第二話『黒き剣士』
出雲大社で火事騒ぎが起こってから半月後。
出雲の西隣にある国『石見』。
その石見の出雲寄りの山岳地帯の洞窟の中で一人の人物が奥に居る群衆にある説明をしていた。
「と、言うわけなんですよー」
その男は黒い頭巾で顔を隠した商人風の男であった。たった今話が終わったようだ。
「信用ならねぇな」
黒頭巾の男の話を聞いていた群衆の一人が言葉を発した。
「何も無い所から火が出せる、水が出せる、おまけに武器を無限に生成することができる、まさに神がかり的な力を持ったガキが出雲に居るって?」
「その通りでございまーす」
「証拠は?」
「ありませーん」
と、返答したら喉元に短刀を突き付けられた。
「てめぇ、盗賊嘗めてんのか、あぁ? 商人の分際でホラ吹く為に単身で俺達の根城に乗り込んで、一緒にその神子とやらを奪うために出雲に攻め入る準備として人を集めろだと? 随分偉いもんだな、お前」
かなり機嫌が悪そうだ。それはそうだ、何の証拠も無しに例の神子とやらが実在する等と言っても、荒唐無稽すぎて信用ならないだろう。
それでも黒頭巾の男は話を続けた。
「確かに証明はできませんが、もし本当に居たとしたら、こんなうまい話は他に無いと思いません?」
「……で? それをどうやって俺達に信用させようってんだ? 信用できない以上、お前をこの場で挽き肉にして今晩の飯にしちまうかもしれないぜ?」
奥から笑い声が聞こえてくる。冗談かは分からないが、彼等盗賊にとっては、餓えをしのぐためなら平気で人肉に手を出してしまう可能性だってある。
「あわわわ、怖いですねぇ……うーん、この半月間、何度も出雲大社にちょっかい出して、神子の力を確認したのですがねぇ。ま、こんな展開になると思っていましたので、証拠はないですが、証人なら複数人居ますよー」
「証人?」
「入ってきてくだーい」
と、黒頭巾が呼ぶと、洞窟の入り口から五名の人物が入ってきた。
それぞれが浪人、役人、武士などの格好をしていた。
「なんだそいつら?」
「はい、この方達が証人にして、私の本気でございます。順に紹介しますね」
話によると、それぞれがそれなりの権力者のようではあるが、裏では人には言えない悪行を働いてる者も居るようであった。
その五人は実際に黒頭巾と共に神子の力をその目で確かめ、黒頭巾に協力したいと申し出たようだ。
「ふん、本当は盗賊の手は借りたくないのだが、何せ人手、と言うより戦力が足りん」
と、五人の内の一人が語り、続けて他の四人も口を開いた。
「そうですなぁ、出雲には、出雲を守護する護神隊なる出雲の精鋭がおる」
「その護神隊に対抗する為の兵力が全く足りない」
「調べによると護神隊の数は約三百。それに対して、我々五人が集めることができた兵力はたったの百」
「護神隊を退けるには三百を上回る数で圧殺できるだけの兵が必要、そこで盗賊のような命知らずの力を借りたいのだよ」
五人が次々と話を進める中、盗賊達の長と思われる人物が口を挟んだ。
「お、おいお前ら、勝手に話を進めやがって何のつもりだ! まさか、その神子とかの為に出雲と戦争しようってのかよ!」
「そのとおーりですよー」
と、黒頭巾。
「我々は神子、もとい神の力が欲しいのですよ。その為にワタシはこうして力を貸してくれる同士を集め、出雲全土を戦火の炎で蹂躙した後に神子をその手中に納めたいのですよー」
黒頭巾の野望を聞いて、盗賊の長は溜め息を付き、舌打ちをして不満そうな態度を取った。
「チッ、冗談も休み休みに言え、出雲の護神隊と言えば一人で剣士十人分の実力を持った奴らの集まりじゃねぇか。そんな奴ら相手にそんな本当に居るのかわからない神子の為に命を張れってのが無理がありすぎるんだよ」
「おやぁ? 確かあなた方は、女や金の為なら平気で命を捨てる覚悟を持った野蛮にして勇敢な盗賊達の集まりだと聞いたのですが、神子の存在を信用できない限り、こちらには助力できないと?」
「あぁそうだよホラ吹き野郎。どうしても俺達の協力が欲しければ力ずくで従わせてみたらどうだ? 護神隊に対抗できるだけの腕の立つ奴を連れてきてくれたら、嫌でもお前達に協力してやるよ」
その言葉を聞いた瞬間、黒頭巾と他の五名は同様に口元を歪ませた。その言葉を待っていたかのように。
「えぇいいでしょう。今呼びますから少々お待ち下さい。黒爪殿、出番ですよー」
黒頭巾がその名を呼ぶと、洞窟の入り口から新たなる人物が現れた。
