第七話『新たな決意』
――集めよ。集めよ心を。
心……そう言えば、あの荒野で目を覚ました時にも謎の声が心を集めろと言っていた。
ここで烏乃助はやっと思い出した。今目の前で気を失ったままの白髪の少女は出雲大社で目撃した少女だと。
そして、出雲で行動を共にしていた黒頭巾が言っていた『神子』の特徴と一致している。
心が、何の事なのか理解出来ていないが、今空中で輝いている光の玉のようなものが神子の心だったりするのだろうか?
よく分からないまま、烏乃助はその光に手を伸ばそうとしたが。
「?」
光は烏乃助の手をすり抜けて、一直線に少女の方へと向かっていき、少女の胸に触れると、そのまま少女の中に吸い込まれるようにして、光は消えてしまった。
「なんだったんだ?」
「……せい!」
と、一緒に居た鎌鼬が、誰もいない方向に突然手を突き出して、何か納得したような感じで烏乃助の方を見た。
「……使えなくなっているでござる」
「使えないって、何が?」
「ほら、拙者が使っていた風の力でござる。今試したのでござるが、何も起こらなくなってしまっているでござる」
「??? なんか、さっきから何が起こってるのか理解できていないんだが、誰か説明してくれ」
「つまりは、今の光こそが、拙者が一ヶ月前に遭遇した光で、その光のお陰で風の力を扱えていたのでござるが、たった今拙者の元を離れて本来の持ち主であるこの少女に戻った。と、考えるべきだと思うでござる」
「……あーうん、そう、なのか?」
風の力に謎の光。鎌鼬に出会ってから変なことばかり起こっていて烏乃助は困惑していた。
「…………………ん」
烏乃助が頭を抱えていると、白髪の少女がようやく目を覚ましたのだ。
「あ……」
長い眠りについていた少女が目を覚まし、その虚ろな目が烏乃助の目と合ったのだ。
なんて、言えばいいのだろうか?
利用されていたとは言え、自分は自分の意思でこの少女の故郷を襲って壊滅させてしまった。
今までだったら、そんなこと気にしなかったのに、出雲であの男に出会ってから、今までの自分の行いに疑問と罪悪感を持つようになってしまった。
だからこの少女になんて言えばいいのか分からない。きっと許して貰えないだろう。だがそれでも、言わなきゃならない気がした。
「……すまん」
「……」
「もう遅いが、お前の故郷を襲ってしまって……ぐっ!?」
突き飛ばされた。少女は起き上がると同時に烏乃助を突き飛ばした。しかもただ突き飛ばしたのではない。強力な風が少女の手から発生して、その力で烏乃助は大きく後ろに飛ばされてしまった。
「ぐはぁ!?」
今自分達が居た木造の小屋の壁を突き破って外に放り投げられてしまった。
烏乃助は何度も地面を転がり、その度に鎌鼬との戦いで負ってしまった怪我が原因で全身から痛みを感じながら、烏乃助は地面にうつ伏せに倒れてしまった。
「……許さない」
少女は、ゆっくりと烏乃助に近付いてくる。
「あなただけは、許さない」
そう言うと、少女は何もない所で大きく腕を振った。
「っ!?」
烏乃助はそのまま痛みを我慢しながら横に転がると同時に、烏乃助がさっき居た場所に大きな斬撃の跡が地面に現れ、そして奥の木々が切断されてしまった。
「こ、この技は…!」
『忍法・風刃鎌』。
鎌鼬が使用していた風による斬撃。まさか、自分や鎌鼬よりも小柄で華奢な少女がこんな技を使うなんて。
改めて思うと、烏乃助は分かっていなかった。何故風で斬撃を生み出す事ができるのか。
それも、明らかに刀よりも切れ味が良い。
一発でも当たったら人生が終わってしまう一撃。
「死んで」
「ぐぉ!?」
そんな恐ろしい技を少女は連発してきた。
明確な殺意。いや、殺されて当然な事を自分はこの少女にしてしまったのだ。だが、烏乃助は不審に思ってしまった。
少女の一撃一撃に殺気を感じない。
何なのだ、殺そうとしてるのに殺気がない。行動と気持ちが一致していない、あべこべな攻撃。
不自然だ。
「うお、うわ!?」
それでも烏乃助は避け続けていた。すると、少女はその小さな拳を腰に添えて、そのまま烏乃助目掛けて拳を突き出した。
「『忍法・風刃羅刹』!!」
「なっ!?」
なんと、少女の拳から巨大な横向きの竜巻が発生して、その竜巻の中を見ると、先程の『忍法・風刃鎌』のような風の刃が竜巻の中で大量に飛び交っているのが見える。
こんなの喰らってしまったら体がバラバラになってしまう!
