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しみずとすばるのありがとう






押し返そうと手を突いてもちっとも動かない。


力の差に苛つく。

頬にある手を除けようと空いている手で清水の手首を掴んだけど、それはもう掴んだと言えるほど、自分の方に力が入ってないことに気が付いた。

ぎりぎりで掴まっている、なんなら添えている程度、辛うじて手が引っかかっている状態。


息苦しさが強くなってやっと冷静に判断できた。


力が入らないのに押し除けるのは無理な話だと、合図を送るようにぱしぱしと胸元を叩いた。


言葉にならない抗議の声を上げると、やっと少しだけ清水が離れていく。


「…………鼻で息してる?」

「…………してます!」


そうと軽い調子で返しながら、清水は自分の唇をぺろりと舐める。いつもより血流の良さそうな赤色が生々しい。


すばるは唇の端を親指で拭われて、心臓がばくばくしている分、自分はもっと赤いのかもしれないと思うと、さらに心臓のテンポが早まるし、顔に熱が集まってくる。


「耳たぶって一番冷たいところじゃなかったっけ?」


摘まれたり擦られたりしているから、さらに血行が良くなったのだと反論したいのに、言葉が詰まったようになって、声すら出ない。


「もっかいしてい?」


さっきは返事を聞いてくれたのに、今回は待ってくれなかった。

また苦しくなってくらくらするまでやめてくれなかった。



ばさり、と重みに耐えかねた雪が落ちる音が時々する。


足は痛いくらい冷えているし、なんなら座っているお尻や腰も、じわじわと寒さが這い上ってくるのがわかる。


一体なんでこんなことに? と思うが、それは清水と出会う前からも何度も思ったことがあるので、清水のせいにするのはやめることにした。


ひと気の無い真っ白に覆われた濃い色の世界は、雪が落ちる音と、それに負けずに活動的な鳥の声と、自分たちの立てる音しかしない。





年が明けてすばるは帰省する予定を立てていた。


養父母がいる地方では雪の予報で、それを理由に清水が車を出してくれる。

ハイジから前とは違う車種の、大きな車を借りてきてくれた。


ゆったり過ごして、ゆったりし過ぎて一泊する。特におじさんの方が、清水の距離感を弁えた懐っこさが気に入ったのか、しょっちゅう話しかけていた。


懐っこく無い和臣は友達とスノボ旅行で、帰省した時には居なかった。大晦日から一日にかけては帰ってきたが、あっさり旅行に出かけたらしい。

きれいに入れ違ったタイミングだった。


惜しまれながら見送りをされ、また来ることを約束させられる。


すばるより清水に向けられた言葉だったから、もやもやしたけどそれは気にしないことにした。


明らかに清水は振る舞いが別人のようだったし『絵に描いたような好青年』を演じていたから、そりゃ気に入られて然るべきだと納得してもやもやを収める。


雪がひどくなったら危ないと、午前のうちに出発した。


その日、朝から出発するまでは大きな綿毛のような雪と、小粒の硬そうな雪が交互に降り続けたが、車で走り出してすぐに、眩しいほどの青色が雲の間から見え始めた。


せっかくなので真っ直ぐに帰らずに寄り道しようと清水は進路を変える。





足を伸ばして辿り着いたのは、すばるが昔住んでいた辺り。

ウルフィーと初めて出会った場所だった。

障りの無さそうな場所に車を止めて、辺りを散策した。


こちらは更に雪が深かった。

英里紗に借りたブーツが足首の上まで雪に埋まる。


清水はウルフィーで過ごしたので、細かなところは記憶に無いし、すばるは幼かったので曖昧な部分が多かった。


探検に近い気持ちで神社を目指す。




