第三話『戦火』
一ヶ月後。
出雲・西の関所。
「な、なんだあれは!?」
闇夜の中、関所の役人が石見へと続く公道から無数の光と大勢の人影がこちらに向かってくるのを捉えた。
暗闇でよく見えないが、辺り一面を埋め尽くす数、まるで大きな生物が波打って近付いてくるような威圧感を感じる。
役人はそれを見て明らかに危険だと感じ取った。
「て、敵襲! 敵襲だー!!」
■
敵襲、謎の軍勢が出雲に向けて進軍している。その知らせは瞬く間に出雲全土へと広がった。
「数は何人だ!」
「く、暗くてよく分かりませんが、三百は軽く越えていると思われます!」
「早く護神隊に救援要請を!」
■
「……どういうことだ?」
神子『うずめ』の父は疑問に思っていた。敵の正体は不明だが、敵の目的は恐らくうずめを狙ってのことだろうと思った。
何処かから情報が漏れたのか? それとも見られたのか?
だとしても余計に理解できない。うずめを狙うだけなら、こっそり忍び込んで誘拐でもすればいいのに、敵は明らかにこちらと戦争をしようとしている。
何故だ? 敵の狙いは本当にうずめだけなのか? 他にもわざわざ戦争を仕掛けるだけの理由があると言うのか?
そう試行錯誤していると、うずめが父の袖を引いて不安そうな表情を浮かべていた。
「父様、もしかして私のせい? 私がここに居るから?」
「……そんなことはない、お前は何も悪くない。悪いのは私だ、私がお前を隠しきれなかった事が悪いのだ」
そう、全ては自分の不甲斐なさのせい。最近起こっていた出雲各地の放火、その処理を全てうずめに任せてしまったが為に誰かに見られてしまったのだ。
だが、それでも、関係者以外誰にも見られないように注意を払っていたのだが、もしやその関係者の中に情報を流す者が居たとしたら……。
「……いや、考えるのは後にしよう、うずめ、ひとまず逃げるぞ。敵は大軍。いくら護神隊が出雲の中でも精鋭揃いだとしても、数に圧倒されては元も子もない。さ、早く逃げ……!?」
うずめの手を引いて逃げようとした矢先、町の方から強烈な破裂音と共に煙が上がっているのが見えた。
それも一つではなく複数、まるで出雲大社を含めた町全体を取り囲むように、各地に火の手が上がっていた。
「くっ!」
これでは逃げられない、そう思ったうずめと、うずめの父はその場から動くことができなかった。
■
「おー燃えてる燃えてる」
出雲と石見の国境辺りの丘の上から、黒頭巾が最初に勧誘した盗賊の長が望遠鏡を使って燃え盛る出雲の町を眺めていた。
「どうですぅ? これなら誰も簡単には逃げられないでしょう?」
隣で例の黒頭巾が自慢気に語っていた。
「まさか、出雲各地に爆薬を設置していたとはな、どうやったんだ?」
「はい、ワタシこれでも商人ですからね。底に爆薬を仕込ませた箱、それは一見するとただの意匠を凝らした素敵な箱にしか見えないようにして、それを安価で売りさばいたのですよ。それもただ売るのではなく、誰が買ってくれるのかを計算しながらね」
「計算?」
「そう、どの家を爆破すれば、火の壁を作り、それを囲んで出雲を火の檻で囲んで逃げ場がないようにするにはどうすべきかを綿密に計算しておいたのでございます」
「ふーん、だが火元はどうした? 火がなきゃ爆発できないだろ?」
「はい、すでに出雲には間者を一人潜り込ませていて、その者が一つの爆薬に火を着ければ、後は連鎖的に家々が爆発して火の檻を作る事が可能なのです。いやー西洋の爆薬の威力は凄いですなー」
どうやら、この戦争の前にすでに策を考えて行動に移していたそうだ。
何もかも計算づく、こちらが有利に動けるようにした策を。
前から思っていた事だが、この黒頭巾の今回の戦争に対する執着は異常だった。
何故そこまでして出雲と全面的に戦いたいのか、神子以前に何か出雲の地に恨みでもあるのか?
「……っ!?」
いや、恨みではない。黒頭巾の表情を見て悟った。
楽しんでいる。人と人とが醜く争うさまを見れる事を楽しみにしてやがる。
黒爪 烏乃助も危険だったが、この男も別の意味で危険だと感じ取った。
「それにしても長、一ヶ月でよくぞ六百人を集めてきてくれましたね。感心感心」
「いや、ほとんど黒爪 烏乃助のおかげではあるが、大抵の奴らは神子よりも、単純に戦争がしたい、あるいは戦乱で混沌と化した出雲の地を好き放題できる事に目が行ってな。それが噂となって、気が付いたら六百人集まったってわけだ」
「いやーお見事!」
と、黒頭巾は拍手をして褒め称えた。
「理由はどうであれ、これだけの数が居れば十分過ぎるでしょう。ではでは、そろそろ数十年振りの戦を始めようではないですか!」
盗賊達が集めた六百人、それに加え黒頭巾達が用意できた百人、合わせて七百人の軍勢、それに武将みたいな立ち位置で『黒爪 烏乃助』は軍勢の最前線で仁王立ちをして、目の前から来る白装束の武人達が来るのを待っていた。
「我ら、出雲を守護する護神隊なり! 貴殿らの目的を聞かせて貰いたい!!」
いきなりではあるが話し合いを持ち掛けてきた。まさか、この状況で話し合いに応じると思っているのだろうか?
「あぁ? 目的だぁ?」
と、後方に居る盗賊の長が答えた。
「単純に戦争がしたいだけだよ! 俺達が求めるのは血、暴力、金、女、そして出雲の土地そのものだ!!」
ここでは神子の名は出さなかった。今この場に居る盗賊達は神子を信じる者が少ないからだし、神子が目的だと知れたら、逃げられなくても、見付ける事が困難な場所に隠されてしまうかもしれない。
出雲側が、まだ主力である護神隊に全てを委ねている状態で、それを打ち破って確実に相手の心を折る。
「神子の力、あれは確かに凄かったですが、あの力には制限があると判断しましたし、万能な神、いや万能な怪物ではないことは判明しておりますからね。そう簡単にはワタシが用意した火の檻を突破できまい」
と、言った後に、黒頭巾は盗賊の長に号令をかけるように指示を出した。
「てめぇらとは、これ以上話すことは何もねぇ!! おらぁ! 全員であの白装束どもを蹴散らしてしまえー!!」
わぁああああああああああああああ!!
七百人が発する気合いのこもった雄叫びによって、ついに盗賊側、もとい黒頭巾側の軍勢が出雲に向けて前進をした。
「怯むな! 数では負けてはいるが、我ら護神隊の底力を見せ付けてやれ!!」
ぉおおおおおおおおおおおおおおお!!
こうして、七百人 対 三百人、二つの軍勢が正面衝突をして、激しい戦が幕を開けた。