第四話『戦乱』
七百人 対 三百人。
明らかに数では護神隊の方が負けてはいるが、それでも押し止まっていた。
七百人を前にしても怯むことなく、果敢に攻めていき、三人で一人一人を囲んで倒す戦術は見事であった。
長期戦になるが、それでも確実に相手の数は減ってきている。
「チィ! やっぱ護神隊は相当訓練を積んでるらしいな」
と、後方から戦を傍観していた盗賊の長は護神隊の強さに改めて感心せざるおえなかったが、あの男が現れてからは戦況は一気に傾いた。
「『菊戴』」
無数の斬撃の膜が男の周囲に発生し、男を囲んでいた護神隊の者達、およそ十五人程が吹き飛んだ。
その男は『黒爪 烏乃助』であった。あまりにも速い斬撃の嵐、今の一瞬で十五人も絶命させてしまったのだ。
「な、なんだあの黒い男は、強い…」
「斬撃が全く見えなかった…」
さすがの護神隊もこれには驚嘆せざるおえなかった。
そのまま烏乃助は流れるような連撃でもって次から次へと白装束を着た護神隊を血の海に沈めていった。
「す、すげぇな」
後方から烏乃助の戦いぶりを眺めていた盗賊の長はその言葉しか出なかった。
「すごいですよねぇ、これはもう我々の勝利ですな。ま、わかりきってはいましたけど」
黒頭巾はもう既に勝利を確信しているようだ。
戦場では敵である護神隊の注目は全て烏乃助に集中しており、盗賊達とは剣を交えていない者は次々と烏乃助へと斬りかかった。
「うあああああああ!!」
「……」
それでも烏乃助の表情は変わることなく、自分に迫り来る者達を次々と屠っていった。
「『雲雀』から『金糸雀』まで連続斬撃」
先程から烏乃助が口にしている鳥の名前は技の名前か何かだろうか? そんな事を考えてる間もなく、護神隊の兵士があっという間に半分以下になってしまった。
「……やっぱ、全部黒爪 烏乃助に任せておけばよかったんじゃないか? どう考えてもアイツ一人で十分過ぎただろ」
「……いやーワタシもびっくり、いやドン引きです。黒爪殿があそこまで一騎当千の猛者だとは思いもしませんでした。ですが、それだけではありませんね」
「どういうことだ?」
「まず、既に護神隊は精神的に負けていました。なんせ自分達より大勢の大軍が迫ってきましたからね。更には自分達が守るべき出雲はすでに火の檻に閉じ込められている。ここまでされたら誰でも心の一つや二つ、折れても仕方なき事でしょう」
盗賊の長と黒頭巾が話をしている頃には戦況はこちらに有利となっていた。
現在の戦況は、五十六 対 六百十七
盗賊側は、被害は最小限なのに対し、護神隊は今にもやられてしまいそうな壊滅状態になっていた。
それもこれも烏乃助がほとんど倒してしまったからである。
「……」
もうすぐで護神隊側の敗北は目に見えていることだろう。
しかし――
「な……に……?」
突如として、烏乃助は刀を鞘に納めて護神隊に背を向けてその場を去ろうとしているのである。
「おい、どういうことだい?」
と、烏乃助の近くに居た盗賊の一人が呼び止め、烏乃助はそれに答えた。
「俺に与えられた役割は護神隊の数を減らしてお前達が護神隊を殺しやすいようにすることだけ、それが終わったから一旦引くだけだ」
「なんだその役割? それに何の意図がある?」
そう問われると、烏乃助は面倒くさそうに頭を掻きながら答えた。
「なんでも、護神隊って奴らは、出雲の中でも最強の集団、それなりに気位がかなり高い事だろうよ。だから明らかに自分達よりも格下な盗賊ごときに倒されたと言う屈辱的な敗北感を与える、それだけでも出雲側は全てにおいて惨敗したようなものだろう。と、俺を雇った奴がほざいてた。ま、後はお前達でもなんとかなるだろ」
そう言い残し、烏乃助は去っていった。
少し納得いかない様子ではあったが、盗賊側は残り少数の護神隊に止めを刺す為に、護神隊を囲んで一斉に襲いかかった。
■
「いやー、お疲れ様です黒爪殿」
烏乃助は、自分の役割を終えた後に黒頭巾達の元に戻っていた。
「実際どうでしたか? 出雲最強の集団と戦ってみて?」
護神隊と戦ってみた感想を求められ、烏乃助は黒頭巾と目を合わせようとせずに答えた。
「……つまらなかった。何が最強だ、俺が知ってる最強には程遠い雑魚連中だった」
烏乃助は溜め息をつきながら話を続けた。
「俺に与えられた役割だが、まるで親鳥が雛鳥に食べやすい餌を与えるようなものだったな。こんなのでお前達は喜べるのか?」
その質問に対し、盗賊の長は答えた。
「あぁ喜べるね。どんな理由があるにせよ、最強だと言われてた連中を楽に倒すことができる上に、神聖な出雲の地を好き放題できるんだから、盗賊冥利に尽きるってもんよ」
盗賊の長は、とても上機嫌だった。護神隊が全滅するのも後数分、その後に残った者達で出雲を蹂躙できると言うお楽しみが待っているのだから当然である。
「で? 俺の次の役割はなんだ?」
次に何をすればいいのか、烏乃助は黒頭巾に求め、黒頭巾は烏乃助に新たな役割を与えた。
「そうですねぇ、護神隊が一人も居なくなった後に盗賊の皆さんが町を荒らし回るので、その混乱に乗じてワタシと共に神子の元に向かいましょう」
「……なんか、またつまらない役割だな」
「いえいえ、そんな事はありません。もしかしたら神子の元には護神隊なんかよりも強い者が居るかもしれませんし、最悪の場合神子本人と戦えるかもしれませんよ? 十の神通力が使える怪物と戦えるなんて腕がなりません?」
それを聞いた烏乃助は、「まぁ、それもありか」みたいに納得してはいるが、期待はしていなかった。何故なら烏乃助は神子の力を信じていないからだ。もし本当に火やら水やら雷とかが出せる怪物が居るのなら、それはそれで多少は楽しめるだろうな。
と、烏乃助は考えていた。
「おや、どうやら終わったようですねー」
烏乃助がそう考えていたら、戦争は終わったようであった。
護神隊は全滅、残った盗賊の数は五百一人。
かなり奮闘したようだが、護神隊は敗北を喫したようだ。
辺り一面、死体で埋め尽くされてはいるが、そんな中でも残った盗賊達は勝ち鬨を上げていた。
その勝利の声は、盗賊達にとっては、自分達よりも強い者達に勝利したと言う、何ものにも代え難いものではあったが。
その歓声を聞いていた出雲側からすれば、自分達に絶望を与える恐ろしい雄叫びにしか聞こえなかった。
「さぁさぁ皆さん! 邪魔者は居なくなりました! 共に出雲を亡き者にしようではありませんか!!」
「いや、なんでお前が仕切ってるの!? そう言うのは俺の役目だろ!?」
と、盗賊の長は黒頭巾に突っ込みを入れた後に、長は号令をかけた。
「行くぞテメェら! 奪えるものは全て奪え! 抵抗する奴が居たら殺してしまえ!!」
おぉおおおおおおおおおおおお!!
その号令と共に、盗賊達は護神隊の死体と仲間の死体を踏み荒らしながら、燃え盛る出雲に向けて前進を開始した。
今宵、出雲が日本から消える瞬間であった。