第六話『裏切り』
「うずめ、こっちだ!」
出雲大社本殿の奥、そこに神子うずめとうずめの父と数人の神官が居た。
「非常時の為に作っておいた隠し通路だ。ここからなら出雲の外へ逃げることができる」
炎によって逃げ場が無くなった出雲から脱出するには、もうこの隠し通路を使うしかなかった。
うずめ達がこの隠し通路を使おうとした時、通路の奥から誰かがやって来た。
「お初に御目にかかります神子殿」
その男は闇に紛れるような黒頭巾を被り、商人のような格好をした細身の男であった。
「くっ! もう追っ手が来たのか! 外に居る暁はどうした!」
「あぁ、暁 黎命でしたっけ? 今ワタシのお連れの剣士が足止めしてくれてる最中ですよ」
「な、あの暁が足止めされてる……だと……?」
暁 黎命の実力に信頼を置いていたうずめの父は困惑していた。
暁は出雲最強の護神隊三百人を上回る強さを持っていた為、その暁が足止めされる程の相手が盗賊側に居る事を知ったうずめの父はあることに気が付いた。
「ま、まさか、護神隊が敗れたのはその剣士の仕業か……賊ごときが護神隊に勝てる筈がないと思っていたが、そう言う事か……」
何故盗賊がそれだけの強者を引き入れる事ができたのか不明だが、今その剣士は暁と交戦している。その上、他の盗賊達は今町で暴れまわっていて、この黒頭巾以外は誰一人来ていない。
と、考えるなら、この黒頭巾を排除できれば、自分達は逃げられると言うもの。
「……ここに居る皆よ。うずめの為にあの男と戦ってくれ。頼む」
そう言われた神官達は、懐に隠していた武器をそれぞれが出して、うずめを守る為に前に出た。
「父様! 私も戦います!」
守られる立場のうずめが共に戦う事を望んだが、父はそれを拒否した。
「うずめ、お前は神通力が使えるが戦士ではない。これは我々大人の務めだ。お前は先に逃げなさい」
「でも……!」
うずめと父が話しているを聞いていた黒頭巾は焦れったいなと思い口を挟んできた。
「あーはいはい、親子の会話はその辺にしてくれませんかねー、あの御方もお待ちな事でしょうし、さっさと神子を連れ帰りたいのですが?」
黒頭巾は待ちきれなくなったのか、ゆっくりとこちらに近付いて来た。
見た感じ武器らしい物は何も持っていない。それなのにこの自信に満ちた歩みはなんだ?
何か策でもあるのか?
「気になります? ワタシが何故こうも堂々と近付けるのか、それはですね。こう言うことなんですよー」
すると、身構えていた筈の神官の一人が、仲間である神官の首に短刀を突き刺したのである。
「な……!?」
そして、首から短刀を引き抜くと、残った神官を次々と瞬殺していった。
「お、お前が……裏切り者だった……のか……!?」
うずめの情報が外部に漏れている。そう思っていたが、やはり内通者が居た。
「あ、あ……あ……」
自分に親しかった者達の死体、そして裏切りを目の前にして、うずめは言葉を失っていた。
「うずめ! 見てはならぬ!」
咄嗟にうずめの目を隠そうとうずめの父は動いたが、その手は無情にも止められた。
「ぐぅ、あああ!」
裏切った神官に手首を掴まれ、そのまま手首の関節を外されてしまった。
「父様!」
「はーい、動かないでくださーい」
裏切った神官が、そのままうずめの父を人質にして、うずめは身動きが取れない状態になった。
「神通力を使っても良いですけど、そうなるとお父さんもお亡くなりなってしまうと思いますよー」
黒頭巾はうずめに攻撃させない為に警告した。
「う、うぅ……」
うずめは泣きそうになっていた。どうしてこうなったのか、自分に変な力があるせいなのか? 大切な場所も人も、何もかもが奪われ、無くなっていく。
それは、十三歳の少女には辛すぎる現実であった。
「んんんんん、良いですねぇ良いですねぇ、順調に心が折れ始めていますねー。神子が直に、我々の言うことに従ってくれる道具になってくれるのも時間の問題でしょう」
黒頭巾は上機嫌になりながらうずめに質問した。
「神子のうずめさん。アナタは外の様子を、町の様子を見ましたか?」
それを聞かれてうずめは涙を流しながら首を横に振った。
「もしかしてお父様に見るなーとか言われました? だったら是非刮目してください! 素晴らしい光景が広がっていますよ!」
「う、うずめ、この男の言うことに従うな……私の事はいいから……早く逃げな……さい……うっ!?」
「黙っていてくれませんか? 今ワタシはうずめさんと話しているのです」
うずめの父を黙らせる為に、黒頭巾はうずめの父の腹に拳を叩き込んだ。
「や、やめて! し、従い……ます……だから、もうこんな酷いことはやめて……」
その言葉を聞いて黒頭巾は大きく口を歪ませた。
「はは、良い顔ですねー。ワタシも本当はアナタのような幼い子供にこんな事したくないのですが、これも商いの為、アナタの心を真っ黒に染め上げてみせましょう!」
黒頭巾が高笑いする中、うずめは黒頭巾達と共に、今例の剣士と暁が戦っている境内の方へと向かった。
うずめは悔しかった。自分には力があるのに、父を人質にされただけで何もできない。父はうずめの事を戦士ではないと言った。
確かにそうだ。いくら力があっても、その力をどう戦いに応用すればいいのか分からない。
戦い方を知っていれば、この状況を打破して、父と共に逃げる事ができただろう。
だが、それが出来ない。悔しい、何も出来ない自分が憎い、目の前の男が憎い、町を襲っている連中が憎い。
徐々に憎しみを膨らませながら、うずめはただ心の中で願う事しかできなかった。
――誰か、誰か助けて……!
■
出雲大社の開かずの扉。
その扉の向こうにはうずめと親しい間柄であった『あそび』なる存在が封じられていた。
うずめは、既にあそびは他の者と共に脱出したと父から聞かされたが、あれは嘘であった。
うずめの父はあそびをこのまま出雲と共に死んでくれる事を望んでいたのだ。
だからあそびはまだ扉の向こうに居る。誰も助けに来ないまま、一人で扉の向こうで蹲っていた。
そんな時、声が聞こえてきた。
――誰か、誰か助けて……!
「 」
それは、自分に唯一親しくしてくれた者の心の声。外の様子は分からないが、確かに聞こえた。
「 」
人には理解できない言葉を発しながら、あそびは何度も扉を叩いた。
助けなきゃ、そう思ったのだ。
だが扉は開かない。誰も来てくれない。そう思った時であった。
ゴトンッ、と重たい金属が落ちる音が聞こえて、そして扉が開いた。
「 」
誰かが開けてくれたのか。扉の向こうを覗きこんだが誰も居ない。
何故開いたか分からないが、あそびは扉から這い出てきた。あそびは今歩く事ができない。何故なら足枷をはめられているからだ。
そのまま腕の力だけで床を這いながら、声が聞こえた方へと向かっていった。
「お行きなさい。全てを終わらせる為に」
扉の影に隠れていたのか、そこには一人の女性が立っていた。あそびは、その女性に気付くことなく、うずめの方へと向かって行った。