門大。下りますわ」


 クラリスタが言ったので、門大はしゃがんで、クラリスタの足を地面の上に付けた。


「ニャー。ニャニャニャニャニャ」


「門大。何か方法は考えたのか? キャスリーカ達が来る前になんとかしないと、また同じことの繰り返しだぞ。とクロモは言ってるイヌン。ハガネもそう思うイヌン。神が御丁寧に天上界に戻るとか、キャスリーカ達の前で言ってたイヌン。キャスリーカとクラリッサなら、ハガネ達がこの場所にいると、予想くらいしてそうイヌン。きっと思っているよりも早く来ると思うイヌン」


 ハガネが言った。


「一つだけ、考えが浮かんでるんだけど、まだ、ちょっと、その考えは、皆には話せない。なあ、ゼゴット。頼む。考えを変えてくれないか? それが一番手っ取り早くて、簡単なんだ」


 ゼゴットが、右手を動かすと、門大の顔、黄金色の板金鎧のヘルメットの、右の頬の辺りに触れる。


「門大。すまんの。わしは考えを変える気はないのじゃ。じゃけど、わしを助けてくれた事は凄く嬉しいのじゃ。わし、年甲斐(としがい)もなく、ちょっと、どきどきしちゃったのじゃ」


 門大の目を見つめる、ゼゴットの目の中にある瞳が涙で揺れた。


「門大。いつまでこの子を抱きかかえているつもりですの?」


 クラリスタが、門大の頬に触れているゼゴットの手を、剣を持ったままの手で掴んで、門大の顔から離しながら言った。


「おっと。そうだった。ゼゴット。下ろすぞ」


「もうちょっとこのままでいて欲しいのじゃ。こんなふうに、人に、人の腕に、抱かれるのは久し振りなのじゃ」

 

 ゼゴットが言って、目を僅かに伏せると、頬を赤く染めた。


「おやおやぽにゅ。またハーレムルートぽにゅか?」


「ニャー。ニャー。ニャニャーン」


「今度こそ、クロモも参加する。実はクロモは門大の事が結構好き。猫を助けたと聞いた時からちょっと気になってたのだ。とクロモは言ってるぽにゅ」


「ゼゴット。クロモ。門大はわたくしの夫ですのよ。そこのところをちゃんと分かっていますの?」


 クラリスタが、二振りの剣を地面の上に、ずぶりっと勢いよく突き刺しながら言う。


「クラちゃん。まさか、怒ってないよね? クラちゃん。俺は、クラちゃん一筋だから。だから、大丈夫だから、落ち着いて。ニッケ。どうして、すぐにそういう事言うかな。ハーレムルートってなんだよまったく。さっきもそんな事言ってたろ」


「門大が悪いのじゃぞ。わしをこんなふうに抱いて、あの場から奪い去ったりするからじゃ。こんなシチュエーション、きゅんっと、来ない方がおかしいのじゃ」


 クラリスタが剣から手を放すと、ゼゴットの体を両手で抱くようにして掴む。


「わたくしが、下ろして差し上げますわ」


「あいたたたたなのじゃ。そんなに引っ張ると痛いのじゃ。まだ、撃たれた時の傷が治りきっていないのじゃ。門大。そういう事なのじゃ。わしは、まだ、自分一人で立つ事ができないのじゃ。悪いが、今しばらくこうしていて欲しいのじゃ」


 ゼゴットが顔を苦痛に歪めながら言った。


「クラちゃん。もう少しだけ、ゼゴットが、大丈夫って言うまでは、このままで、いいかな?」


 クラリスタがゼゴットの顔を穴が開くほどにじいーっ見つめる。


「あー。痛いのじゃー。クラリスタが引っ張ったから、治りきっていなかった傷が開いたかも知れないのじゃー」


 ゼゴットが言い、両手で自分の胸の辺りを押さえる。


「物凄くわざとらしい気がしますけれど、しょうがないですわね。傷が治ったら、すぐにでも下りてもらいますわよ」


 クラリスタがゼゴットの体から手を放した。


 束の間の沈黙が訪れ、穏やかな風が、門大達を包み込むようにして吹き、芝生のような草が優しく揺れた。そのまま、誰も何も言わず、静かな時間が流れ始める。門大は、風にそよぐ草に誘われるようにして、顔を動かすと周囲を見た。


「とりあえず、座ろうっか」


 言って、門大は、その場に胡坐をかいて座ると、深い呼吸を一度してから、視線を落とし、芝生のような草の一つを見つめる。


「門大は悪くないのじゃ。考えを変えないわしが悪いのじゃ」


 ゼゴットが言って、門大の頬を優しく撫でた。


「ゼゴット。くすぐったい」


「これは、すまなかったのじゃ。ついつい、撫でてしまったのじゃ」


 ゼゴットが撫でる手を止めずに言う。ニッケが、大きな腹部を曲げるようにして、器用に草の上に腰を下ろす。


「そろそろ、離れた方がいいと思うぽにゅよ。クラリスタがじとーっとした目で、二人を見つめたまま何も言わなくなってるぽにゅよ」


 ニッケが門大の耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた。


「うわっ。本当だ」


 門大は、立ったまま自分達の方を見つめている、クラリスタを見て言った。


「なんですの?」


 クラリスタが至極不満そうに唇を尖らせて言う。


「しょうがないのじゃ。下りるのじゃ」


 ゼゴットが言ったので、門大はゼゴットの足を地面の上に付け、手を放す。


「やっと離れましたわね」


 クラリスタが言い、門大の右の膝の辺りに、背中をくっ付けるようにして座った。


「わしはここに座るのじゃ」


 ゼゴットが言って、門大の足の上にちょこんと座る。


「な、何をしていますの? わたくしだって、考えたのですけれど、我慢しましたのに。それを、そんなふうに、あっさりと自然に座って」


 クラリスタが、言葉の途中、考えたのですけれど、というところくらいから、小さな声になって、ごにょごにょと言った。


「ニャニャーン」


「クロモも座る。とクロモは言ってるイヌン」


 クラリスタの頭の上から飛んだクロモが門大の足の上に着地した。


「クロモまで。完全に油断していましたわ」


「クラちゃん。まだ、座れるから」


「座りませんわ。そんなの、無理矢理座ったみたいで、嫌ですわ。って、門大?」


 門大は、クラリスタの体を持ち上げると、クラリスタを、自分の足のまだ空いている部分の上に座らせた。


「門大。こんなの、恥ずかしいですわ。元の場所に戻して下さいまし」


「それなら空いた部分にはニッケが座るぽにゅ。ニッケもハーレムに参加するぽにゅ」


「ニッケ。これ以上誰かが、門大の上に座るくらいなら、わたくしが、このまま、座りますわ」


 クラリスタが言ってから、門大の体にそっと、甘えるように寄りかかる。


「ニャーニャ」


「クラリスタが一番門大に甘えてる。とクロモは言ったイヌン」


「そ、そんな事ありませんわ」


 クラリスタが、座ったまま、飛び上がるような勢いで、寄りかかるようにしていた体だけを、真っ直ぐにした。

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