第六話『影隠妖魔忍軍』
影隠妖魔忍軍。
歴史の裏で常に暗躍し、その時代を影から支配してきたとされる忍び集団。
常に主君を変え続け、その名が知られぬように隠蔽工作をしながら数百年も生き長らえた組織。
しかもただの忍び集団ではなく、特殊な妖術でもってその魂を人外のものに作り変える事によって、人の身でありながら常人を凌駕した身体能力を得る。
その身体能力から繰り出される体術と忍法は並の人間では太刀打ちできないとされる恐るべき戦闘能力を有した暗殺集団。
「故に歴史の影に隠れる妖怪のごとき忍者組織。なので『影隠妖魔忍軍』と名乗っているでござる」
「それが、お前のいた組織か。確かに聞いた事もないな」
烏乃助は鎌鼬からある程度の事は聞いた。
影隠の忍びは妖術で魂を作り変えられる際、影隠に逆らえないように洗脳され、従順な人形になってしまうそうだ。
なので本来裏切りが起こる筈がないそうだが。
「拙者は、その影隠から逃げてきたでござる」
「どうやってだ? その妖術ってのは信用できないが、洗脳されてたんだろ? いったいどうやって正気に戻ったんだよ?」
「それは……光が、空から降ってきたからでござる」
「光?」
鎌鼬は一ヶ月前の出来事を烏乃助に話した。その光で不思議な力を得たことも、自分を支配していた妖術から解放されたことも。
「……え? お前が謎の斬撃飛ばしたり、竜巻起こしたり、更には空中に浮いてたのは忍法じゃなかったのか?」
「そんな忍法あるわけないでござる」
断言された。
「じゃあお前なんでその風の力の事を忍法とか言ってたの?」
「いや、忍者が摩訶不思議な力を使えば、端から見れば忍法に見えるかなーて思っただけでござる」
なんじゃそりゃ。
「で? 抜け忍になったお前は組織からの刺客の襲撃を掻い潜りながら俺に出会ったと、俺を探してたようだが、それは何故だ?」
「それが本題でござる。烏乃助殿には倒してほしい人物が二人いるのでござる」
影隠から抜けたとしても、奴等は秘密を守る為に拙者を何処までも追い続けるでござろう。
この日本に居る限り、影隠から完全に逃げ切る事は不可能に近い。なので拙者は影隠そのものを潰すことにしたのでござる。
今の影隠の要となっている人物が二人。この二人を倒す事が出来れば実質影隠は壊滅したも同然でござる。
影隠妖魔忍軍まとめ役『影隠 紅葉』。
影隠妖魔忍軍総大将『影隠 鵺』。
「だが、この二人に辿り着くには影隠の最高戦力にして幹部の『影隠妖魔忍軍八鬼衆』を倒さないと無理でござる。あ、拙者は元八鬼衆の一人だったでござるよ」
「えーと、紅葉に鵺に八鬼衆……結局全部倒さないといけないじゃないか」
「本当なら、八鬼衆を無視して鵺と紅葉を打倒したいところでござるが、八鬼衆の相手は拙者がするでござるから、烏乃助殿にはその隙に鵺と紅葉を倒してほしいのでござる」
「………………」
烏乃助は考えていた。鎌鼬は『人斬り烏乃助』の噂を聞いて、その烏乃助なら影隠を壊滅させられると思ったのだろうが。
「残念だが、俺はもう誰かの言いなりにはなりたくない。他を当たってくれ」
「これは命令ではなく頼みでござる。影隠は近い未来、日本を再び戦乱の世にしようと企んでいるでござる! それを止める為にもこうして頼んでいるのでござる! 拙者、烏乃助殿が首を縦に振るまで動かないでござるよ!」
真剣だった。初めてだ。私利私欲の為に下らない金と食料で自分を餌付けして利用しようとしてた連中とは全く違う。
心からの懇願。この忍者は、己の欲を満たす為だけに影隠を敵に回そうとしてる訳ではない事が伝わってくる。