雪に覆われてかなり様子が違って見えるが、小さなこんもりした山と、小さな鳥居はすぐに見つかった。


不揃いで真っ直ぐではない石段は、人が通って雪が踏み固められ、小さな道ができていた。

地元の人々がお参りに来たらしい。


ふたりは新しい雪の部分を踏んだり、踏まれてつるつるになった部分に足を取られたりしながら階段を上っていく。


「……想像よりちっさいだろうと思ってたけど、さらにちっさいな」

「ほんとですね……思ったより……でも建物は変わってないです」

「うん……初詣しましょうか」

「あ、初詣ですね、そういえば……というか、そういう目的で来たことないので、本当に本当の初詣です」

「そうだね……おお……知ってる所なのに、初めて来た感じ」

「あー……分かります、そんな感じします」


お参りが終わった後は、清水に手を引かれ社の裏手に回った。


「うわーちょっと待って……こっちの方が『お馴染みの』って感じする」

「ふふ! ですねぇ……」


石で作られた段差の雪をばばっと払って、清水はすばるをそこに座らせた。


お社とすばるのサイズ比が変わっているが、あの時と同じに、膝を抱えるような座り方に、清水は胸が熱くなる。


「……なんかちょっと……感動」

「そうですか?」

「俺こうやってすばるさんに」

「わあ! ちょっと無理ですって!」


清水が膝の上に跨って座るフリをして、ふたりは大きな声を上げて笑い合う。


隣同士に腰掛けて、社の裏手の景色を眺める。少し雑木が続いて、すぐ山を下る感じだったなと清水はそれを思い出していた。


「あの時……なんで清水さんはケガをしていたんですか?」

「ああ……仕事に失敗して」

「そ……うだったんですね。えっと……私が7歳だったから……」

「俺14か……あ、15になってたか」

「え?! そんな歳からお仕事を?!」

「ああ、うんまぁ……ですね」

「ご苦労を……」

「いやいや、あのね。俺学校とか行く方がご苦労だったから」

「……あんなにふわふわでかわいかったんですから、さぞ大変だったでしょうね」

「いや! え?! ……わざと言ってる?」

「ふふ……ずっとお仕事してたんですか?」

「小学校は普通に行ったよ、仕事行ったり、学校行ったり……中坊になってぼちぼち簡単なことから」

「例えば?」

「運び屋的なね」

「走るの早いですもんね」

「歩きましたけど、二本足で(・・・・)!! なに、押し倒されたいの?!」

「なんでそうなるんですか!」

「俺いじって気を引きたいのかなって」

「いじってないですって!……わぁ!」


横から抱き付かれて倒れそうになるも、そうならないように清水に引かれて、逆に寄り掛かる体勢になった。


「ふわふわだったんですよ……ちっさくて、すごくかわいいんです」

「知ってる……自分でもそう思ってたし」

「今のウルフィーもみっしりして良い感じなんですけど、ふわふわもこもこしててですね……はぁ……」

「ちょっと、本人を目の前に思い出しうっとりとかやめてくれない?」

「自分にやきもちですか」

「……ですけど何か?!」


本当にあの時は恐ろしかった。

死が目の前まで迫ってきて、こんなところでひとり、誰にも知られずに消えていくのかと考えた。

怒りも哀しみも、マイナスの感情だけがごちゃごちゃと入れ替わり立ち替わりしていた。


すばるの手がどれほどの助けだったか。

その存在がどれほどの救いだったか。 


言葉を尽くしてもきっと、思った十分の一も伝えられない。


「あの時……怖かったですよね……私もすごく怖かった。あんなに小さいのに、たくさん血が出て、ふわふわの毛が真っ赤になって……震えてて……どうしてあげたら良いのか、私も分からなくて……抱っこするしか出来なくて」

