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四十六 譲れないもの

 一際、剣と剣が打ち合う大きな音が鳴り、クラリスタの右の剣と左の剣が勢いよく弾かれると、ゼゴットがクラリスタから距離をとるように後ろにさがった。


愚直(ぐちょく)な攻撃じゃが、いいの。わしは好きじゃぞ。そういうの。じゃが、それではわしは倒せないのじゃ。さて。そろそろ、また、わしの方から攻めようと思うのじゃ。クロモに攻撃を防がれてから、防御ばかりしていたからの。頼むから、一撃で死んだりしないで欲しいのじゃ」


 ゼゴットの姿が消える。


「ここなのじゃ」


 ゼゴットの姿がクラリスタの直近に現れると、ゼゴットの剣がクラリスタの右胴を優しく撫でた。


「斬っておれば、今ので、戦闘不能じゃな。ハガネがおるから、死にはしないじゃろう」


「どうして、斬らないのですの?」


「途中で気が変わったのじゃ。次は本気で斬るのじゃ。クラリスタも一度、わしがよろけた時に、わしを見逃してくれたじゃろ? そのお返しじゃ。わしのこの瞬間移動も卑怯じゃからな」


 言って、ゼゴットがまた瞬間移動で、クラリスタから距離をとる。


「クラちゃん。ごめん。俺、あいつが瞬間移動できるのを知ってた。言い忘れてた」


「門大。謝らなくてもいいですわ。わたくしも知っていましたわ。ただ、知っていても、何もできなかっただけですわ」


 クラリスタが言い終えると、ニッケ。とニッケに向かって声をかける。ニッケが、大きな羽を力強く羽ばたかせ、高速で動き出し、ゼゴットに真っ直ぐに向かって行く。


「お返しのお返しですわ」


 ニッケがゼゴットに衝突するという刹那(せつな)、軌道を変え、ゼゴットの横をすり抜けようとし、クラリスタが、二本の剣を体を回転させるようにして振るって、ゼゴットに斬りかかった。


「今のは、重い一撃じゃったぞ。()けては面白くないと思って、剣で受けたのじゃが、受ける寸前に両手持ちに持ち替えておいて正解じゃった。己の持っている一振りの剣で、もう一振りの己の持っている剣を打って、剣の重さを増したのじゃな。二刀流の弱点をカバーするいい作戦じゃ。じゃが、こうして両手で剣を持てば、まだまだわしの力で押さえられる。わしはもう片手では剣を持たぬよ。これで一つ手立てが減ったの」


 ゼゴットの姿がまた消える。クラリスタの周囲で、ゼゴットが瞬間移動を繰り返し、クラリスタを惑わすように現れたり消えたりする。


「今度は当てるのじゃ」


 クラリスタの真正面に姿を現したゼゴットが、クラリスタの胸の辺りに向かって突きを放つ。クラリスタが体を横に捻るようにして、ゼゴットの剣の切っ先を避けた。


「凄いのじゃ。よく避けたの」


 ゼゴットがとても嬉しそうに微笑んだ。


「今のは、あなたの剣の動きが、今までよりも遅かっただけですわ」


「何を言っているのじゃ? そんな事はないのじゃ」


 ゼゴットが不満そうに頬を膨らませる。


「手を抜いた……、などという事は、この状況では、ないと思っておきますわ。両手持ちにした事で、体の動きが変わったからかも知れませんわね。あなたが、普段、両手持ちをあまり使っていなければ、そういう事もあるかも知れませんわ」