この忍者は、逃げて、逃げて逃げて、逃げ続けて、希望の光と心からの自由を求めてここまで来た。
その覚悟は尋常ではないことは伝わってくる。
だが、烏乃助は。
「……お前も、俺を利用するのか?」
「……」
「一人じゃ何も出来ないから。だから利用するんだろ? ふざけんな」
「……」
すると、烏乃助は痛みを我慢しながら起き上がって、鬼のような形相を鎌鼬へと向けた。
「どんな事情があるにしろ、そんなのお前一人で解決しろよ。俺は、俺はもう誰かの言いなりになって戦いたくないんだよ!!」
烏乃助は木でできた床を踏み抜きながら鎌鼬の胸ぐらを掴み、持ち上げた。
「決めたんだ。俺は自分一人で生きる、自分の意思だけで剣を振るう、気に入らない奴はぶっ殺す!!」
「……む、無理でござるな。その生き方は、お主が今まで送ってきた人生と何一つ変わってはおらぬ」
「……なんだと?」
「何があったか存ぜぬが、お主は自分の意思で人に利用される道を選んだのではないでござらんか?」
「仕方ないだろ。そう言う生き方しか教えられなかった。他にどう生きればいいのか分からなかった」
「……考える事を放棄した子供でござるな」
「っ!?」
そのまま、烏乃助は力任せに鎌鼬を床に叩き付けた。
「がはっ!? ……はぁ、はぁ、だ、誰も教えてくれなかったのなら、何故他の生き方を教えてくれる誰かから教えを乞わなかった。何故自分から助けを求めなかったでござる。自分の生き方に疑問を持っていたからこそ、今お主は悩んで苦しんでいるのではござらんか?」
「……お前に何が分かるんだよ」
「分かるでござるよ!! 拙者が『影隠 鎌鼬』としてどれだけの汚れ仕事をしてきたと思っているでござるか! 疑問を持ちながらも、魂を支配され、自由を奪われていた拙者だからこそ、烏乃助殿の今の苦悩に共感が持てるのでござる!!」
鎌鼬は起き上がって烏乃助の目を真剣に見詰めた。
「お主が殺す以外の生き方を知らないなら、拙者が教えてやるでござる!」
「なに?」
「拙者、烏乃助殿の配下となり、そして教育係にもなるでござる! 真に心からの喜びを求めるなら、共に喜びを分かち合うでござる!!」
喜びを、分かち合おう。
初めてだ。そんな事を言われたのは。
出雲に居た時に感じた『怒り』を思い出す。
何故自分はあの時怒り狂ったのか。それは自分の生き方に疑問を持ちながら、変えられなかった自分自身に対しての怒りだったんだ。
その結果、多くの人間を不幸にしてきたことに今更罪悪感を感じ始めた。
もしも、自分を変えられるなら、変わりたい!
「…………………報酬」
「え?」
「報酬だよ報酬。俺が影隠を倒すから、ちゃんと殺す以外の生き方を教えろ。それが、今俺が求める報酬だ。わかったか?」
すると、鎌鼬は嬉しそうに目を輝かせながら頷いた。
「も、勿論でござる! 何なら短い期間であっても、今すぐ教える事が出来るでござる! それから……!?」
突然だった。鎌鼬の胸に『喜』の一文字が浮かび上がって、それから鎌鼬の胸から小さな光が現れて、その光が天井に止まって強く光だしたのだ。
「な、なんだ!?」
――心からの喜びを求める者達よ。
「な、なんでござるか!? この声!?」
――我、喜びの風を司る者。ここに一つの縁が生まれた。
――汝、真の喜びを求めるなら、そこの少女の心を、我々を集めよ。
――己が所業に罪悪を感じるならば、その罪滅ぼしをせよ。
この時、烏乃助は思った。
どんどん厄介事が増える予感がすると。