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二十五 矜持と思い

 クラリスタが動き、門大の体の陰に入っていた自身の体を乗り出すようにして、キャスリーカの方に顔を向けた。クラちゃん危ない。と言おうとした門大だったが、酷く思い詰めているようなクラリスタの表情を見て、言葉を出す事を忘れてしまった。


「さっきからわたくしを挑発しているのですの? わたくしならいつでも相手になりますわ。あなたのような卑怯者になど決して後れは取りませんわ」


「笑わせる。あんたに何ができるの? あんたはもう、ただの女の子なんだよ? かつてのそこにいるクラリッサがそうだったみたいにさ。あの王都にいた何もできない豚みたいな奴らにさえ、一人じゃ逆らえない存在なの。身のほどを知った方がいい。そうだ。私と勝負してみる? 今ここで。私が本気を出せば、あんたは自分の無力さと情けなさと考えのなさを嫌というほど思い知る事になる。あんたを庇ってる転生者も、そこにいるだけのクラリッサもニッケも何度も死ぬくらいの怪我をする。私はそれくらいの事平気でやるから。あんまり舐めた事は言わない方がいい」


 キャスリーカの顔には相変わらず微笑みが浮かんでいたが、その微笑みの質が言葉を出す前と今とではまったく異なった物になっていて、今は、酷く、冷酷で陰惨な物に変わっていた。


「本当に卑怯な人ですわね。あなたの相手はわたくしのはずですわ。門大達は関係ありませんわ」


「これは、ちょっと、まずいカミン」


 クラリッサが言い、少しの間があってから、クラリスタが意識を失う。


「クラちゃん? クラちゃん?」


 門大はクラリスタの顔を見つめて声をかける。


「大丈夫カミン。眠っただけカミン。クラリスタの今の気持は理解してるつもりカミン。きっとクラリスタのこの気持にはすぐには整理がつかないカミンよ。だから、魔法を使って眠らせたカミン。でも、こんな事をしたら、きっと、また後でクラリスタに怒られてしまうカミンな」


 クラリッサの言葉を聞いた門大の頭の中に、酷く思い詰めているような表情をしているクラリスタの顔が浮かぶ。クラちゃんの気持? クラちゃんはどんな気持ちであんな顔をしてたんだ? と門大は思った。


「で、どうするの? 私の提案を飲む? 飲まない? 飲まない場合は、戦闘に突入するけど」


 門大は、クラリスタの顔から視線を外すと、キャスリーカの方に目を向ける。


「クラちゃんの御両親は、ちゃんとこっちに渡してくれるんだよな?」


「そっちがおかしな事をしなければこっちは約束を守る。こう見えても私って義理堅いから」


 キャスリーカがクラリッサを睨むように見た。


「ぼ、僕はおかしな事なんてしないカミン」


「よく言うわ。あれは何度目の転生の時だったかしらねえ。あの世界では私には姉がいたけど、その、私のお姉さんを罠にはめた事があったわよね」


「あれは、あれはしょうがなかったカミン。お互いの立場があったカミン。あの世界での僕の母親がそっちの軍の兵隊に捕まってたカミン。それに、結局最後は二人とも無事だったカミン」


 キャスリーカが、ふんっと鼻で笑った。


「まあ、今はそんな事はどうでもいいわ。転生者。その子をクラリッサに渡してこっちに来なさい。たっぷりとかわいがってあげる」


 キャスリーカが言い終えると、舌なめずりをする。


「そんな顔でそんな事してもちっともエロくないぽにゅ。死ねぽにゅ」


「はあ? ちょっとあんた、さっきからいい加減にしなさいよね。あんただけこの戦闘機の機関砲で撃ってやってもいいんだけど?」


「そんなへっぽこ機関砲、撃っても当たらないぽにゅ」


「ニッケやめるカミン。キャスリーカもやめるカミンよ」


 クラリッサがそこまで言って、言葉を切ると門大の顔を見た。


「お兄にゃふ。今は、しょうがないカミン。悪いけど、キャスリーカと一緒に行って欲しいカミン」


「クラちゃんとクラちゃんの御両親を、そうだった。まだいた。後、一応、あのバカの事も頼む」


「任せるカミン。何があっても守ると誓うカミン」


 門大はニッケに近付くと、クラリスタをそっとニッケの上に乗せた。


「そんなに深刻にならないでよ。クラリッサ達にはしばらく手は出さないつもりだしさ。まあ、転生者。あんたにはたっぷりと戦ってもらうけど。雷神の力と最強の龍の力を持つあんたを相手にすれば、いい戦闘訓練ができると思うのよね」


「クラちゃん。何度も裏切って本当にごめん。でも、何があっても俺は必ずクラちゃんの所に帰るから」


 門大は優しく撫でるようにしてクラリスタの頬に手で触れてから、クラリスタの顔から視線を外し、キャスリーカの元へと向かう。


「駄目、ですわ。行っては、駄目ですわ。何度、わたくしを、裏切る気、ですの」


 眠っているはずのクラリスタが言った。


「どうなってるカミン?」


 クラリスタがゆっくりと体を起こす。


「そう、何度も、やられてばかりは、いませんわ」


 そう言ったクラリスタの唇は鮮血に染まっていた。


「あんた、まさか、舌を噛んだの? 根性あるじゃない」


 キャスリーカが言って、笑い声を上げる。


「クラちゃん」

 

「なんて事をするカミン」


 クラリッサが、すぐに魔法を使ってクラリスタの傷を癒す。


「痛みだけじゃ魔法による眠気には打ち勝てないぽにゅ。心が凄く強いぽにゅ」


 ニッケが言う。


「今は、もう、なんの力もない、ただの人かも知れませんけれど、わたくしには武門に生まれた者のとしての矜持と、門大に対する思いがありますわ。わたくしは負けないと決めたら絶対に負けませんわ」  


 クラリスタがキャスリーカの目を見据えて言った。


「いいじゃない。私、好きよ、そういうの。そういう子にはチャンスをあげないと」


 キャスリーカがきらきらと目を輝かせる。


「チャンスカミン? 何をする気カミン?」


「今からここで戦闘をするの。私が負けたら今回は引き下がるわ。連れて来た奴らも渡してあげる」


「駄目カミン。そんな事はできないカミン」


「私一人だけが相手をすると言っても駄目? この戦闘機以外は兵器は呼ばない。この戦闘機も武装は使わない。足場として使うだけ。ああ。今は素手だから武器は呼ぶけど」


「ニッケ達がお前一人に勝てばいいぽにゅか? そんなの楽勝ぽにゅ」


 キャスリーカがニッケの方に顔を向ける。


「ニッケ。達、じゃない。戦うのは私とクラリスタの二人だけ」


「そんなの駄目カミン。チャンスでもなんでないカミン」


「キャスリーカ。俺はお前と一緒に行く。ここで戦う必要なんてない」


 キャスリーカがクラリスタの顔を見て微笑む。


「クラリスタはどうしたい? 二人は反対みたいだけど」


「戦うのはわたくしとあなたですわ。二人の意見は関係ありませんわ」


「クラちゃん」


「クラリスタやめるカミン」


 クラリスタが、クラリッサの顔を見ると、迷惑をかけて、わがままを言って、魔法まで使わせてごめんなさい。と言って頭を下げる。


「迷惑をかけていて、わがままを言っているのは分かっていますわ。けれど、わたくしは逃げませんわ。門大。こんなわたくしでごめんなさい」


 頭を上げたクラリスタが、門大の方に顔を向けてそう言い、門大に向かって頭を下げた。

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