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十五 告白の行方 ~彼女はまだ「少女」であり、彼はもう「おっさん」であった~

 国道から離れて行くにしたがって、道路を行き交う車両がたてていた音が消えていき、路地は静かになっていっていた。側溝に落ちた衝撃で、歪んでしまっていた自転車の前輪のホイールが、回転する度に発していたおかしな音が、周囲が静かになるにつれ、際立つようになっていく。


「あー。う、うん。あー」


 不意に門大の口からそんな声が出た。


「へ?」


「門大ってこんな声をしていたのですのね」


 そう言ったクラリスタの言葉は、門大の声で発せられていて、その声音からは、クラリスタのはしゃいでいる様子が伝わって来ていた。


「そうか。あっちにいた時は、ずっとクラちゃんの声だったもんな。意識してなかったから、変わってる事に気が付かなかった」


「わたくしも、さっき、その事に気が付きましたの。だから、ついつい、あーとか言ってしまったのですわ」


 門大の顔が周囲を見回す。


「どうした?」


「ここは、なんなのですの? これは、壁ですの? 地面は、これは、全部、大きな一枚の岩か何かでできているのですの? それに、さっきから押しているこれは、こうなる前に乗っていたから乗り物だという事は分かりますけれど、なんですの? あとあと、あの明るい物はなんですの? 中に火が入っていますの? それにしては、光り方が変ですわ。それに、凄く明るいですわ」


 クラリスタが矢継ぎ早に言葉を出す。


「クラちゃんは、もう怒ってないたみたいだな。よかった」


 門大は、クラリスタの様子に、自然と顔が綻ぶのを感じながら言った。


「怒っていますわよ。わたくしの為に死のうとするなんて。門大は大バカですわ」


 クラリスタが言って、自転車から左手を放すと、その手を動かし、門大の頬に触れる。


「ひ、髭? あ、ああ。そうですわね。わたくしは、今、門大ですものね」


 クラリスタが、門大の顔のあちらこちらを左手を動かして触り始める。


「お、こ、こら。クラちゃん。やめなさい。そんなふうに、人の顔を触るなんていけません」


 突然の事に動揺し、門大の言葉遣いが、普段とは違った不自然な物になる。


「はっ。わたくしったら、何を。はしたない真似をしてしまいましたわ。け、けれど、違うのですのよ。おかしな意味はないのですの。最初は、わたくしの為に死のうとしてくれた門大の事が、たまらなく愛おしくなって思わず触れてしまったのですの。その後は、その、どういう顔をしているのか気になったというか、好奇心からでしたけれど」


 クラリスタがそこまで言って不自然に言葉を切った。


「どうした?」


「何を言わせますの。もう」


 クラリスタが言うと、門大の顔が急に火照った。


「面白いな、これ。クラちゃんも、俺が中にいた時、こんな、体が、勝手にクラちゃんの感情とかに反応する感覚みたいなのを感じてたのか?」


 門大は言いながら、やっぱり俺の心の中に開いてた穴は、この子が埋めてくれてたんだ。と思った。


「そうですわよ。門大が何か考えるとすぐに体に反応が出ていましたわ。わたくし、色々な事を知っていましたし、感じてもいましたのよ」


 クラリスタの言葉を聞き、今度は門大自身の所為で顔が火照る。


「そんなに、俺って、体に反応させてたのか?」


「させていましたわ。門大がかわいそうだと思って、わたくしは何も言わずに我慢していましたのに、あんなふうに言うなんて、門大は酷いですわ」


 門大は、クラリスタの中にいる時に、自分が何を考えたり、どんな事で感情を動かしたのかを、必死に思い出そうとし始める。


「門大。どうしたのですの? どうして何も言わないで黙っているのですの?」


 クラリスタの言葉は聞こえてはいたが、その言葉に反応する余裕が今の門大にはなかった。


「無視するのですのね。分かりましたわ。そういう事なら、もう容赦はしませんわ」


 クラちゃんが何か言ってる。なんか怒り出したみたいだけど、今は、それどころじゃないぞ。体に反応が出てる事なんて、全然意識なんてしてなかった。なんか変な事、いや、待った。それは、もう、どうでもよくないけど、もう取り戻せないからしょうがない。そんな事より、これからだ。このまま、この状態のままで、俺は、いつまでクラちゃんと一緒にいればいいんだ?


「門大。ちゃんとわたくしの話を聞いて下さいまし」


 自分の口から怒気を孕んだ大きな声が出たので、門大は驚き、慌て考えるのをやめ、クラリスタの言葉に耳を傾けた。


「そもそも今のこの状況はどういう事ですの? わたくしを、魔法で眠らせた後、何をしようとしていましたの? まさか、わたくしを裏切ったりなんてしてはいませんわよね? わたくしは、自分の気持ちを告げてまで、門大を止めようとしていましたのよ。もしも、ハガネの言った事をやろうとしていた、というか、この状況だともう何かしらはやっているようですけれども、そんな事になっていたら絶対に許しませんわ」


「いや、それは、その」


 クラリスタが言葉を切ったので、門大は狼狽えながら、なんとかそれだけを言う。


「そうでしたわ。それも大事な事ですけれども、もう一つ、大事な事がありましたわ。門大。門大は、わたくしの事をどう思っていますの? わたくしの告白に対する答えをまだ聞いてはいませんわ」