「どうして言わないのに伝わるかな」

「はい?」

「ほんと、すばるさんたら……」

「え、なんですか?」

「どこまで俺を骨抜きにする気ですか」

「あ、や、ちょっとなに言ってるのか分からないんですけど」

「…………あの時のお礼、ちゃんと言ってなかった」

「お礼なんて……ずっとあれで良かったのかなって気になってたんですよね……もっと、病院とか、大人に助けてって言えば、回復が早かったのかな、とか」

「……すばるさんが俺のこと内緒にしててくれたから逆に良かったんだけど」

「……う……まぁ、そうです……かね?」

「そうですよ?…………ありがとう、すばるさん。本当にありがとう」

「あ……お役に立ったなら、良かったです……」

「……うんもう! 謙遜かわいい!」


清水はぎゅうと腕に力を入れて、耳元で小さな声でキスしていいかと聞く。

しばらく待ったらもっと小さな声ですばるから返事があった。





家への近道や、学校の裏手にある駄菓子屋の話で盛り上がっていると、誰かが雪を踏んで社の方に上がってくる音が聞こえた。


それを機にふたりは立ち上がる。


階段を上がってくるのは、散歩中の男性だった。真横に柴犬が寄り添っている。


ちょうど階段の中腹ですれ違う形になる。

柴犬が『かたじけない、御前を失礼する』と言うふうに主人を少し横に押して道を譲ってくれた。


魂分けしてからというもの、特に清水と一緒の時は、かなりわんちゃんから敬われる。

気持ちもなんとなく分かるから、それは犬好きには堪らない感覚だ。


すれ違ってそのまま下っていると、男性からあの、と呼び止められた。


「しのはら……さん?」


確かに知り合いがいてもおかしくない場所だと、振り返って、声をかけた男性を見上げた。


その顔には覚えがある。

毎日のように追いかけ回していた中に、いたような気がする。

気が付いてすばるの背中に寒気が走る。


「はい……そうです」

「あ、や……覚えてないかもしれないけど」

「…………覚えてます」

「あ、そ、そうですか……えっと」

「何か用でしょうか」

「いや……その…………ずっと、気になってて」

「なんですか?」

「ずっと、悪かったなって」

「……そうですか」

「駄目だってわかってたのに、ずっと、でも、周りに流されて……やめようって決めて、謝ろうって思ってるうちに、転校して……だから」

「…………すばるさん」


横を見ると、清水がにやりと笑う。

こそりと耳元で、がんばれと言う。


「……大丈夫、今のすばるさんなら、あんなの瞬殺でしょ? 大丈夫、がんばれ」


繋いでいた手が震えていたのに、おさまってから気が付いた。

怒りではなく恐怖で震えていたのも、清水には伝わっていた。


しっかり顔を上げて、ゆっくり静かに息を吸って吐き出した。


「ごめんなさい! 本当にすみませんでした!!」


男性は大きな声で叫ぶように言って、膝にぶつかるくらい頭を下げた。


「…………もう、いいです」


頭を上げた男性は、ほっとしたような顔で、身体から力を抜く。


「……いいですけど、許しません。多分ずっと忘れられないと思います。だからあなたも覚えておいて下さい。それで誰にも、もう二度と……」

「……う……は、はい! もう卑怯なことはしたくないんで!」


こうやって覚えていて、声をかけてくる人は、正直で、本来は優しい性格の人なんだと感じる。

横にいる柴犬が心配そうに主人を見上げているから、甘く見てしまうのかもしれないけれどと、口の端の片方が持ち上がる。


「行きますか」

「……うん……駄菓子屋寄ってく?」

「開いてなくないですか?」

「あ、そうか」


きっと面白おかしくやっていた人たちは、自分の顔は覚えて無いだろう。

揶揄って追いかけ回したことすら記憶に無いだろう。


反省した人の謝罪なんてなんの意味もない。

謝って欲しいのは覚えてない方の人たちからだ。


自分の執念深さに乾いた笑が漏れて出る。


「……んー……俺サービスエリアの出店のやつ好きなんだよね」

「なんですか?」

「ほらなんか、肉の焼いたのとか、ちくわの焼いたのとか……あるでしょ?」

「焼いたの……」

「焼いたの……あれ良い匂いだよね」

「そうなんですか?」

「ん?! まさか、すばるさんサービスエリアのB級グルメを……」

「知らないですね……ていうか、サービスエリアもこの帰省で清水さんとしか行ったことないですし」

「マジで?!……お昼ご飯にどうですか!」

「良いですねぇ……食べてみたい……焼いたの」

「良い焼いたのがあれば良いですねぇ」

「楽しみです」




帰り途中の大きなサービスエリアで、地元牛の串焼きと、焼きたてパン屋さんのパンを買って、寒さに震えながら外のカフェテーブルで食べた。


道は混雑していなかったが、それなりの人出で、外にいても色々な方言が聞こえていた。


楽しそうだったり、怒っていたり。


色々な感情が混ざっているのは自分も一緒だなと少しだけ遠くの声を聞いていた。


清水はずっと口の端が持ち上がっている。

目が合えばさらにきゅっと持ち上がって、目が細まる。


同じように笑い返して、さり気ない気遣いをしてくれている清水に、何度もありがとうと言った。


ありがとう過去最多記録を叩き出した気がする。







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― 新着の感想 ―
[良い点] らぶらぶぅぅうう! かわいいなぁ二人ともー! 過去の坊主どもとの因縁もこれでひとつ(読者的には)整理がついた感じですかねぇ。 すばる本人も、清水のおかげで過去のことと思えるようになった感…
[一言] >謝って欲しいのは覚えてない方の人たちからだ。 だよね~…… そういうヤツァ大概大人になってから『私、人の痛みがわかる方なんで』みたいな舐めたこと抜かしよるんよ…… 忘れてるから、罪悪感…
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