 クラリスタが、ゼゴットの顔をじっと見つめながら言った。


「もっと素直に喜んだらどうじゃ? わしの動きは完璧じゃった。わしのあの一撃をかわすとは大したものじゃぞ」


 ゼゴットが、クラリスタから数メートル離れた位置にさがると、殺し合いなどしてはいないかのように、無邪気な様子で言った。


「こんなふうに、もっともっと剣を合わせていたいの。これが、修行などだったらどんなによかったか」


 更にそう言って、ゼゴットが嬉しそうに微笑む。


「そうですわね。あなたと、もっと、剣を合わせ続ける事ができたら、そんな事が、できるようになったら、それは、素敵な事だと思いますわ」


「なあ、だったら、こんな戦いなんてやめればいい。何か別の方法を探せばいいじゃないか」


 門大は、二人のやり取りを見ていて、そう言わずにはいられなかった。


「それは無理じゃ。わしは、自分の考えを曲げる気はないからの」


「このままだと、どちらかが、お前か、クラちゃんが、死ぬんだぞ。お前だって、本当は、誰も殺したくなんかないんじゃないのか? さっきの、クラちゃんの、手を抜いたっていう言葉を聞いて、思ったんだ。俺が最初に斬られた時、お前は随分と動揺してたみたいに見えた。クラちゃんの顔を狙った時は、クロモに阻まれるって分かってたんじゃないのか? さっきの、クラちゃんの前で最初に瞬間移動をした時だって、クラちゃんを傷付けなかったし、俺に抱き付いて、剣を突き付けた時だって、結局、何もしないで、お前は俺から離れてた。俺の言ってる事が見当違いじゃなかったら、お前が、本当に、誰も殺したくないって思ってたとしたら、ここにいる誰もが、誰かの死を望んでなんていないって事になる。手段が他にないから、こうやって、ぶつかって、戦ってるだけだ。お前が、諦めさえすれば、誰も悲しい思いなんてしなくすむんだ」


 門大は言ってから、全部勝手な憶測(おくそく)で、俺の考えが甘いだけなのかも知れない。この戦いに賛同してたのに、こうやって土壇場で気持ちが揺らいで、こんなふうに、戦いを止めようとして、俺は、なんて情けないんだ。けど、このままだと、クラちゃんか、ゼゴットが死ぬ事になる。ゼゴット。頼む。頼むから考え直してくれ。と思った。


「この役は、誰かを異世界に転生させる役は、誰かがやらねばならぬのじゃ。わしがやらなくても、他の誰かがやる事なのじゃ。じゃから、わしがやるのじゃ」


「そうかも知れないけど、お前みたいに、そんなふうに思ってる奴だって他にいるかも知れないだろ? そういう、他の、誰かに代わってもらえばいいじゃないか。それが無理なら、勝手な事を言うようで、悪いとは思うけど、転生を自分が、お前自身がやればいい。ほとんどの事ができるってさっき言ってたよな? だったら、自分で自分を転生させる事だってできるんじゃないのか? それでキャスリーカやクラリッサ、俺やクラちゃんの事を、放っておいてくれればいい」


「わしは転生できないのじゃ。わしはこの世界の神じゃぞ。この世界の事があるのじゃ。短い間は離れられるが、長い間はこの世界からは離れられないのじゃ。転生をさせる者の方の事はの。呼ぶにはタイミングなども大事なのじゃ。生きている者は呼べないからの。じゃから、そう簡単にはいかないのじゃ」


「そんな事言わないで探してみろよ。探すのが大変なら俺も手伝う。そうしたら、俺の時みたいに、誰か見付かるかも知れないじゃないか」


 ゼゴットが悲しそうな笑みを顔に浮かべる。


「また呼ぶのはいいが、その者が、どう思うかじゃ。門大達のように思うかも知れないのじゃ。キャスリーカ達のように思うかも知れないのじゃ。前のわしなら、こんなふうには思わなかったのじゃが、今は、そう思ってしまうのじゃ」