 クラリスタが言い終えると、不意に門大の目から涙が溢れ出て来る。


「な? なんだ?」


「なんでもありませんわ。もう。もう。本当に。門大は大バカですわ。大、大、大っ嫌いですわ」


 片手が動き出し、涙を拭い始める。


「ごめん。本当にごめん。こんな、何がどうなってるのか分からない状況になるなんて思ってもみなかった。裏切って、ごめん。巻き込んじゃってごめん」


 門大は言い、足を止める。


「謝って欲しいなんて一言も言ってはいませんわ。そんな事はどうでもいいですわ。いえ、よくはないですわ。けれど、今は、そんな事よりも、告白の答えですわ。門大は、わたくしの事が嫌いなのですの?」


「嫌いなんかじゃない」


 門大は咄嗟にそう言った。


「嫌いじゃないなら、好きという事ですの?」


 こんな状況で、これ以上、どう答えればいい? 反射的に嫌いじゃないとかって言っちゃったけど、これからどうなるかも分からない。いつ離れ離れになるのかも分からない。俺は一度死んで、また死のうとしてて、って、それも、これからどうすればいい? どうすれば、クラちゃんのいる世界に行ける? そう思った門大は、言葉を返す事ができなくなった。


「どうして黙っていますの? どうして、何も言わないのですの?」


「それは、なんていうか」


 なんて言えばいい? このまま、無責任に、感情に流されて、好きだと言って、それで、このまま、こっちにいたとして。仮に、それで、二人で、それでもいいって思って、もっと仲良くなって、今よりも、離れるのが嫌になって、でも……。父さんと母さんの時みたいに、クラちゃんが、俺だってそうだ。飯を買いに行った帰りにいきなり死んだりして。また、突然、大切だって思ってる人がいなくなったりしたら。もう、無理だ。俺は絶対に耐えられない。


「何も、言ってはくれないのですのね」


 今までとは打って変わって、静かに、呟くようにクラリスタが言った。


「もういいですわ。門大の事なんて知りませんわ」


 門大の体が走り出そうとしたのか、片足を勢いよく大きく前に踏み出した。踏み出した足の、足の裏が地面につくと、激しい痛みが踏み出した方の足に走る。


「いたっ」


 思わず門大は言い、その場にしゃがみ込んだ。自転車が大きな音をたてて、アスファルトの上に倒れる。


「これは、酷い痛みですわ。ごめんなさい。つい、走り出そうとしてしまいましたの。今は、門大の中にいますのに」


 声音から、クラリスタが心配してくれているのが伝わって来る。


「大丈夫。全然平気だから」


「こっちの足は、わたくしが壁を蹴った方の足ですわね。門大。ごめんなさい。わたくしの所為ですわね」


「違うよ。これは、ほら。俺って、全然運動とか、しないタイプなんだ。だから、さっき、自転車のペダルを凄い必死に漕いだから。急に激しく動かしたから、それで痛めたんだ」


 片手が動き、足の痛む部分、踝の辺りにそっと触れる。


「嘘がへた過ぎですわ。ずるいですわ。そんなふうに気を使われたら、これ以上、怒れなくなってしまいますわ」


「本当にクラちゃんの所為じゃない。だから、気にしないでいい。こんなの、家に帰って湿布でも貼ってればすぐに治る」


 門大は、そこまで言って、クラちゃんは、俺の事を何度も助けてくれて、こんなふうに心配までしてくれてる。それなのに、俺は、何をやってるんだ。彼女の気持ちに、ちゃんと答える事もできてない。このままじゃ駄目だ。とにかく、何かちゃんと言わないと。と思った。


「今は、そんな事より、さっきの話の続き。さっきは、ちょっと、なんていうか、俺は、もう、いい年だ。君よりも人生経験もあると思う。それで、色々考えちゃって、何も言わずに黙っちゃって、ごめん。でも、俺なりに真剣なんだ。本気でクラちゃんとの事を考えてて。それで、その、なんていうか、告白の答えは、もう少し待ってくれないかな。さっきも言ったけど、嫌いとかじゃないんだ。でも、こんな状況だろ? 年の差だってある。住んでる世界だって、全然違うし。向こうの世界に戻れるかも分からない。こんなふうにお互いの体の中に入ったりして、何が起こるかも分からない。俺達だって、これからどうなるか、いつ、また、離れ離れになるか分からない」


「だからですわ。わたくしだって怖いし不安ですわ。だから、今、こうして二人でいられる時に、門大の気持ちが知りたいのですわ。わたくしは、門大が、愛してくれれば、どんな事でも乗り切れますわ。わたくしは、絶対に何にも負けませんわ。だから、安心して下さいまし。門大。わたくしは、あなたを決して一人きりにはしませんわ」


「クラちゃん。君は、君は、凄いな。俺よりもずっと強くて、格好いい。俺は、自分の事ばっかりだ。君が、そんなふうに思ってて、そんな事を言ってくれるなんて考えもしなかった。俺は、怖くて怖くてしょうがないんだ。この、今の、おかしな状況の事も、向こうの世界での事も。俺の、親は、突然死んじゃってて。俺だって、飯を買いに行った帰りにいきなり死んでて。生きてると何があるか分からないだろ? 情けない事言ってるのは分かってる。でも、俺は、もう、二度と、大事な人を、君を失いたくない。だから、すぐに答えられなかった。俺は、君よりも大人だ。どうすれば君が一番幸せになれるのかを考えてから、君から離れるか、君の気持ちに答えるか、判断する事だってできるはずなんだ。こんな俺で、ごめん。どうして、俺なんかが、君みたいな子と出会ったんだろうな。本当に、ごめん。クラちゃん」


 門大はそこで言葉を切って、微かに目を伏せる。


「俺も、クラちゃんの、クラリスタの事が好きだ。君とずっと一緒いたい」


 門大は目を上げてから、そう言った。

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