その男は浪人風で、黒い着物を着て、腰まで伸びる総髪を一纏めにしたボサボサ頭の男で、まるで猛禽類のような鋭い眼差しを持つ人物であった。
「紹介しましょう。彼こそは、現在日本最強と謳われている人斬り『黒爪 烏乃助』殿でございまーす」
黒爪 烏乃助、その名を聞いた瞬間、盗賊達は驚愕した。
「く、黒爪 烏乃助!? あの最強の! 向かうところ敵なし、幕府の名だたる武芸者二百人を一人で倒したって、あの『人斬り烏乃助』か!?」
黒爪 烏乃助。幕府の武芸者二百人を一人で倒した伝説だけでなく、その噂を聞き付けて勝負を挑んだ者達全てにおいて完勝。
正確な勝率は不明だが、噂では百戦連勝中との噂がある。
その上、金さえ払えば女子供だろうと容赦なく斬り捨て、金の為なら盗賊すら襲うとまで言われており、その見境ない悪名は日本全土に轟いているそうな。
「いかがです? 我々が神子の為にどれだけ本気の戦を仕掛けようとしているのかを」
人斬り烏乃助の登場に驚きはしたが、盗賊の頭はある疑問を持った。
「お、おいおい、どうやってそいつを従わせているのか知らないが、そいつ一人で十分だろ? 何故俺達にまで協力を仰ぐ?」
「わかってないですねぇ、確かに黒爪殿と今我々が持つ兵力なら出雲の護神隊を相手にしても勝てるでしょう。ですが、それでは意味がない。まず数です。数で圧倒させて、相手を畏縮させる。こちらがどれだけ本気で戦いに来ているのかを相手に知らしめる事が重要なのです」
補足すると、何故黒頭巾が盗賊を選んだかと言うと、彼等は略奪する行為に対して右に出る者はいない。
黒爪 烏乃助と黒頭巾達が集めた兵力で護神隊を壊滅させた後、盗賊達が出雲の地を蹂躙して確実に相手の抵抗する意思を削ぎ落とし、神子を差し出すしか助かる道がない状況を作り出す。
「そうすれば晴れて神子は我々の手に落ちると言う訳です。理解しましたか?」
黒頭巾がどれだけ本気で出雲と戦争を仕掛けようとしてるのかは理解したが、それでも盗賊達はまだ納得できなかった。
「……その男が本当に『黒爪 烏乃助』だと言う証拠はあるのか? お前達の本気はわかったが、それだけはまだ信じられねぇ」
「え? まだ疑うんですか? めんどくさい人達ですねぇ」
黒頭巾が面倒だと思っていたら、黒爪 烏乃助は腰に差していた刀を抜いた。
「そんなに信用できないなら今すぐ証明してやるよ」
とても低い声で黒爪 烏乃助は刀を構えながら初めて口を開き、そしてその殺気を盗賊達に向けて発した。
「ッ!?」
死。
真っ先に頭に思い浮かんだのは死であった。盗賊達は今までの人生における記憶が一斉に甦って何も考えられなくなっていた。
走馬灯。
そう、これは走馬灯だ。自分達は死ぬ、ここで殺される。いや、もうすでに殺されてしまったのではないかと錯覚してしまう程の殺気。
「……」
盗賊達は、もうおしまいだと思ったその時、目の前の男から発されていた殺気が一瞬にして消えた。
「ぶはぁ! はっ……はっ……!」
やっと解放された。あの永久にも感じられた殺気からようやく解放された。
その場に残されたのは、嵐が過ぎ去ったかのような静けさだけが残されていた。
「おわかり頂けましたか? 彼は本物の黒爪 烏乃助です。いやーワタシ達も彼を引き入れるのには苦労しましたよー」
己の力を示したからなのか、黒爪 烏乃助は刀を鞘に戻し、そして黒頭巾が話を続けた。
「ご理解頂けましたか? お望み通り力ずくでアナタ方を屈服させた訳ですが、協力する気になりましたか?」
盗賊の長は冷や汗を流しながら黒頭巾達に協力せざるおえなかった。
「わ、わかった、信じる、そいつが黒爪 烏乃助なのも、あんたらが本気で出雲と戦争して神子を手に入れようとしてるのも、全て信じる!」
「いやー、やっとその言葉が聞けて安心しました。ここまで来るのに時間がかかりすぎましたが、まぁいいでしょう。では、アナタ方に最初にやって貰いたいのは人員集めです。そうですねぇ、一ヶ月以内に五百人を集めてきてくれませんか?」
「は!? い、一ヶ月で五百人!? む、無理だろ!」
「いえいえ、無理ではありません。アナタ方はここいらでは有力な盗賊の一団、アナタが声を掛ければすぐになんとかなるでしょう。あぁ、そうですねぇ、どうしても協力してくれない者が居たならば、その際に黒爪殿をお貸しします。それなら文句ないでしょう?」
こうして、黒頭巾は着実に人員と兵力を増やし始めた。
出雲の地に戦火が降り注ぐまで後一ヶ月。