「それは」


 何か方法がきっとある。誰もが、悲しい思いをしなくていい方法が、きっとあるはずなんだ。と言葉に詰まった門大は思った。


「ゼゴット。わたくしは、あなたが、考えを変えるのならば、この戦いをやめてもいいと、あなたと剣を交えた今は、思っていますわ」


 クラリスタが、門大に優しい目を向ける。


「門大にクラリスタ。ありがとうなのじゃ。わしも、そうできたら、どんなに楽になれる事か。じゃが、門大にはクラリスタが、クラリスタには門大が、クラリッサにはキャスリーカが、キャスリーカにはクラリッサがいるように、わしにも、昔、対なる者がいての。皆と同じように強い絆で結び付いておった。じゃが、あの者は世界を救うという事に命を懸け、数多(あまた)の世界を救い、最後は、わしとの魂の繋がりを絶ってまで、とある世界を救い、散っていったのじゃ。わしとその者は、その者が死ぬ時に約束をしたのじゃ。わしがその者の後を継ぐとな。この約束は絶対じゃ。皆が対なる者を大切に思うように、わしはこの約束を大切に思っているのじゃ」


 ゼゴットが言い、誰もいない虚空(こくう)に、誰かが立っているのを、懐かしみながら眺めてでもいるかのように、目を細めた。


「それは、確かに、絶対に、譲れないものですわね。わたくしだって、もしも、そんな、何かがあって、門大と何かしらの、約束をしたとしたら、その約束は、絶対に、破れないと思いますわ。けれど。今のこのような状況で、わたくしが、あなたと同じような立場になっていたとしたら、わたくしは、考えを変えるかも知れませんわ」


 クラリスタが、ゼゴットの目を見つめて言う。


「余計な話をしてしまったの。すまなかったの。クラリスタに門大。そろそろ遊びはお終いじゃ。わしは、この世界を司る神じゃからの。そこそこには忙しいのじゃ。ここからは、瞬間移動などの、小細工はなしじゃ。気が変わったのじゃ。あんなものに頼って、クラリスタという、立派な剣士を殺すのはつまらないからの。正面から、正々堂々、打ち合うのじゃ」


 ゼゴットが剣の剣身を右肩にのせる。


「申し訳ないのですけれど、あなたのその思いに応える事はできませんわ。わたくしは、正々堂々と戦うよりも、この戦いには、勝利を求めていますわ。ですから、このまま、戦いを続けるのならば、わたくしは、どんな卑怯な手でも使うつもりですわ」


 クラリスタの言葉の途中で、ゼゴットがほんわかと微笑んだ。


「わしは、このまま戦いを続ける気じゃ。じゃから、クラリスタは好きにすればいいのじゃ。どんな戦い方をしようと、それが、クラリスタの全力ならば、それが、どんな結果を生む事になろうと、わしは、ありのままを受け止めるのじゃ。じゃから、クラリスタは、クラリスタの思うように戦えばいいのじゃ」


「それならば。それならば、わたくしが、剣を捨てたとしたらどうしますの?」


「それは……。その時は、しょうがないのじゃ。わしに剣を向けていなくても、クラリスタを斬るのじゃ。それから、門大も斬るのじゃ」


 ゼゴットの瞳の奥に、覚悟を決めた者だけが持つ、光が宿る。


「分かりましたわ」


 クラリスタが、目を閉じて、少しだけ間を空けてから言い、ゆっくりと、閉じていた目を開いた。


「すまんの。もう、これ以上、何も言わないで欲しいのじゃ」


 ゼゴットが門大の顔に視線を移して、門大の目を見つめてから、クラリスタの顔に視線を戻す。


「あなたという剣士と戦えた事を、わたくしは、生涯誇(しょうがいほこ)りに思いますわ」


 クラリスタが、二振りの剣の切っ先を、ゼゴットに向ける構えをとった。


「嬉しいのじゃ。その言葉、本当に嬉しいのじゃ」


 ゼゴットが言い、表情を引き締める。


「行くぽにゅか?」


「ええ。行きますわ」


 クラリスタが、クラリスタの方に、振り向くようにして顔を向けている、ニッケの顔を見つめながら、自分自身に言い聞かせるように、言った。

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