「な、ぐっ!」
動けない、体が激しく痛み出して体が強張ってしまった。
一瞬の隙。それが命取りとなってしまった。
「危ないでござる!!」
と、見ていた鎌鼬が烏乃助を抱き抱えて、共に竜巻の攻撃範囲から脱出することができた。
「お、落ち着くでござるよ!!」
烏乃助を地面に置いた後、鎌鼬は両手を広げて、烏乃助を守るような形で少女に呼び掛けた。
「退いて、あなたには関係ない。それに今いい気分なの」
「ど、どういうことでござるか?」
「何故か知らないけど、この力を使った『戦い方』が理解できる。これならもう足手まといにならない!!」
少女が手をかざすと、鎌鼬は風の力で突き飛ばされて、そのまま木に体を叩き付けられてしまった。
「ぐはぁ!!」
邪魔者を排除した少女は、そのまま地に這いつくばっている烏乃助に手を上げて止めを刺そうとした。
「これで、死んでいったみんなが報われる」
烏乃助は、諦めた。
今少女は復讐を果たそうとしている。少女にはその権利がある。
だからこのまま殺されてもいい。そう思った。
「……」
「……?」
しかし少女は、手を上げたまま何もしないで烏乃助を見下ろしていた。
「どうした? 殺せよ」
「……ダメ、やっぱりダメ!」
少女はそのまま手を下ろして、体を震わせていた。
「あなたのこと、許せない筈なのに、どうしてかな? 全然憎しみが湧かない。怒りが込み上げてこない。どうしちゃったんだろ、私」
すると、力が抜けたように少女はその場で座り込んでしまった。
「それに、みんなの無念を晴らせる機会なのに、全然嬉しくない。むしろ虚しい。まるで、心がなくなったみたい。なんなの? この感じ? 分からないよ……」
少女は両手で自分の両肩を掴んだまま、顔を伏せて動かなくなってしまった。
「……」
――お願い。その子の『心』を集めて、お願い。
――己が所業に罪悪を感じるならば、その罪滅ぼしをせよ。
あーそうか、俺は、ようやく自分の罪と向き合う事ができるのか。
烏乃助は、膝をがくがく震わせながら立ち上がり、そして少女の目線に合うような高さまで腰を下ろした。
きっと、さっきの光がこの少女の心だとするなら、あれ一つだけでは不十分なんだ。あの声も、あの光も、心を集めろと言った。
それでこの少女が救われ、罪滅ぼしができるのなら。
「……名前、聞いていいか?」
「……うずめ」
「うずめ。俺はお前に、いやお前達に酷いことをした。今更許されるとは思っていない。だからせめて、お前の心を集めさせてくれないか?」
「ここ……ろ?」
「今のお前には心がない。きっと、この日本の何処かに散らばっているんだと思う。それら全てを集めてお前への罪滅ぼしをしたい」
「……なに、言ってるの?」
「いいから聞け、全ての心を集め終わった時でも良い。お前の手で俺を殺してくれないか? その時にはきっと、心の底から復讐を果たすことができると思うんだ。それが、俺なりの謝罪だ」
「……………………」
うずめは何も言わなかった。頷きもしなかった。だが烏乃助は決めた。うずめの心を集め、今までの自分の所業と向き合って。
そして、死ぬんだと。
心から決めたのであった。
第壱章「こころよろこぶ」 完。